ヨーロッパ戦線
日本軍第二方面隊・第三師団・第四大隊・第五中隊。
それが俺、桐生セツラの正式な所属だ。
南ヨーロッパ方面を担当していた第二方面隊は五個師団を有する五万人の大部隊だ。
その中の第三師団である俺らはアルバニアとドンパチしていて、第五師団はギリシャとドンパチやっていたわけだ。
でも第五師団は兵の四割を失い、今は再編成作業中。
アルバニア戦線が落ち着いたこともあって、第二方面隊は全体的に南下。
第五師団の後任である俺達はアドリア海の南、イタリア半島とギリシャ半島の間の海であるイオニア海の海上基地へと詰めることになった。
「諸君、第五師団の敗北により、ギリシャ半島に築いた前線基地は敵ギリシャ軍に奪われ。我々は海上で睨み合っている状態にある」
ブリーフィングルームで第三師団の一〇人の大隊長、五〇人の中隊長が席についていた。
師団長が冷静な、でも力強い声で俺らに説明する。
「ギリシャ軍は一〇万の兵で海上を封鎖中。また、軍港を自律兵器と軍事甲冑、合わせて四万の軍勢で守りを固めているという情報が入っている」
四万、半分の二万が軍事甲冑に乗った兵士でも、一個方面隊並の数だな。
自律兵器は暴走や乗っ取り、誤作動における死傷者の責任の所在などの問題がある。だから二四世紀の今でも戦争は人間が主役だが、ギリシャは自律兵器の比率が高いことで知られる。
「よって、まず第二第四師団がこの会場に活路を開き、陸地までの道を作ることになっている。我々第三師団はそこから一気に上陸、軍港を叩く」
大隊長の一人が手を上げる。
「我ら一万の兵で、敵四万と戦うのですか?」
「安心しろ、第一師団が陸路を通り、密かに北から進軍中だ。海上から我々が攻め、敵の気を引いている隙に第一師団が敵本隊の背後を突く」
大規模な陽動だな。でもこの配置は……
俺は投影画面に映る作戦プログラムを見つめた。
「諸君。我ら一万は四万の敵と戦うが、第二師団、第四師団は僅か二万の兵で、一〇万の軍と戦かう事になる。我らのほうが負担は少ないが、だからと言って気を抜かないように」
印象操作。逆だ。数の上では、俺らの方が楽かもしれない。
でも海上で戦う第二第四師団は、いざとなれば逃げられる。
でも上陸組である俺ら第三師団は、背後の海を敵軍に封鎖されている。
つまり、逃げられない。
この戦いに敗れても、第二第四師団は撤退して生き延びられるが、俺ら第三師団は包囲されて、殲滅される。
危険度においては、俺らの方が遥かに高い。
しかも当然、俺やフィリディーナみたいに、自ら戦う隊長ばかりじゃない。師団長は安全な師団本部にいて、みんなを指揮するだけ。
師団長がこの任務を進み出る時の顔が浮かぶ。
「そして今回の戦いで重要なのは、桐生セツラ、貴様だ」
名指しされた俺に、みんなの注目が集まる。
「貴様は楔形陣形の中央に布陣。先頭部隊が道を築き、貴様を敵地の奥まで届ける。フィリディーナが乗る巨神甲冑オデュッセウスが現れ次第、一騎打ちにて時間を稼げ」
「なんで一騎打ちなんですか? 俺の中隊みんなでかかったほうが確実ですよ」
相手が相手なので、一応俺は敬語を使って聞いた。
師団長は偉そうに鼻を鳴らす。
「ふふん、フィリディーナの奴めは騎士道への強い執着がある。そこが弱点だ。多対一の乱戦を取れば、奴はどう動くか解らん。だが、一騎打ちという形を取れば、奴はよほどの事が無い限り、そうだ、第一師団に背後を突かれたと知るまで貴様の相手をしているだろう」
「解りました…………」
配置表を見ると、俺の隊の後ろには、師団長直属の第一大隊の連中が控えている。
俺と戦って消耗したフィリディーナを第一大隊の総攻撃で仕留めれば、なるほど、師団長の株も上がるだろう。
俺はあえてかるーく舌を回した。
「でも師団長殿、俺みたいな一中隊長がそんな大役を仰せつかっていいんでしょうかぁ? 俺みたいな小物よりも強い方ならたくさんいますし、あり余る光栄っていうか、他の人から嫉妬されて仕事がやりにくくなっちゃいますよ♪」
第三師団の全中隊長と全大隊長の視線が俺に集まる中、師団長は厳しい声で応える。
「謙遜するな桐生セツラ大尉。貴様は常に二倍三倍の数の相手を倒してきたではないか」
師団長の眉間にしわが寄る。
「中隊でありながら二、三個大隊相手にも勝ったし、巨神甲冑を五機も六機も撃墜したり」
師団長は顔を歪めて俺を憎らしげに睨みつける。
「誰もが絶対に勝利不可能と言った戦いを何度も勝利に導き」
師団長はむしろ悔しげに歯を食いしばりながら、
「何度も死地へ送っても生きて帰って来る不死身の中隊長のお前なら平気だろう」
あ、これはもう俺が行くことで決定しているな。
「そうですか? では頑張らせていただきますね」
俺は作り笑いでそう言った。




