七不思議退治
「おうちかえれないの? いやだよ!」
レイちゃんが泣き出してしまった。
私も泣きたい気分だ。
時刻は九時半。どこから帰っていいのやらわからないという状況だと知り、絶望に染まっていた私たち。
しかし、相変わらずの調子で丘子は笑う。
「心配ご無用ですってば。大抵こういうのは、七不思議を全部やっつけたら帰れるんですよ。それか朝を待つか、ですね。一生帰れないなんてことありませんってば!」
「ほんと? わたしたち、かえれるの?」
「レイたんは心配性ですねぇ。あたしについて来て下さい!」
……結局、私たちは危険を冒してでも全ての怪異と遭遇しなければならないようだった。
「この恐怖の学校から脱出するためだもの、仕方ないわ。……早く片付けて、早く寝ましょう」
△▼△▼△
体育館にはバスケットボールの音が響いていた。
そしてホールの真ん中に、いかにも怪しい少年が一人。彼には、首がなかった。
「首だけの妖怪となら会ったことありますけど、首なしは初めてです! 興味深い!」
嬉しげに言い、丘子が飛び出していく。私たちは外で待機し一部始終を見ておく。
バスケットボールをしていた少年の幽霊が、ゆっくりと振り返った。そして彼の手に握られていたのは、
「首……」
少年は噂通りで自分の首でバスケットボールをしていたのだ。
少年の頭部がこちらを向き、血走った目と一瞬目が合ってしまった。
「ひっ」
「おねえちゃん、しっ」
叫びそうになる私の口を、レイちゃんが抑えてくれる。
その間に丘子は少年の傍に達し、何やら呪文を唱え始めていた。
首なし少年が丘子に首を投げようとする。しかしその前に、
「成仏しやがれぇ!」
急に口調が変わった丘子の声とともに、呪いのようなものが発されていた。
それは少年の霊をすぐに包み込んでいく。そのままぽわんと光が溢れて、首なしバスケ少年は消えていた。
「四つ目の七不思議、クリア!」
△▼△▼△
理科室の中からのっそりと何者かが現れた。
それは骸骨――否、人体模型。骨だけの足を動かし、歩いているのだ。
「う、うわぁっ」
驚き過ぎたレイちゃんが私の背中からずり落ちてしまう。
私も震えた。今まで数多の人ならざるものを見てきた私だが、どうも骸骨は苦手なのだ。
「は、早くっ。早く祓って!」
「わかってますってば、……あっ」
丘子が何やら息を呑み、瞬間、血相を変える。
そして地面に尻餅をついているレイちゃんを咄嗟に突き飛ばし、彼女自身もうつ伏せになった。
「妖魅ちゃん、伏せてくださいっ!」
「えっ!?」
直後、後から獣のような唸り声が響いてきた。
「アシィ、アシィィィィィ――!」
何が何やらわからないまま、私は床に身を横たえた。正面には骸骨がいるというのに。
背後から近づいてくる声。首だけで振り向くと、足から下のない幽霊が猛然と走ってきていた。
と言っても、足がないので両手を地面につけ、逆立ちするようにして、だが。
「げ……」
こんなところに堂々といて大丈夫なのか? 足のない幽霊、これはてけてけという妖怪だ。詳しいところはよく知らないが、足をもぎ取られるらしい。
しかし、
「伏せてる限りは大丈夫ですよ。だからレイたんも妖魅ちゃんも動かないでください」
「う、うん」
「見え見えじゃない……?」
てけてけは普通より顔の位置が下にあるし、伏せていても見えやすそうに思うのだが、ここはオカルト少女の意見に従うしかない。
などと思っていたその時だった。
目の前にいた『徘徊する人体模型』が、ゆっくりとこちらに歩いてきたのだ。まっすぐ、私の方へ。
心臓がバクバク鳴り出す。
「来るな、来るな来るな来るな来るな来るなぁっ」
まさに前門の虎、後門の狼。
いいや、その方がまだマシだ。今の状況は前門の骸骨、後門の幽霊。……最悪。
幽霊はいい。我慢できる。でも骸骨だけは、無理。絶対。
しかし私のそんな気持ちが届いたからなのか届かなかったのか、人体模型は私のすぐ目の前までやってきて――。
ゴリ。
背中に何やら硬い感触を得た。
恐る恐る見上げ――私は、見るんじゃなかったと後悔することになる。
だって、人体模型が私を足の下に敷いて、こちらを見下ろしていたのだから。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
死ぬ。殺される。殺される殺される殺される。
今にも心臓が止まりそうだった。
てけてけは叫びながらものすごい勢いで横を走り抜けていく。まるで私たちには見向きもしなかった。
その間にも、人体模型がゆっくりと膝を折り曲げ、骨をコキコキ鳴らしながら私の上に乗しかかって来る。
悲鳴すら上がらない中、そのまま首筋に骨張った手が伸びて――。
「『汝の魂が黒ければ下へ、汝の魂が白ければ上へ。解き放たれよ!』」
何かのアニメのセリフのようなものが聞こえてきて、人体模型から力がすぅっと抜ける。
「大丈夫ですか!?」
見ると、寸手のところで丘子が助けてくれたようだった。恐らく人体模型に取り憑いていた何かを剥がしたのだろう。
そう思い、ホッと一安心したその瞬間だった。
「きゃあ――――!!!」
目の前に、ごと、と骸骨の頭部が落ちてきたのだ。
空洞の目と私の目が合う。その途端絶叫を上げ、私の意識は闇に呑まれていった。
△▼△▼△
ゆらゆら、ゆらゆら。
何かに揺られているような感覚で、私はそっと目を覚ました。
あたりは真っ暗でよく見えない。
ここはどこだろう? そう思って記憶をゆすり起こし――思い出す。
「ここは学校の中……?」
するとすでになんだか聞き慣れてしまった声が聞こえた。
「妖魅ちゃん、起きられましたか。急に気絶しちゃうんですからびっくらこきました!」
「おねえちゃん、おはよう?」
丘子の顔がすぐ目の前にあり、レイちゃんは丘子の横をゆっくり歩きながら私を見上げ、心配そうにしている。
「え、ええ、おはよう……?」
おはようはなんだか違う気がする。が、それはさておき、だ。
状況を整理すると、ここは恐怖の七不思議に閉ざされた真夜中の学校。
そして私は今、丘子の背中におぶられている。それから……、
「――!?」
私は慌てて丘子の背中から飛び退いた。
歳下の女子におんぶをしてもらうなんて、恥ずかしいにも程があるだろう。
「よ、ようみおねえちゃん、きゅうにどうしたの?」
「い、いやだって。えと、私のお胸が丘子さんのお背中にピッタリくっついちゃってて、その」
そう言い訳しながら、丘子の方を睨みつけた。
もちろん彼女に悪気はないと思うが、思春期を少し抜けたばかりの女子の体に遠慮なく
触れられては困る。例え相手が女だったとしても。
「そんなに怒らないでくださいよ〜。こんな場所で配慮なんてできるわけないじゃないですか。ほんとなら置いていきたかったくらいなんですよ?」
「でもわたしが、それはダメっていって、おねがいしてようみおねえちゃんをおんぶしてもらったの」
きっと丘子とたった二人きりなら、本気で置き去りにされていただろう。
レイちゃん様様だ。
「それにしても、人体模型の首ごときで気絶するとはなかなかの小心者ですね〜」
「あなたが図太すぎるんでしょうに」
「そりゃだって、オカルトに精通してれば生首だの骸骨だのは当たり前ですからねぇ」
なんでもないことのように言うが、私は人体模型を思い出しただけでゾクッとした。
ああ……とにかく最悪。
「今、屋上に向かってるところです。あのてけてけは屋上に行ったはずなので」
「どうしてわかるの?」
「噂では、てけてけは屋上に出るって話だったんです。昨日にも言ったんですけど、覚えてます?」
確かに一昨日の昼間、屋上で丘子と初めて会った時、女の子の霊がどうのこうのと言っていたっけ。
あの時は生田の話の方に気を取られてしまっていたが、そういうことか。
「まさか廊下を全速力で駆けていくだなんて思ってませんでしたけど、てけてけが向かったのは屋上で間違いなしです!」
期待感に頬を緩ませる彼女と違って、今にも胃の中身を吐き出してしまいそうな私。
レイちゃんがいる手前は吐けないと思い、寸手のところで酸っぱいものを飲み込んだ。
そんなこんなありつつもなんとか屋上への階段へ辿り着いた。
そして階段を上り切り、屋上へ出た瞬間――。
「アシィ、アシィィィッ」
喚き散らす幽霊――てけてけがこちらへ飛び掛かってきた。
△▼△▼△
「危ないっ!」
迫り来るてけてけへ、丘子が何やらお札を投げつけた。
「ぐえっ」と言って、妖怪は一瞬後退。しかしすぐに力を取り戻すと、また突進を始める。
「足、足、足ヲ、足ヲォ!」
どうやら「足をくれ」と言っているらしい。
この幽霊の未練は恐らく足がないことだろう、と私は思った。だから人々の足を奪い、しかし満たされない。そんな妖怪なのだ。
「元々陸上部女子って話でしたけど、確かに足が、足? 足はないですが、足が速い!」
よくわからないことを言いつつ、丘子がてけてけと対峙している。
私はレイちゃんを背に庇い、ただそれを傍観しているだけだ。わざわざ戦おうなんざ思わない。
しばらくてけてけと丘子の攻防が続いた。
ただひたすらに足を狙ってくるてけてけ、それを避ける丘子。
普通ならあり得ない満天の星空の下、両者がダンスをしているように見える。そういえば宇宙と繋がっているらしいがここの空気はどうなっているんだろう?
しかし、情勢の変化は突然だった。
「足ィ、オマエノ足ハイラナイ、ソッチノ足ヲクレ!」
急に方向転換して、私の方へ走り込んできたのだ。
「やばっ」
私は何も抗う術を持っていない。そして丘子も、てけてけの急な方向転換に驚いてしまっている。
「足ィ、足ィ。綺麗ナ女ノ、足ィ!」
「おねえちゃんっ」レイちゃんが震えている。
この子だけでも守らなければ。そう思い、私が足を振り上げたその瞬間のこと。
「足ならこっちはいかがです、か!」
てけてけめがけて、『足』が放り投げられた。
それは、人形の足。体から上はなく、足は三本あった。
「ウウ、足ィ、足ィッ」
すっかりそちらに気を取られたてけてけ。
人形の足を両手で掴み取ろうとして――直後。
「アアアアアアアアアアアアアアアア」
その体が、溶け出した。
まるでアイスか何かかのように、てけてけが溶解していく。
上半身だけの体はぐずぐずになり、やがて顔だけになって、それすらも溶けてどす黒い水たまりになる。
水たまりの中央、そこに人形の三本足だけが残されていた。
「い、今のは……?」
驚愕に固まる私とレイちゃん。
丘子は安心したように大きく息を吐きながら、言った。
「ふぅ。三本足には元々呪いがかけられていて、それを利用して溶かしてやりました〜。てけてけ、意外に手強かったです!」
後で聞いたところ、決め手となった三本足は、丘子が過去に出会った怪異『三本足のリカちゃん』から奪った三本足なんだとか。
怪異を倒すために怪異に助けられるとは……なんだか変な話である。




