優しい謀略
僕は廊下のベンチに座りながら、頭を抱えた。
自分はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか?
今にして思えば、今回の作戦は一歩間違えばセツラ隊長が敵地に一人残される可能性だってある。
最強カードを消費してでも、確実に勝利を取りに行くべきだった。
「ごめん、サエコちゃん……」
「…………」
サエコちゃんは僕を責めなかった。ただ一言。
「今の私達にできるのは、ただ信じることだけです。だから信じましょう。それしかできないのですから」
「そ、そうだよね……」
僕は自分に言い聞かせるように言った。そうだ、負けるわけが無い。まともな裁判官なら、今回の作戦を理解していれば、フィリディーナ少将と一騎打ちをするセツラ隊長に新兵器を渡すのは当然なんだから。
無理矢理自分を元気づけて、僕は窓の外を見た。すると、玄関の前で誰かを待つセバミさんが立っていた。
ナミカちゃんを待っているのかな?
「あらサク。思ったより元気そうね」
右を向けば、ナミカちゃんが余裕の表情で立っていた。
「…………」
「今回は私の勝ちのようね。やっぱりあの桐生セツキでないと私の相手は」
「ナミカちゃんちょっと来て」
僕はナミカちゃんの腕を引っ張った。
「ちょっ、あんたどこに」
「いいから、見せたいものがあるんだ!」
◆
「セバミさん」
僕は一人で、セバミさんの元へと走った。
「サク様?」
「お願いですセバミさん、ナミカちゃんに本当の事を言って下さい」
「急に何を」
「でないとナミカちゃんはずっと一人ぼっちです! 本当にナミカちゃんの事を思うなら、マミさんの本当の気持ちを」
「それはできません。それは奥様の意思に反します」
僕は歯を食いしばって、声を荒げた。
「っ、マミさんは、本当は、ナミカちゃんの事なんてどうでもいいんじゃないですか?」
セバミさんの眉間に、深いしわが寄った。
「なんですって?」
「だって本当にナミカちゃんの事が大事なら可愛がらずにはいられないはずです! それをなんだかんだと理由をつけては結局冷遇したのは、その程度の愛情だからでしょう!」
セバミさんの柳眉が、一気に立ち上がる。
「そんなはずがないでしょう! 奥様がどれだけナミカお嬢様のことを愛していると思っているのですか!? ですが前にも言ったように、愛されて育てば厳しいビジネス業界では生きていけない。先代様と同じ道をあえて選んだ奥様がどれだけの想いで! お嬢様が家を出られてから毎晩、どれほど悔やまれているか! ッ」
セバミさんの目が、怒気を含んで僕を射抜く。
「愛していない子の為に、交渉人になれるよう各署に頭を下げる親がいますか!? 誠意を見せる為に直接頭を下げるべく飛び回り、過労で倒れる親がいますか!? 毎晩のお嬢様の写真を胸に抱き涙を流す奥様の気持ちが貴方に!」
背後からナミカちゃんの泣き声が聞こえた。
玄関からナミカちゃんが姿を現した。
その顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れて、膝が震えている。
「お嬢様!? まさかサク様」
「じゃ、じゃあママ倒れたのって、ママずっと私のために……今まで、本当に、わた、私のために……」
「お嬢様、それは……ッ」
セバミさんは否定せず、視線を逸らした。
「ママァッー!」
ナミカちゃんは医療棟に向かって走った。涙を散らせながら、決して速くない足で走って、僕とセバミさん後を追った。
「ママ! ママ! 私の、私のママ!」
医療棟に駆けこむと、セバミさんが先頭を走ってくれた。
「こちらです!」
「ママ!」
病室の中で、マミさんは患者着姿で眠っていた。
ナミカちゃんはマミさんに駆け寄り、すがりつきながらわんわん泣いた。
すると過労で倒れたはずのマミさんのまぶたがゆっくりと開く。
「ママごめん! ごめんママ! 私ずっとママの気持ちに気付かなくって!」
マミさんはナミカちゃんの泣き顔、それから申し訳なさそうな表情のセバミさんと、最後に僕へと視線を動かす。
全てを悟ったように、口から息が漏れた。
「そう……バレちゃったのね……私は、ママみたいにはできなかったなぁ……」
マミさんとは思えない、弱々しい口調をこぼしてから、マミさんはナミカちゃんを抱きよせた。
「ごめんねナミカ……今まで辛かったわね……」
マミさんの目に涙が浮かんだ。
「ナミカ……だいすき……」
二人が強く抱き合う姿を見て、僕は自然と頬が緩んだ。




