幽霊の少年
出会いは突然だった。
高校からの帰り道、私は制服の裾を掴んで猛ダッシュしていた。
空が群青色に染まり、もうじき真っ暗になってしまう。そうなる前に帰らなくてはと焦っていたのだ。
そんな道中、『彼』と鉢合わせてしまった。
背がやや高い少年だった。
制服を着ているから、私と同じ高校の生徒だとわかる。
普通だったら無視して通り過ぎただろう。しかし彼は普通ではない。
だって、肌が半ば透き通って向こう側の景色が見えているのだから。
「あのさ……」
声をかけられた瞬間、思わず足を止めてしまった。
止めてはいけないとわかっていたのに。だがもう止まってしまった以上は逃れられなかった。
「な、何? 私急いでるんだけど」
答えを返した瞬間、少年の顔がパァーッと明るくなった。
「えっ、今返事してくれたよね!?」
「ええ、まあそうだけど」
「よかったぁ、俺透明人間にでもなったのかと思って……。いやーよかったよかった」
そうか。やはり無自覚系だったか。
私はため息を吐いた。
私が見えるのは正確に言うと妖怪だけではない。
私には『幽霊』も認識できる。ちょうど今の彼のように半透明な存在として。
今まではここまで人間らしい幽霊は見てこなかった。
足のないいわゆる『てけてけ』と呼ばれるものや、貞子っぽいいかにも幽霊な感じの幽霊は知っている。
が、こんなにも普通の人間らしい幽霊は初めてだ。体が透き通っていなければどうやっても幽霊には思えない。
そして当の本人は、自分が死んだことに気づいていないのである。
「昨日からさぁ、家に帰っても母さんも父さんも俺に返事してくれなくって。先生も友達もそうだったから不安で不安で仕方なかったんだよ。でもドッキリかぁ。あぁっ、驚いて損した」
勝手に盛り上がられているところ悪いが、こちらとしてはなんと言ってあげていいのやら。
君は幽霊なんだよと単刀直入に言おうと考えたが、さすがにそれはやばいだろうと思った。
面倒ごとの予感がピリピリする。幽霊などにも近寄らないのが一番であり、私は今すぐこの場から逃げるべきだと決めた。
「ごめんね。さっきも言ったけど私急いでるの。そういうことで、さよなら!」
「ああ、ありがとう!」
手を振る男子生徒を振り返りもせず、私はまたも全速力で駆け出した。
△▼△▼△
彼のことはもう忘れるつもりだった。
だって彼は人ならざるもの。言葉を交わせば私まで『あちら』の世界に引き摺り込まれるかも知れないのだ。
でも次の日の帰り道、また同じ場所に突っ立っている少年を見て、そうも言っていられなくなった。
「おかしいなあ。なんでだよ、なんでみんな俺を無視するんだよ、返事ぐらいしろって……!」
そう言って民家の壁面を殴りつけようとする少年。……手が壁面を貫通していることにも気づかずに。
彼は目に涙を浮かべていた。
「ええと、その、大丈夫?」
知らず、私は、勝手にそんな言葉を口にしていた。
あっ、と思い慌てて口を抑える。しかし彼にはもうとっくに気付かれてしまっている。
「あ、昨日の」
「うん……。また会ったわね」
しばらく気まずい沈黙が流れる。やがて、少年の方が口を開いた。
「あんた、俺の姿が見えてるよな?」
「一応、ね」
「そうだよな。じゃあなんで俺はみんなに無視されるんだ? 嫌がらせか?」
この際、本当のことを言ってしまった方がいいだろう。
なぜそこまで私がしなければならないのかとも考えたが、思い切って伝えることにした。
「あのね。あなたが幽霊だから、みんなから無視されてるんだと思う」
少年がキョトンという顔をした。
本当に無自覚中の無自覚らしい。
「え? 今なんて言った? 幽霊?」
「そう幽霊。あなたは今、『人ならざるもの』なの」
「ちょ、ちょっと待て。人ならざるものって……。あんたは俺のこと、見えてるんだろう?」
「半透明にね。そして、私は『人ならざるもの』が見えてしまうの」
ああ……、なんだか嫌な予感がぷんぷんするなあ。
そんなことを思いつつ、私は彼に事情を説明してやった。




