都市伝説
――翌朝。
日曜日の朝は、なんだか気だるい。本当なら朝の九時くらいまでゆっくり寝たいのだけれど……。
「おねえちゃん、おはよう!」
「妖魅さぁん、起きるの遅いわぁ」
七時半になった頃、そう言うレイちゃんとメリーさんに叩き起こされた。
レイちゃんはまだしも、起きたらすぐ目の前にメリーさんがいるといい気分ではない。
綺麗な人形とはいえ、彼女はもののけなのだ。
「……二人とも、もう少しゆっくり寝かせてちょうだい」
「ダメだよ、ようみおねえちゃん、きょうはメリーさんのさがしてるおんなのこをみつけにいくんでしょ?」
私はレイちゃんの言葉でそれを思い出し、「やばっ」と言ってベッドから転がり落ちた。
そのまますぐに立ち上がると、大慌てで部屋を出る。
のんびりしてはいられない。今日は、聞き込み調査をする日なのだから。
△▼△▼△
メリーさんの言う『みっちゃん』がどこの誰だかわからない以上、探しようが難しい。
けれど私は、犯人は事件現場に戻ってくる、という話を思い出した。別に犯人でもないし事件現場でもないけれど、メリーさんがこの街に『みっちゃん』の気配を感じたからこそ、この街までやって来たのではないかという推測だ。
と言っても、私の推測など探偵でもないしあてにならないのだけれど。
「みっちゃんの写真とかは持っている? 聞き込み調査に使いたいのだけど」
「残念ながら、ないわぁ。でもワタシ、一眼見れば『あ、みっちゃんだ!』ってわかると思うのぉ。だから大丈夫よぉ」
みっちゃん自体を探すわけではなく、「こんな女の子知りませんか」と言いたい、ということだったのだが、どうにも会話が通じない。
私は諦めて、メリーさんをレイちゃんの手に握らせた。
「レイちゃん、メリーさんをしっかり持っててあげて。それでメリーさんは絶対に喋らない。何があっても。いいわね?」
『見える人』ではなくても知覚できてしまう妖怪のメリーさんは、街中で話しているのを見られでもしたらビッグニュース。というか、私が怪しまれる。
私はあまり目立ちたくないのだ。
「うんわかった。わたし、しっかりメリーさんをつかまえておくね」
「別にワタシを捕まえなくてもいいじゃないのぉ。わかったわぁ、大人しくするわよぉ」
そうと決まれば早速聞き込み調査を開始しよう。
まだ静かな日曜の朝、私たちは外へと繰り出した。
△▼△▼△
「あの。メリーさんという人形を知りませんか? これです」
私は、メリーさんを見せて回っていた。
もし『みっちゃん』がいれば反応してくれるだろう。『みっちゃん』自体を探すよりこの方法の方が簡単だと思ったのだ。
しかしメリーさんを知る人は一向に見つからない。
もう三百人くらいには聞いただろうか? 時刻は昼の時間をとっくに過ぎている。
「おねえちゃん、ぜんぜんみつからないね」
「そうね。やっぱりこの街にはいないんだわ。だからと言ってどこを探したらいいの?」
日本全国で「この人形を知りませんか?」なんて聞いて回ることは到底できない。
その時、私はふと思いついた。
「そうだわ、SNSで『みっちゃん』を探せばいいのよ」
方法は今と同じ。「この人形を知りませんか?」と言うだけだ。
しかし今は便利な時代である、スマホ一つあれば全国、いや全世界に発信できるのだ。私はあまりSNSをやっていないのだが、そんな私でもすぐにできるだろう。
「何せご老人でも使いこなせるんだものね。……と、まずは調べてみよう」
公園のベンチで一休みしている間、私はスマホを取り出した。
レイちゃんが画面を覗いてくる。メリーさんも興味津々だった。
「なにしてるの?」
「あのね、ちょっと待って……」
スマホで検索をかける。
もしかするとメリーさんを探しているという人の噂があるかも知れない、そう思い、まずは『メリーさん』という単語を調べて――、私は、驚愕した。
「えっ」
『メリーさんの電話』。
目に飛び込んできた言葉に、私は信じられないと瞬きする。
けれど確かにそう書いてある。私は恐る恐るで、そのWebページを読んだ。
はっきり言おう、メリーさんは都市伝説から飛び出してきた存在である。というより、メリーさん自体が都市伝説として語り継がれているらしい。
ある日、女の子の元に『ワタシ、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』と電話をかけてくるところから、怪談は始まっていた。
電話が切れる。不気味と思い女の子が怖がる。また電話。
『ワタシ、メリーさん。今、駅の前にいるの』
どんどん近づいてくる距離、繰り返される電話。
そして最後に、『ワタシ、メリーさん。今あなたの後ろにいるの』
ここで話は終わる。続きは、ない。
都市伝説を読み終えて、ゆっくり顔を上げた。すぐそこにメリーさんの端正な顔。
私は今まで人ならざるものに関心を抱かないよう生きてきた。幼い頃妖怪の本を読んだり幽霊の本を読んだものの、長年の間そんなものとは触れていない。
だから都市伝説など知らなかった。けれど知った今、わかった。
「メリーさんってずいぶん昔に捨てられたんじゃないの?」
都市伝説がここまで広がるには相当の時間がかかる。十年やそこらは経っているだろうと思われたのだ。
メリーさんは困ったような顔で頷いた。
「そうねぇ。かなぁり昔だったかしらぁ? よく覚えてないわぁ」
ということは、だ。
メリーさんは何十年も『みっちゃん』を探している。
当時十歳だった女の子はすっかり成長して、今頃おばさんかお婆さん。
「これじゃあ、探しようがないじゃないの」
一年や二年、五年程度なら時が過ぎているくらいならまだしも。
すでに数十年も経っているのだ、当の『みっちゃん』が生きているかどうかすら怪しい。生きていたとしてもメリーさんのことなんか気にしているはずがない。
初めて私は、今日一日がどれほどの徒労であったのかと知った。
もはやSNSで拡散する気にすらなれず、スマホを閉じる。
「帰りましょう」
次の策を練らなくてはならない。