第64話:後悔させてあげる
あれよあれよと薄暗い通路を連れて行かれる。
「あの、どこに向かってるんですか?」
「まぁ着けば分かるしもうすぐから」
どうやら答えてくれる気はないらしい。
でもその言葉に嘘はなかったようで視線の先に出口が見えた。
「じゃあいってらっしゃい。頑張ってね」
出口を抜ける直前で背中を押されて思わずたたらを踏みつつ外へと出た。
その瞬間、眩しい日差しと共に歓声が私を包み込む。
「「わああああぁぁーーー!」」
「え?え?」
そこは何かの会場であるらしくU字型に観客席が設けられていて、今の歓声もそこから聞こえてきたものだ。
更に目の前には鳥族の選手と思われる人達が立っていた。
というか、え?競技場?
私の疑問に答えるように場内アナウンスが流れる。
『お待たせ致しました!
第107回落葉杯の選手の入場が完了しました。
なんと今回は港湾都市の期待の冒険者。あのリーンが飛び込み参戦だ~!』
「「おおおぉーーー!」」
なぜか私の紹介まで入って、というかいつの間に私の情報が伝わってたんだろう。
それと流石に観客席の人達まで私の事を知ってるとは思えないのでこの歓声は多分ノリだと思う。
『解説は私ペルッカ、解説はお馴染みボンボルさんです』
『よろしくお願いします』
『さて、初参加の方のためにもルールの確認を致しましょう。
本大会は、この会場をスタートし、渓谷内の指定のルートを通りチェックポイントにある魔道具にタッチしてこの場に戻ってくるまでの速さを競うものです。
コース上には高さ制限を設けてあり、それを超えて飛び続けた場合は失格となります。
同様に大幅にコースから外れた場合も失格となりますのでご注意ください。
また、他者への故意による攻撃、妨害は生命の危機がある場合を除き禁止です。確認され次第、その選手は失格。無期限の大会参加資格の剥奪及び厳罰が課せられます。
なお、厳罰の最上位は、翼と四肢を拘束した状態で魔鳥の巣窟に投げ捨てるという大変残酷なものとなっております。
コースの要所要所で監視員が目を光らせていますので、決して不正の無いようにお願い致します。
それでは、今回のコースの紹介です!』
その言葉を合図に大きな布が広げられた。
そこには幾つもの環状の線、恐らく等高線の入った地図が描かれていた。
更に2ヶ所に丸印とそれを結ぶ曲がりくねった線が記載されていて、それが今回のコースなのだろう。
「「うわっ……」」
会場から息を飲む声が聞こえる。
『ボンボルさん、どうでしょう今回のコース』
『これは何とも意地の悪いコースですね。
難所は3箇所。浮遊岩が飛び交う狭い渓谷に始まり、暴力風の激しい場所、そして魔鳥の巣の近くを通ることになります。
落葉杯は毎回速さだけでなく難所を抜けるスキルやテクニックも重要になってきますが、今回のこれはベテランでも事故を起こしかねません。
素早く、かつ慎重に飛んでほしいですね』
『なお本大会出場選手は全員冒険者ランクがD以上となっていますので途中に現れる魔物は各自で対応をお願いします』
『無視して飛ぶもよし、迎撃するもよし。更に先行している選手に魔物が襲い掛かっている隙に後方の選手が一気に巻き返すなんて展開も期待できます。
前を行くべきか後ろに着けるべきか、臨機応変な対応が求められますね。
ただ魔物を倒しても何も加点されることはないので注意して欲しいところです』
なるほど、ただ速く飛べれば勝てるって訳でも無いのか。
なら私にも勝機は十分にありそうだ。
って、そうじゃなくて、私は蒼天の人達に話を聞きに来ただけなんだけど!
何かの手違いなら早々に離脱出来ないかな。
と辺りをキョロキョロしてたら参加者の1人が話しかけてきた。
「こんにちは。あなたが噂のリーンね」
「そうですけど……噂?」
いつの間にそんなに有名人になったの?
「私はパンターナ。
このレースでどちらが早くゴール出来るか勝負しましょう」
「え、いえ。私は別に勝負がしたい訳でもなくて雷神公の話を聞きに来ただけなんですけど」
私の言葉を聞いてパンターナさんは好戦的な目付きで私の顔を覗き込んだ。
「ふぅん。なら尚更勝たないと。
何かを求めるなら対価を払うか勝負に勝つことがここの常識よ。
それとも何かしら。あなたの師匠は乞食のように誰かのお情けに縋る様にと教えているのかしら」
「そんな訳ないじゃない」
「なら良いわよね?それとも翼の無い人族じゃあ私達に勝ち目がないから逃げたいのかしらね。
あなたの逃げ腰を見てればあなたの師匠もここぞという時には逃げ出しそうね。
子は親の鏡とも言うし」
「むっ」
挑発されてるのは分かってる。
それでもジンさんを馬鹿にされて逃げる訳には行かない。
ただあのジンさんの事だ。
『命が掛かってるのにそんな馬鹿なことに付き合う必要はないな』
なんて言いそうだ。
でも幸い今回は別に命懸けって訳じゃない。
レースに負けたって多少馬鹿にされるだけだろう。
「そういえばこのレースって観客は誰が勝つか賭けるのかな」
「もちろん。ちなみに今のところ一番人気は私よ」
「そう、良かった」
私は観客席を見渡して……いた。
なぜかVIP席っぽいところに居るオンブラ君を見つけた私は念話で指示を出した。
『預けてあるお金、全額私の勝ちに賭けておいて』
『わ、分かりました!』
慌てて立ち上がって近くに居た職員に話しかけるオンブラ君。
彼には今回の旅行中の予算の半分を預けてあるから金貨5枚以上はあるはずだ。
それを全額賭けさせる。これで私にも負けられない理由がひとつ増えた。
「パンターナさん。私の師匠を侮辱した事、後悔させてあげる」
「ふふっ、そうこなくっちゃ」
パンターナさんをキリっと睨み返すと楽しそうに返された。
その余裕もすぐに吹き飛ばしてあげる。
『さあ各走者気合十分の様子です』
「各員スタートラインに立って」
審判の男性の声に従って全員が地面に引かれたライン上に立った。
さあ、見せてあげる。ジンさん仕込みの走りを。