第6話:倒れること前提なんですね
太陽はまだ高く、時間は十分にあるので早速今から特訓開始だ。
先ほどの追いかけっこで消耗した体力と魔力も無事に回復したので今から最下級の魔物を退治してくることも出来るだろう。
「それでジンさん。私は何からやれば良いんですか?
冒険者と言えばやっぱり魔物退治ですか?」
気合を入れる私に対し、ジンさんはまたもやため息。
あれ、何か間違っていたかな。
「リーン。俺は基礎も出来ていない子供に実戦をさせる気はない」
「え、でも私、最下級の魔物なら倒した経験も」
「『でも』は禁止だ」
「あ、はい」
言い募ろうとした私をピシャリと遮るジンさん。
そうだった。ジンさんに反論するのはダメなんだった。
でも心の中では『そんなに厳しく言わなくても』と思ってしまったり。
ううん、だめだ。
ちゃんとジンさんの言う事を聞くって決めたんだから。
「さっきリーンに俺を攻撃させたとき、まったくカスリもしなかったのは何故か分かるか?」
「え、えっと。ジンさんの方が身体強化の魔法が上手かったからですか?」
「いや違う。あ、それと今後俺の事は『師匠』と呼べ」
「分かりました。師匠」
「っ!」
言われた通り師匠って呼んだら目を逸らされた。
また何か間違えたんだろうか。
「いやすまん。何でもない。
話を戻して、さっき俺は身体強化の魔法は使ってない」
「え、じゃああの消える様な素早い身のこなしは……」
まるで私の目の前から消えたかのような俊敏な動き。
あれが魔法を使ってないなんて信じられない。
「あれは俺の基本的な身体能力と歩法の組み合わせだ。鍛えた冒険者ならあれくらいできる。
それに追いつけなかった原因は、お前の魔法が未熟過ぎたからだ。
お前あの時、足にしか身体強化掛けてなかっただろう」
「はい」
「それが間違いだ。視力や判断力が強化されてなかったから俺を見失ったんだ。
身体強化は全身に掛ける必要がある」
なるほど。確かに速いものを見る為には目を強化する必要があるけどさっきはそれをしていなかった。
でもしていなかったのには理由があるんだけど。
「でもそれをしたら魔力がすぐに無くなるって言いたいんだろう?」
「はい……」
ジンさんは私の疑問を先回りして言ってくれた。
そう。魔法は範囲が狭い方が勿論、制御が楽だし消費魔力が少なくて済む。
町の学校でも全身強化は効率が悪いって教えられてきた。
走るなら足を、攻撃するなら手を、守るなら身体を。
必要なところだけを強化するのが賢いやり方だと教えられた。
「実はそれも間違い、というか俺から言わせればお前のやっていたのは魔力付与であって身体強化じゃない。この2つは呼び名と効果が似ているだけで全く別物だ。
時々間違えたままCランク冒険者になってる奴も見かけるけどな」
「あの、どう違うんですか?」
「そもそもジャンルが違うんだ。
魔力付与は放出系にあたる。
火炎を生み出したり氷の礫を生み出すのに近い。魔力を放出して身体を強化する。
問題は放出した分は戻ってこないんだ。だから掛ける範囲が狭い方が消費魔力が少ないなんて話になる。
対して本当の身体強化は循環系なんだ。
自然治癒力強化などもそうだが重要なのは魔力を体内で循環させることだ。
体外に放出する訳ではないから使った魔力は多少目減りするが再利用できる。
ただ循環系の魔法は放出系に比べると地味だ。
教わってすぐに効果が飛躍的に発揮されることはない。
特に魔力の少ない子供の頃はな。
だから学校では放出系の魔法を教えたがるんだろうな」
確かに学校では放出系の魔法しか教わってない気がする。
子供って短気だからすぐに成功したって思えるものがほしくなるし、地道にコツコツと練習を続ける勤勉な子供も少なかった。飽きるのも早いしね。
「という訳で、今から循環系の身体強化を覚えてもらう」
「はい!」
「で、覚えたら今後は常に1日中身体強化を全力の5割以上で維持し続けながら生活してもらう」
「ご、5割!?」
「魔力枯渇で維持出来ないとしたら、それは効率が悪いか魔力が体外に漏れているかのどちらか、というか両方だ。
それを解決するには使い続けるか矯正具を着けるしかない。
なに安心しろ。魔力枯渇で意識が朦朧として倒れたらすぐに回収出来るように近くに居てやるから」
「倒れること前提なんですね」
「ああそうだ。
これはまだ命の危険がないから安心して取り組め」
「は、はい」
安心、出来るのだろうか。
でも普通の方法では雷神公のようにはなれないと言っていた。
ならこれくらいやって当然なんだろう。
むしろこれで音を上げるようなら諦めろという意味もあるのかもしれない。