人さらいのもののけ
薄目を開けると、焦茶色の何かが視界に飛び込んできた。
あれは何だろう……?
頭の下はゴワゴワしていて、気持ち悪い。
身を起こそうとしたが、何かに押さえつけられているのかうまくいかなかった。
私はどうしてこんな状況に置かれているのだろうと、記憶を手繰り寄せた。そして気づく。
「……そうだ私、化け物に襲われて」
確か猿、だったと思う。
成人男性の二倍くらいの背丈はあるであろう、とても大きな猿だった。その姿はどこからどう見てももののけ。
確かあいつは、花嫁がどうたらこうたらと言っていなかっただろうか。あいつから必死で逃げて丘子の家に助けを求めたところから、記憶がない。
『――やっと目覚めたのか。おはよう』
その時、寒気がするようなとても恐ろしい声が、顔のすぐ上から降ってきた。
そして私はやっと気づく。今、当の猿の怪異に抱き込まれ、見下ろされているのだと。
「ひっ」
あまりのおぞましさに私は思わず悲鳴を上げてしまった。
まずい、と思ったがもう遅い。猿の化け物の顔がグィッと近づいてくる。
『どうかしたのか?』
どうかしたも何も、あなたが原因でしょうに。
そう思いながら私は、どうしたものかと思考を巡らす。
今ここがどこで、相手が一体何者なのか。
わからないが非常に嫌な予感しかしない。逃げ出すにも、こうもしっかり捕らえられていては逃げようがなかった。
「あなたは一体何の目的で私をさらったの」
できるだけ敵意を込めた目線で相手を見上げる。
家ではきっと今もレイちゃんがお腹を空かせて待っているだろう。こんなもののけに絡まれている時間など、私にはないのだと叫びたい。
『言っただろう? 貴女を、儂の花嫁とするためにだ……』
また寒気が走った。
今、この毛むくじゃらは確実に『花嫁』と言っていた。けれど私と彼(?)は種族が違うし。
「お断りさせて頂くわ。あなたみたいな化け物とは無理だもの」
『――そんなことはない。儂が見えるということは、貴女は選ばれし人間ということだろう?』
「知らない。私、帰らなくちゃいけないの。花嫁は同じ猿を選んでちょうだい」
我ながらずいぶん強気に出たものだと私は思う。
でも、なんとなくではあるがやんわりと言っても伝わらない気がしたので、厳しく否定したのだ。もしかしたら殺されるかも知れないという危険性はあったが……。
『儂の仲間には、女はいないのだよ。そして仲間は人間たちによって滅ぼされ、残るは儂一人。さあ、儂の子を孕むべく妻となれ』
私だって人ならざるものを愛したことはある。
ただ、こんないかにも化け物と交わるなどと、想像しただけで失神してしまいそうだった。
夢なら早く覚めてくれと願う。しかし、これはあくまでも実際のことのようだった。
なんとかしなければ、このままされるがままになってしまう。
何か方法はないか、何か――。
「おねえちゃん!」
ゴワゴワの猿の体の隙間から、そんな声が聞こえた気がした。
今のは幻聴だ。誰も助けてくれはしまい。ましてやレイちゃんが来てくれるなど……。
非現実的な考えに逃げてはダメ。今はこのおぞましい妖怪への対処を。
「妖魅ちゃん、大丈夫ですか!?」
――?
今のは、丘子だろうか?
はっきり聞こえた。明らかに、幻聴などではない。
私はその時初めて気づいた。そうか、そういうことだったかと。
スマホが鳴った。
「ワタシ、メリーさん。今、あなたを助けに来たわぁ」




