大きな密室
廊下の窓を破ろうかとも思ったのだけれど、そうしたら弁償が大変だ。
だから適当な教室に入り、そこの窓を開けて飛び降りよう……そう考えた。
丘子は強く反対したが、一番年長者は私だ。
一歳しか違わないとはいえ、背丈は丘子より低いとはいえ、年長者が決めなくてはならない時がある。そして今がその時だろう。
しかし私の選択は、直後に間違っていたのだと思い知らされることになる。
手近な教室の扉を開けると、そこは美術室。そして――。
「ズンダカダ、ダカダカダカ」
「ポープーパーパー」
わけのわからない悍ましい歌を歌い、粘土細工たちが踊り狂っていた。
そしてこちらに気づくなり、粘土細工たちが一斉に私たちを睨みつけた。
ゾロゾロ、ゾロゾロ。
棚から降りてきて、一歩、また一歩と行列を組んでやってくる。
私は声を上げた。
「いやぁっ!」
ドアをピシャリと閉める。そのまま全速力で走った。
二つ目の七不思議、『粘土細工のパレード』。一体何をしてくるかは不明だが、怖い。ただひたすらに怖い。
そんなことを言ったらメリーさんだって動く人形だろう、と思う人はいるだろうから付け足しておくと、粘土細工は笑っていた。顔を歪めて、嘲笑っていたのだ。
「おねえちゃん! おねえちゃん!」
今にも振り落とされそうなレイちゃんが叫んでいるのにも構わず、丘子が美術室に取り残されていることも忘れて、私は隣の部屋に飛び込んだ。
――そこは音楽室。
蓋が閉じられたピアノ、静かに置かれたヴァイオリンやフルートたち。
一見何の変哲もないそこに、突如、異変が訪れる。
音楽室の中央に飾られたベートーヴェンの肖像画、その瞳が一瞬、きらりと光った。
思わず立ちすくむ私。そっと目を背けたその背中に声がかかる。
「だれ、だぁ。そこにいるのは、どこのどいつだぁ」
「――ッ」
恐ろし過ぎて、もはや声も出なかった。
眩い光に照らされ、私とレイちゃんのシルエットができる。
私は何が起こったのかを理解した途端、またもや教室を走り出た。
肖像画の目から放たれる光線が、私たちを狙う。そして肖像画から飛び出してきたベートーヴェンが、私たちの後を追ってきた。
今にも失神してしまいそうだ。でもそんなことをしたら、私は、レイちゃんはどうなる? 私には走る他許されていないのだ。
なんとか廊下へ出ると、そこには丘子が待ち構えていた。
「妖魅ちゃんにレイたん、大丈夫ですか!」
「うしろ! うしろに、おばけ!」
レイちゃんが指差す方向、そこには教室を乗り越えてこちらにやってくる、腰から下のないベートーヴェンの姿。
それは言葉では表せないほどに醜く、その表情は歪んでいた。
「ったくもう! 最高ですっ!」
まるで恋する乙女のような笑顔を浮かべた丘子。彼女はなんと、ベートーヴェンに挑みかかっていった。
「霊火を受けて焼けちゃってください!」
お札を使ったようだが、今度は先ほどと違って、ボォっと炎が燃え上がる。
レイちゃんは「なに? なにがおこってるの?」と言っているから、おそらく普通の人間には見えない炎なのだろう。
それが一瞬にしてベートーヴェンを焼き尽くしていった。
苦鳴さえ上がらず、後には灰すら残らない。丘子の完全勝利だった。
△▼△▼△
「粘土細工たちはちゃーんと黙らせましたし、『輝く目の肖像画』も打ち倒しましたから、あと四つですね!」
「あと四つ!? あなたはオカルト好きかも知れないけど、私はそうじゃないの。レイちゃんもいるんだから」
「こわいよー、かえろうよ」
けれど丘子は首を振り、
「実はこの学校、密室になってるみたいなんですよね。ほら見てくださいよ」
と言って、窓の外を指差した。
廊下の大きな窓の外に目をやる。
すると私は、先ほどまでは気づかなかった妙なものを目にした。
それは、満天の星空だった。
彼方では一つの星が爆発して一生を終え、また別の方では燃え盛るように恒星が輝いている。
目を疑わずにはいられなかった。だってこれは、「宇宙……?」
「そうです。実はこの学校、今異次元と繋がっちゃって、窓の外は宇宙なんですよね。美術室の窓も確認したので間違いありません。学校が『大きな密室』になったってわけですよ。つまりあたしたちは今、閉じ込められてるんです」
全身から血の気のひいていく感覚。
やはりこんなところ、来るんじゃなかった。後悔に襲われると同時に、絶望が溢れてくる。
果たして私たちは、無事に家に帰ることができるのだろうか? それともこのまま……。




