毒親
「お嬢様!」
三審の開廷時間になり、僕が法廷に入室しようとすると、セバミさんが走って来た。
僕のうしろを歩いていたナミカちゃんが、セバミさんに気づく。
「奥様が倒れられました! 今、隣の医療棟に運ばれております。すぐに」
「これから第三審よ。行けるわけないでしょ!」
「しかし!」
必死に食い下がるセバミさんに、僕が助け船を出す。
「セバミさん、隣の医療棟に入ったっていうことは、この近くで倒れたんですよね?」
「はい、そうですが」
「もしかして、マミさんはナミカちゃんが勝つ所を見に来たんじゃないですか?」
ナミカちゃんの目が、一瞬反応した。
「だって変じゃないですか。今までナミカちゃんの裁判に来たことなんてないのに、僕が交渉人代理になった途端……前回も来ていましたよね? それって、セツキ先輩の補佐官に過ぎない僕が相手ならナミカちゃんは勝つかもしれない。娘が勝つところを見たい。違いますか?」
「それは……」
「そんなわけないでしょ!」
セバミさんが言葉を濁すと、ナミカちゃんが、言い捨てた。
「あの女がそんなことするわけないじゃない! 大方、私が負けるところを笑いにでも来たのよ! 自分の言いつけを守らず家を飛び出した不出来な娘に解らせたいのよ。お前の判断は間違っていたって! それにしても、倒れるまで仕事するとかどれだけ仕事好きなのよ」
ナミカちゃんはそれだけ言って、さっさと法廷に入ってしまう。
「お嬢様!」
法廷の戸は、音を立てて閉まった。
◆
「僕が主張したいのは、セツラ隊長でもフィリディーナ少将に勝つのは容易ではないということです」
三審で僕は、ナミカちゃんの二審での主張を論破しようと頑張った。
「確かにセツラ隊長は人間離れした超人性を持っています。ですが甲冑に乗ってしまえば、運動スペックは甲冑の性能頼り。純粋な戦闘技能の競い合いになります」
「異議あり! では二審でのあの主張はなんだったのかしら?」
「あれはセツラ隊長の戦闘技術の部位を見ていただきたかっただけです。セツラ隊長は山本清三曹長よりも戦闘技術は上です。でもフィリディーナ少将もまた、きわめて高い戦闘技能を持つ一流の騎士です。それに巨神甲冑の性能は、向こうが上。やはり勝つ為には電離分子高周波刀は」
「異議あり! 今回の作戦において、フィリディーナ少将に勝つ必要はありません。防御線に徹していればよいのです。そうすれば第一大隊が敵の背後を突くのですから。フィリディーナ少将を討ち取ろうと言うのは、手柄欲しさの醜い我欲にしか見えません」
「それは……」
僕の横で、サエコちゃんが手元の投影ウィンドウを操作。
ナミカちゃんが、隊長と友人の不倫にアドバイスをしていたメールを開いた。これを提出すれば勝てる。第一中隊長は失脚、今回の作戦では後方へ下げられるか、別の配置へ突かされると思う。
サエコちゃんが僕の顔をジッと見つめた。
無言のまま、僕は決断を迫られる。
この証拠を提出すれば、不倫という違法行為を知りながら黙認し、さらにはその手助けまでしていた、という事で、ナミカちゃんもどうなるかわからない。
そんな、人を犠牲にした勝利に意味はあるのだろうか。
「鷺澤サク交渉人、他に発言したいことはありませんか?」
「はい、えっと」
でもナミカちゃんだって勝っているとは言えない。
僕とナミカちゃんの主張は、割と平行線かもしれない。
解釈の仕方による。きっと五分と五分だ。
今の僕の主張だって悪くないはず。ならきっと、別に無理にここでカードを切らなくても、そうだ、無理に最強カードを切らなくても、もっと勝率の悪い時、五分五分なんかで使うのはもったいない。
「それではこれで、閉廷とします。交渉人は一時間後までに戻って来るように」
「……ッッ」
終わってしまった。




