男の子と初めてのお泊まり会?
――それが全ての始まりと言えるだろう。
自分が幽霊であると聞かされた少年はこれ以上ないくらいに驚いただろうが、やっと立ち直って言った。
「じゃ、じゃあなんとか戻る方法探さねえとやばいんじゃないか? 俺ずっとこのままとか嫌だし」
私は「それがね……」と首を振り、彼の望みが難しいことだと話した。
非情なこととはわかっているが、言わなければならなかった。
人間が一旦幽霊になったということは体は死んでいるわけだから、元の状態に戻ることは叶わない。
つまり、彼がするべくは成仏。これに限るというわけだ。
「もしも成仏できなければその幽霊は、時間と共に悪いものになっていってしまうんだって本に書いてあったわ。だからそれだけは避けなきゃいけないの」
「…………」
彼にとっては死刑宣告されたようなものなのかも知れない。
今の今まで自分はまだ生きていると思っていたのに「幽霊だ」と言われ、しかも成仏しなければならないとまで追い込まれている。
哀れに思ったが、私としてはどうしようもない。もはや放置しておくわけにもいかないし。
ともかく問題は、彼を一体どうすれば成仏させられるのか? だ。
幽霊を目にすることはあれど、それらは全員無視して来たので話したことすらない。
一体彼らはあの後どうしたのだろう。もし成仏したとすれば、どうやって昇天していったのだろうか。
そんなことを考えていると、突然彼がこう言い出した。
「そういえば、まだ俺もあんたも名前言ってなかったな」
「ああ、そうね」私も今更ながら思い出して頷いた。
「俺は生田だ。こんな形で付き合わせて悪い。よろしくな」
「私の名前は妖魅。変な名前でしょう?」
妖しい魅惑。全く私の馬鹿親は珍奇な名前をつけてくれたものだと思う。
だが少年――生田は、「可愛いと思うけどなあ」と言って、完全スルーしてくれた。
名前のせいで浮きがちなところのある私としては、気にしないでくれたのは少し嬉しかった。
「さてと。生田くん、今晩は私の家にでも泊まる? 私の両親にはあなたの姿は見えないから」
「へえ。じゃあお言葉に甘えて」
そうして私は、幽霊とはいえど初めて男子とお泊まりをすることになった。
△▼△▼△
わかったことがいくつかある。
一つ、生田は人間・物質かまわず、何者にも触れられず、すり抜けてしまうこと。
二つ、彼は全く悪意なくこの世に留まってしまっていること。
三つ、死んだ時の記憶が欠けていること。
「……無念とかはある?」
「そりゃあまだ生きたいってのはあるけども。他には特段思いつかないな」
「そう。生きたいってのは大抵の人間にあるだろうけど、それを言ったらそこら中が幽霊だらけのはず。そう考えると、それだけでは無念とは呼べなさそうね」
私は今、自室で彼と二人きり、話をしている。
もしも外部者が見たら一人で呟いている狂人にしか見えないだろう。それが私が気味悪がられた所以である。
幼い頃は、妖怪だろうが何であろうが構わず話しかけていた時代があったなあなどと思い出しつつ、話を続ける。
「あなた、私の高校と同じよね? 何年生?」
「二年三組」
「へえ。私も実は二年生なのよ」
と言っても私は一組なので、彼と顔を合わしたことはなかったが。
「明日、学校へ行きましょう。そしたら何かわかるかも知れない」
「無念の原因が?」
「そう。それと――」
その時、外から声がした。「妖魅、何言ってるの。寝なさい」
私は「ひえっ」と叫んで飛び上がりそうになった。お母さんだ。
「は、はいっ! い、今は入ってこないで!」
「とにかく、早く寝るのよ。明日も学校あるんだから」
「わかってるって」
心底ヒヤリとした。
母親が立ち去ってからも、もしも生田と話しているのがしっかり聞かれていたとしたらと思うと寒気が止まらない。
「とりあえず寝よう」ということになり、生田少年との座談会は終わった。