第74話:師匠の名前はジンですけど
ぺスタさんの話を聞いている間も大半の人は飲めや食えやのお祭り騒ぎで、オンブラ君もそれに巻き込まれている。
顔を赤くしちゃってるけど飲んでるあれはもしかしてお酒?大丈夫かな。
ま、楽しんでるならいいかな。
それより私はぺスタさんの話だ。
「私達も彼とは定期的に連絡を取り合っていてね。
その中であなたの事も話題になってたの。
『支援しているリーンという少女が冒険者、それも雷神公の後を継ぎたいと言い出したんだけど、どうしたら良いだろうか』
ってね」
「あ、やっぱりかなり心配させてしまってたんですね。それでなんて答えたんですか?」
「ふふっ。
『好きにしろ。女の子の扱いには慣れてるだろ』って叩き返しておいたわ」
「ええ~」
ここでまさかの雷神公に遊び人疑惑が浮上してしまった。
でも英雄色を好むっていう諺もあるし、べ、別にそんなことくらいじゃ雷神公の評価は下がらない。
さすがに会って二言目に「助けたんだから抱かせろ」みたいに言われると逃げ出すと思うけど。
「えっと、それで雷神公はどうしたんですか?」
「あ、その前にここでは雷神公ではなくトールって呼んであげて。
『雷神トール』それが元々彼が名乗ってた名前だから」
「確かにその方が格好良いですね」
「私に言わせればただのヘタレ野郎なんだけどね。
その子、つまりリーンさんが冒険者になるって故郷を出た日からこっそり見守っていたみたいだし、冒険者登録する時も声を掛けるでもなくギルドの中でただ黙ってお茶してただけって言うしね」
「そうだったんですね。
全然気が付きませんでした」
故郷を出た後は何事もなくて、治安の良い国だなって思ってたんだけど実は影で守られていたんだ。
確かに郵便配達をするようになってからはそれなりの頻度で魔物に遭遇してるし、当時の私だったら必死に逃げて何とかって所だろう。
あの頃から飛脚術は使えたけど魔力も体力も少なかったから連続で襲われたら危険だった。
そうならないようにトール様が先回りして魔物を討伐してくれてたんだ。
ただ私が冒険者登録した時って確かみんなが私の『雷神公の後を継ぐ』って言葉に反応して止めた方がいいって口々に言ってくれて、もちろん今ではその意味は分かってるけど、あの時黙ってお茶飲んでる人なんて……居たわ。
「って、え?あれ?師匠が雷神公?
でも師匠の名前はジンですけど」
「そうでしょうね」
「じゃあやっぱり別の人?」
「さあどうかしら」
はぐらかす、というより言葉遊びをしている感じのぺスタさん。
これは自分の言葉を鵜呑みにせずに考えなさいってことかな。
うーん。
ジンさんが雷神公かどうか、か。
今まで考えたこともなかった、訳でもない。
ラフィカさんを始め多くの人を助けてるっぽいし、雷纏の魔法にも詳しかった。
仮面で抑えてる呪いだってそれ程強い呪いを掛けられる存在はもしかしたら、なんて考えたこともある。
それらを統合して考えると、確かにジンさんが雷神公だと言われても納得できる気がする。
ただいくつか気になるのは、ジンさんって29歳って言ってたよね?
10年前だと19歳だ。
そんな若さでSランクの暗黒龍に勝てるのだろうか。
いくら雷纏を使っても少なくとも今の私ではSどころかAいやBランクに勝てるかどうかだと思う。
仮にジンさんがレムスの時の雷纏を自前で使えたとしたら。
「あの、雷纏を極めればSランクの魔物に勝てるんですか?」
「それは相性次第ね」
「じゃあ暗黒龍にも勝てるかもしれないんですね」
「トールが勝てたんだから倒すことは出来るみたいね。
もっとも、暗黒龍は戦闘力だけで言えばAランク相当よ。
Sランクと認定されてるのはAランクの強さに加えて、自分を倒したものを呪う能力によるものだし」
「呪い……」
「『英雄殺し』と言われてるわ。
日中は全身を激痛が走り回り、夜には悪夢と死の不安と恐怖が付きまとい、1年と持たずに死に至るそうよ。
だから通常は暗黒龍を見付けたら倒さずに追い返すのがセオリーなの。
誰だって死にたくはないからね」
「でも雷神公は倒してしまった、と」
ジンさんに掛けられた呪いが暗黒龍のものだとしたらロムルス様やレムスでもお手上げなのは納得がいく。
レムスは確か不死苦の呪いみたいに呼んでたけど、呪いの効果が若干違うのは個体差かな。凶悪だってことには変わりないし。
と考えていくとやっぱりジンさんと雷神公が同一人物だと考えられそうだ。
「じゃあやっぱり師匠が雷神公だったんですね」
改めてそう確認しようとしたところで誰かがテーブルの上に飛び上がった。
ってオンブラ君!?
「一番オンブラぁ。必殺技を披露しまァーす!」
「おぉいいぞ!やれやれ~」
真っ赤な顔をしたオンブラ君が右手をスッと上げそして。
「ひっさぁ~~つ。『暗黒ブレ』」
バシャッ!!
黒い靄がオンブラ君を包み込もうとしたところでぺスタさんが樽に汲んであった水をオンブラ君にぶちまけた。
その拍子に靄は消え去りオンブラ君も目を回して倒れている。
「全く子供に飲ませ過ぎた悪い人は誰かしら?
ふふふっ、今なら私が相手になりますよ」
「「す、すみませんでしたーー」」
ぺスタさんがギロリと睨み付けると屈強な男たちがひれ伏した。
ただぺスタさんも本気で怒っている訳じゃなく、今の一件を有耶無耶にしたいだけみたい。
その証拠に私をチラッと見てウィンクした。
どうやら今のうちにオンブラ君を連れていけって事みたい。
まだ色々気になることはあるけど、今は仕方ないので撤収しよう。