第90話:『雷纏』!!
私の視線の先には漆黒の鱗を纏った魔物が我が物顔で空を飛んでいた。
それは知らない人が見たら紛れもなく最強の魔物の一角たる龍だと思ったかもしれない。
もしくはその幼体と畏れを抱いたか。
でもこうして対峙した私には分かる。
あれと暗黒龍ではきっと大人と赤ん坊くらい違う。
「グルアアアッ」
「えっと、挨拶かな?それとも威嚇のつもりだった?」
まだ距離があるとは言え、ボス魔物の咆哮は私に何も影響を与えない。
それに怒ったのかボスが私を睨みつけるけど、それも全然怖くない。
だって私はもっと恐い視線を知ってるから。
一昨日の夕方。
今日のレースに向けて早めに修行を切り上げようとしたところでジンさんが思い付いたように言った。
『ああ、そうだ。リーン。本番に向けて最後の特訓をしておこう』
そう言って私に全力で飛ばしてきたジンさんの殺気は、絞め殺されたんじゃないかと錯覚して一瞬意識を奪われる程の威力があった。
それでも倒れる前に意識を取り戻して踏みとどまった私にジンさんは笑って言った。
『今のに耐えられるなら、まぁ暗黒龍と対峙しても何もできずに食われるってことはないだろう』
その時はそれとこのレースに何の関係があるんだろうって疑問に思っていたけど、全てこの為だったんだとしたら納得がいく。
……帰ったらジンさんを1発ぶん殴ろう。うん。
ほんとこうなることが分かってるなら教えて欲しかった。
まあそれはともかく。
ボスまでは500メートルほど。
雷纏を使えば2息ってところだけど、そうは問屋が卸さない。
「ギャギャッ」
「ギーっ」
私の前に立ち塞がる翼竜たち。
まったく魔鳥みたいにボスの一騎打ちを静観する気概はないのだろうか。
「所詮は翼が付いたトカゲね」
「ギャッ!!」
「ギョアァ!!!」
あれ、私の言葉が分かったのかな。
それとも単に見下すような態度に腹を立てただけかも。
怒ったように向かってくる翼竜たちに対して、私は雷纏を切って応戦した。
「悪いけどあなた達に無駄な魔力を使ってる場合じゃないの。
それにここに来るまでに行動パターンは大体把握出来たから」
先頭の翼竜が私に噛み付こうとしたとこを垂直ジャンプで避けてついでに頭を踏んづけて前に前宙することですぐ後ろから追撃してきた1体も避ける。
今度は上から足で捕まえようとしてきたところを逆にこっちから足の指を捕まえて通常の短剣で叩き切れば、痛みに暴れ出したので近づいてきた奴に投げつける。2体がもんどりうったところを踏みつけて加速すればボスはもう目の前だ。
「ボスの癖に逃げるなんて言わないよね?」
「グルアアアッ」
私の挑発に歯をむき出しにして襲い掛かってくるボス。
それを見てどこかがっかりしてしまった自分がいる。なにせ動きが翼竜と変わらないんだもの。
多少動きが早くなった程度だ。
「『雷纏』!」
バリッ!
雷を纏って迎撃した私の短剣は、しかしボスの硬い鱗に弾かれた。
なるほど。伊達にボスをやってる訳じゃない、か。
「グラララッ」
私の攻撃が効かなかったことでボスが余裕の笑みを浮かべた。
でもその余裕が何時まで続くかな。
一撃で効かないなら効くまで何度だって攻撃すればいい。
「行くわよ!」
「グルァッ!」
傍から見たら私の方がスピードがあって有利に見えるかもしれないけど、多分ボスのクリーンヒットを1発でも受ければ私の薄い防御ではひと溜りも無いだろう。
私の攻撃がボスの鱗を破るか、その前にボスの攻撃が私に当たるか。
私は一瞬たりとも止まることなく雷纏で縦横無尽に飛び跳ね、時にフェイントを交えながらボスと戦い続けた。
そうして何分が経っただろう。
私の攻撃は10を超えてから数えてない。
だけどそれでもボスはまだピンピンしていた。
「まったくボスだからって硬すぎでしょ」
ここまでの攻撃の成果は奴の胸元の鱗を何とか砕いただけ。
対する私の方は胸元の鱗を砕くために無理に踏み込んだせいで奴の爪を避けきれなくて左腕を切られた。
幸い骨までは達していないみたいだけど、もうこの戦いでは使い物にならないだろう。
それに魔力ももうほとんどない。
節約して2発ってとこかな。
たった2発で落とすのは正直厳しい。
こういう時、ジンさんならどうするだろう。
「……あぁ、そっか。ふふっ」
考えたら自分の馬鹿さ加減に笑ってしまった。
節約して2発って。私は一体何様のつもりだったんだろう。
翼竜を何体も撃墜して有頂天になっていたのかもしれない。
私なんてまだまだ駆け出しのひよっこだったというのに。
出し惜しみする余裕なんてある訳が無いじゃないか。
さっきまでもボスが硬かったんじゃなくて、残り魔力を心配して1発に籠めた魔力が少なかっただけだ。
そんなのでBランクの魔物に通用する訳がなかったんだ。
全力全開の1撃。多分最初からそれだけを考えていればもっと楽に行けたのかもしれない。
今からじゃもう遅い?ううん、そうでもないよね。
私の残りの魔力全部を短剣に籠める。
そうすると全身を覆う魔力は切れちゃうけど、いいんだ。
どうせ敵の方から近づいてくる。幸い奴には遠距離攻撃は無いみたいだから。
「さあ、来い!」
籠めるは純粋な気迫。お前を倒すという殺意。
それに煽られてボスとしての矜持が奴を動かす。
「グルァッ!」
「『雷纏』!!」
飛び掛かるボスの爪が私の脇腹を切り裂き、しかし同時に雷を纏った私の短剣がボスの胸に深々と突き刺さった。
でもまだだ。まだ倒せてない。
「ああああああっ!!!!」
カッッ!!
私の叫びに呼応して腕輪からも雷撃が迸り短剣に籠められた分と合わせて大爆発が起きた。
結果、私とボスが閃光に包まれた。
そして確かに指先にボスの核が砕けた衝撃を感じたところで私は意識を手放した。