超人類
それはひとえに、セツラだからこそとしか言えない。
目的地へ移動する時に使うような高速直線飛行。メインブーストの極限稼働。戦闘中に、敵へ体当たりをする時に使う兵はいるが、セツラは常にその状態をキープしていた。
無論、そんな速度で曲がれば強烈なGに搭乗者は耐えられない。
だがセツラは極限速度のまま、カーブどころかクイックブーストを乱用。様々な方向へと一気に再加速。並の兵なら一発で死ぬ殺人テクを常時使っても体に何の影響も無いのは、セツラだからだ。
加えてブーストモーション。ターンブーストを利用して、刀を振る方向へ体ごと回すという高位戦闘技術も、セツラにとっては呼吸をするように行っていた。
極限速度で移動しながら極限速度で四肢を動かす。
それも精密機械以上に精密に、悪魔よりも情け容赦なく。
ゲームセンターのシューティングゲームのボタンよりも軽く引き金を引き続ける。
それは戦闘ではなかった。
ただの蹂躙。
草食動物が草を食べるように。
いや、全ての動物が空気を吸い込み食べるように。
地上の兵は皆、敵にとっての魔王、自分達にとっての軍神を見上げながら惹かれていた。
セツラが強者だったなら妬むだろう。
だがこれは、妬む余地もない。
人間がライオンの強さを妬まないように、レベルではなく次元そのものが違い過ぎた。
庶民の生まれでありながら活躍する若造を嫌っている各中隊長や大隊長は、矛盾した想いの板挟みになる。
何故セツラがフィリディーナとの一騎打ちの相手に選ばれたか、そんなの決まっている。
誰よりも生意気なセツラが嫌いな反面、大隊長達は誰もが心の奥で認めてしまっていた。
あいつこそが最強だ、と。
悔しいが自分では一生勝てない。
悔しいが自分よりも遥かに才能が上だ。
悔しいが自分よりも遥かに神に愛されている。
ギリシャ軍最強の戦女神フィリディーナと一騎打ちができるのは、セツラしかいない。
人間に許された力を遥かに超越した超人、否、軍神様にすがるしかない。
人間風情にできるのはそれだけ。
神を妬んでもしょうがない、憧れるだけ、崇めることしかでき
『セツラ、地上はあたしらに任せな!』
『貴方の剣となり正義を執行する!』
『あたし達も手伝うよ!』
『一人より六人だよ!』
『セツラが出てわたしが出無いのは矛盾だよ♪』
第三中隊から、トモカ、ウサミ、ウオン、マイコ、フワリが飛び出した。
五人の女は、一斉に自分と調和し、相手と調和し、そして空間と調和した。
ギリシャ軍と日本軍の巨神甲冑同士が戦う最前線を通り抜けて、その背後、敵軍事甲冑や自律兵器達が守る奥地へたったの五機で攻め込んだ。
その活躍はまさに獅子奮迅。
軍勢と呼ぶべき数の敵の弾丸の雨はただの一発も当たらず、もしくはプラズマバリアーに防がれ、逆に五人の刀に、拳に、銃撃に蹂躙される。
数は一〇〇倍以上だが、まるで数百人の幼稚園児達に格闘王が殴り込むような、そんな一方的な戦いだった。
決して、セツラの隊に都合よく天才が集まったわけでも、セツラが天才をスカウトしたわけでもない。
誰もがセツラを見上げるだけだった。自分とは比べもせず、その背中を追おうともしなかった。
そんな中、彼女達だけがセツラを追い続けた。幼馴染故に、誰よりもセツラをそばで見て来たから。
常にセツラの傍らにあり続けようと努めたし、セツラも常に彼女らの側にい続けた。
セツラは特別だった。時折IQ二〇〇を超えるような天才が生まれるように、運動の天才も生まれる。
そしてセツラは全身の六〇兆個の細胞が、筋骨神経皮膚内臓機能全てが戦闘に都合のよい特異性質を持って生まれた、現生人類とは別種と言える超人として生まれた。
そして超人の背を追い続けて、隣を走り続けた彼女達もまた、類似した能力を獲得しつつある。
超人とはスイッチのようなものだ。生まれつきスイッチがONになっている者もいれば、後天的努力でONになる者もいる。
そして諦めなかった者、超人の背を追い続けた者だけが、超人となれるのだ。
付け加えるなら、当然超人は日本人だけでなく……
『セツラ、三時の方向より、巨神甲冑反応』
武尊のAIに言われて、空の敵を一掃したセツラは叫ぶ。
「行くぜノノ!」
「OK!」
今まで運ばれるだけだったセツラの巨神甲冑が起動。
支える軍事甲冑達が離れると、自身の足で地上に立ち、敵のいなくなった空へと飛翔した。
「受け取りなさい!」
ハッチから、センゴクに乗ったノノが飛び出す。
入れ替わる形で、無傷のセツラが武尊に乗り込む。
三時の方向から迫る反応へと向き直ると、そのエメラルドグリーンに輝く巨神甲冑はいた。以前に資料で見たことがある。ギリシャ軍最強の女傑フィリディーナの専用巨神甲冑、ギリシャ軍最強機体オデュッセウス。
相手のスペックを読み取るサーチ能力を持った厄介な機体だ。
『会いたかったぞ、桐生セツラ!』
これより先はなんぴとも立ち入れない、超人同士の喰らい合いだ。




