ワタシ、メリーさん
「――ワタシ、メリーさん。今、あなたたちの高校近くにいるのぉ」
ある日、唐突にそんな電話がかかってきたので私は驚いた。
それは、土曜日の昼下がり、レイちゃんと公園で遊んでいた時の話。
スマホが鳴り、出てみれば少女の不気味な声が聞こえてきたのだ。
「メリーさん……?」
聞き覚えのない名前だった。
外国人の名前に聞こえるが、確かに彼女は日本語を喋っていたし。
なんというか、とても奇妙だ。
「おねえちゃん、だれからおでんわ?」
「わからない。メリーさんって言ってたけど、レイちゃんにそんなお友達はいる?」
ブランコを漕いでいたレイちゃんは、「ううん」と言って首を振った。
私の高校はここから一キロくらい離れた場所にある。そんなところから悪戯電話?
いいや、ただのかけ間違いかも知れない。そう思って私は忘れることにした。
しかし、再び電話が鳴ったのである。
「はい?」
「ワタシ、メリーさん。今郵便局の前に来たわぁ」
どこか間伸びした声。
私は背筋がゾワッとなるのを感じた。
これは間違いなくあれだ。
「……妖怪の仕業、か」
私は妖怪が見える。そして声も聞こえる。
妖怪には色々な種類がいる。
人に害をもたらさないもの、殺したりする悪質なもの。そして、どうしてかは知らないが、人間を弄ぶのが大好きな妖怪もいる。
今の声や状況を考えて、私はそれに違いないと直感した。
私一人ならともかくとしてレイちゃんがいる現状、厄介なもののけに絡まれるわけにはいかない。私はそう思うや否や、レイちゃんに声をかけていた。
「レイちゃん。そろそろ帰りましょう」
「え、どうして?」
「さっきの電話、妖怪からかかってきたものかも知れないの。普通の人間じゃないっていうか。だから、今すぐ逃げないと」
先ほど郵便局の前と言っていたか。ちょうど家とは反対方向だし、帰宅するのが一番だ。
公園を後にしようとしたその時、またもスマホが鳴った。
しかし私は電話に出なかった。なのに、スマホから声が漏れ出す。
「ワタシ、メリーさん。どこにいたってすぐにわかるわぁ。今、コンビニの傍を通ってそっちに向かってるのぉ」
私はレイちゃんの小さな手を握る。そして、全速力で走り出した。
私にだってわけわからないのだが、とにかく逃げるしかない。本能がそう告げているのだ。
再び、電話。
「ワタシ、メリーさん。無駄だって言ってるのにねぇ」
走る、走る、走る、走る。
レイちゃんはとても困惑している様子だった。でも説明している時間がない。ただひたすらに駆け続ける。
しかし――。
「ワタシ、メリーさん。今あなたたちの後にいるのぉ」
スマホが鳴ると同時に、聞こえてくる声。
すぐ近くからはっきりと聞こえた。思わず振り返り、私は息を呑む。
そこに、空中にふわふわと浮かぶ少女――否、ただの少女ではない。身長四十センチくらいの人形、それが笑っていたのだから。
身を固くして、足を止めてしまった。
逃げなくてはと思うのに動けない。レイちゃんが不安げな視線を投げかけてくる。
私はやっとのことで声を出した。
「あなた、誰?」
「あらぁ? あんまり驚かないのねぇ。そうよねぇ、普段からお化けが見えてるんだものねぇ。……ワタシ、メリーさん。あなたが噂の丘子さんで間違いないかしらぁ?」
くるくるの赤毛三つ編みを揺らし微笑む人形の少女が、そう言って小首を傾げる。
外国製の人形なのだろう、古いがとても綺麗だ。しかし青の瞳は少し悲しげに見えた。
「期待されているところ悪いのだけれど、私は妖魅よ。丘子なんて人、知らないわ」
はっきりそう答えてやるが、人形――メリーさんはまるで信じてくれなかったようだ。
「嘘はダメよぉ? X高校のオカルト女子高生、丘子さん。そうでしょぉ? あなたからは強い霊気をピンピン感じちゃうわぁ。それにぃ、ワタシを見ても平気だしねぇ」
確かに私は言うほど動揺していない。
幼い頃からたくさんの人ならざるものたちを目にしてきた。深く関わらなかったものの、もっとおぞましい妖怪だって知っている。
霊気を感じるというのも本当なのだろう。でも私は、彼女の言っている『丘子』とかいう女子は知らなかった。
「本当なのねぇ? 人違いだったのかしらぁ……」
「うーん」と考え込むように唸り出すメリーさん。
ただ一人状況に取り残されたレイちゃんが、ブルブルと震えているのが掌ごしに伝わってくる。
私は、また始まるのかと思い、ため息を漏らしたのだった。