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勝訴

 裁判所から出る頃、まだナミカちゃんは千鳥足で、僕の横をフラついていた。


「ほらナミカちゃん、転んだらケガしちゃうよ」

「さわんじゃないわよ!」


 肩を抱いて支えると、途端にナミカちゃんは涙ながら喚く。


「うえーん! なんであたしがあんたみたいなハムスターに負けないといけないのよー!」


 両手上げてぶんぶん振るナミカちゃん。痛い、何発か僕の頭に拳が当たった。


「ハムスターは酷いよナミカちゃん」

「そうですよナミカ! ハムスターに失礼ではありませんか!」

「じゃあ汚物よ!」

「汚物!?」

「汚物に謝りなさい!」


 え? サエコちゃん、それはどういう。


「糞尿は肥料という使い道があり、吐しゃ物は鳥や虫が餌として食べ、ウィルス菌は研究の役に立ちます。いいですかナミカ。サク様を例えられるものなど存在しないのです。なぜならば彼こそはこの世の最底辺を突き抜け、この世の全ての下に君臨する超越者、SAKUなのですから!」


 そ、そんな力強く言わなくても。


「『比類なき』という単語の意味通り、サク様のサクぶりは比類なきものなのです。我が隊が誇るサク様のサクぶりをサクるのもたいがいにしてください!」


 サクるってなに? 僕馬鹿だからわかんない?


「あんたって本当にサクられてんのね」


 ナミカちゃんが白い目で僕を見る。え? サクるってもう定着しているの?


 近くの駐車場に、黒塗りの高級車が停まったのはその時だった。


 ナミカちゃんの二階堂グループが開発した要人保護自動車、通称コクロウ。


 ボンネットの先頭には、銀色の狼のエンブレムが飾られている。コクロウなので本当は黒い狼なのだが、車体が黒塗りなので、目立つように銀色らしい。


 その車の運転席が開き、一人のメイドが出て来る。


 メイドさんは後部座席のドアを開けると、中から紺色のスーツに身を包んだ長身の、威厳溢れる女性を外へと招く。


「奥様、お手を」


 そのメイドさんの一部の隙も無い所作から、彼女のメイドとして格、そのメイドを侍らせる女性の格が自然とうかがえる。

 というか、この人って確かあの有名な、


「ママ!?」


 ナミカちゃんが背筋を伸ばして、一瞬驚いてから表情を硬くする。


 そう、この人は日本有数の財閥であり企業、軍需産業にも強い影響力を持つ二階堂グループ総帥、二階堂マミさんである。


 名前はちょっと可愛いけど、眼光がなんていうか僕ぐらいなら一〇〇パーセント、チビらせられるぐらい怖い。さっきトイレに行っておいて正解だった。


「ナミカ、負けたそうね」


 マミさんの眼光に、ナミカちゃんは必死に抵抗しながら睨み返している。


「今日は百戦錬磨の桐生セツキ少尉がいないから……と思ったのだけれど、代理にすら勝てない、それが貴方の価値よ」


 言って、マミさんが僕に歩み寄る。

 ちょちょ、怖い! 怖いよマミさん! 閻魔さまのように怖いよマミさん!

 僕の逃げ出したい欲求を、笑って言う事を聞かない膝が打ち砕く。


「貴方が桐生セツキの隠し玉、鷺澤サクね。才能のある子は好きよ。セバミ」

「はい、奥様」


 メイドの女性が返事をする。ていうかこの声、確かナミカちゃんと電話で喋っていたメイド長じゃ。


「この子をナミカの婿候補に加えておきなさい」

「かしこまりました」

「え!? あの僕は」

「勝手なことしないでよママ!」


 マミさんはナミカちゃんを無視して、僕を見下ろす。


「もう交際中の女性がいるのかしら? でも安心しなさい鷺澤サク。貴方は私が選んだ時、私のモノになるわ」

「ママ! サクは関係ないでしょ! そいつはあたしを散々」

「弱者に発言権があると……そう教えたかしら?」


 マミさんの一にらみで、ナミカちゃんは息を吞んだ。


 その深海のように重く、冷たい声音と空気には、横にいた僕でさえ笑っていた膝が逆に凍りついてしまった。


「行くわよセバミ」

「はい、奥様」


 セバミさんの招きで車内へ戻るマミさん。そのまま高級車コクロウは、セバミさんの運転で僕達の前から姿を消した。

 嵐が過ぎ去ったように安堵すると、不意にサエコちゃんが僕の肩に手を置いた。


「ところでサク様。本日は勝訴おめでとうございます。ごほうびに」


 耳元で囁く。


「今、履いているパンツを手洗いしてさしあげます」


 ば、ばれてるぅうううううううううう! だってマミさんこわいんだもん!

 僕の精神は、奈落の底へと落ちた。

  

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