第58話:師匠の悪い癖がうつってるわね
翌朝、私は冒険者ギルドの前に立っていた。
これからオンブラ君と待ち合わせして『風の溜まり場』へと向かう予定だ。
あ、オンブラ君には昨夜はギルド近くの宿屋に泊まってもらった。
師匠の家にすぐに使える客室も無かったし港湾都市内なら帝国の暗殺者もおいそれとは動けないだろうしね。
さてオンブラ君は……あ、来た来た。
「おはようございます」
「うん、おはよう。昨日はよく眠れた?」
「はい、お陰様で」
元気に挨拶するオンブラ君の様子からして言葉通り体調に問題は無さそうだ。
もしかしたら旅の疲れとか追手に狙われたりして大変だったから数日間は休みを取ろうかって提案もしてみたんだけど、早く雷神公の詳しい話を聞きたいからというたっての希望で昨日の今日で出発することになった。
「じゃあ行きましょうか」
「はい!」
「って、ちょっと待ちなさい。リーン」
「え?」
善は急げと街の外に向かおうとした私達に待ったがかかった。
振り向けばあきれ顔のラフィカさんが立っていた。
「あ、ラフィカさん見送りに来てくれたんですか?」
「それもあるけど、ちょっと心配になったからね」
「心配?あ、道順ならギルドで地図を見させてもらったので大丈夫ですよ。
王都まで行って、そこから東の街道に出てテラモの町から南に向かえば山脈が見えるのでそれを目印にして進めば片道2日ってところだと思います。
『蒼天』の方に話を聞いたり観光もちょっとしたいなって思ってるので帰ってくるのは1週間後くらいになります」
「そう。それで移動はどうするの?」
「え、もちろん走っていきますけど」
「え?」
「……はあぁぁ」
私の答えにオンブラ君から驚きの声が出てラフィカさんからはため息が出てきた。
あれ、私変なこと言った?
「全く師匠の悪い癖がうつってるわね。
馬車で行きなさい。馬車で」
「馬車……」
言われてみればそんなものもあったね。
ジンさんからはこれも修行だって言われてずっと走らされて来たから移動イコール走ることだと思ってしまった。
隣にいるオンブラ君も当然走るものだと思ってたし、無理ならおんぶして行くのもありかななんて。
でもよく考えればオンブラ君に私と同じ速度で走れっていうのは酷だし、体力的にも厳しいか。
出来るのなら帝国の追手も振りきれただろう。
それにいくら小さいとは言え男の子が女性の背中に乗って移動するのは嫌かも。
「馬車で行こうか」
「あ、はい」
ほっとするオンブラ君。
この様子だとオンブラ君は最初からそのつもりだったみたいだ。
あぶないあぶない。ちゃんと同行者のことも考えないとね。
私達は王都行きの馬車を教えてもらってそれに乗り込んだ。
「出発します」
そう御者の人がひとこと言って馬車は動き出した。
ガタゴトと走る馬車はお世辞にも乗り心地は良くはない。
こんなのにずっと乗っていたら普通の人はお尻が痛くなってしまいそうだ。
馬車の中を見渡せば私達以外に乗っているのは商人風のおじさんが2人と30歳前後の女性がひとり。
おじさん達は手に資料を持って何か打ち合わせっぽい事をしているし女性はのんびりと本を読んた。
この様子ならこの中にオンブラ君の追手は居ないかな。
今考えればあの時居た人たちはみんな旅装束だった。
それは恐らく擬態なんだろうけど、それなら商人風だったり冒険者風だったりと色々変えた方が良いと思うんだけど、一般的とはいえある意味お揃いの格好だった。
だから一番警戒すべきは旅装束の人で良いと思う。もちろん他を警戒しなくて良いって意味じゃないけど。
ちなみにオンブラ君は最初こそ馬車の外の景色を楽し気に眺めていたけどすぐに飽きてしまったみたいだ。
まぁ特に変わり映えしない風景が続くだけだしね。
今は私の横でうたた寝している。この揺れる馬車の中で寝れるとか実は大物なのかも。
私も暇だし寝てしまいたいけど、オンブラ君の為にも警戒を緩める訳には行かないしそもそも揺れが酷いから寝れなさそうだ。
仕方ないので瞑想と身体強化のトレーニングの時間に充てることにしよう。
あ、身体強化でお尻を強化しておけば痛くないね。
そうして2時間ほど走ったところで馬車は小休憩になった。
私達も一度馬車の外に出て固まった身体を解すように伸びをした。
「ちょっと良いかしら」
そう呼びかけてきたのはあの本を読んでいた女性だ。
「はい、なんでしょう?」
「特に何って訳じゃないんだけど、さっき馬車のなかで身体強化をしていたでしょう?
魔力の流れがすごく綺麗だったから、まだ若いのにしっかり鍛錬してるんだなって感心していたの。
きっと良い師匠に巡り合えたのね」
「あ、分かりますか?」
不意にジンさんの事を褒められてちょっと嬉しくなってしまった。
ジンさんに教えてもらった中で何を一番頑張ったかと聞かれたら間違いなくこの身体強化だから、ちゃんとジンさんの指導は私の中で生きてるんだなって実感が。ってこれじゃあジンさんが既に死んでるようだよね。縁起でもない。
「最近の若い子はすぐに魔導具に手を出しちゃうのよねぇ。
そのうち魔導具なしじゃ何もできない子が出て来てもおかしくないわ」
「それは大変ですね。先日も帝国産の魔導具が暴走しているところを見ましたし、魔導具だってまだまだ完璧じゃないのに」
「そうなのよ。魔導大国なんて喧伝しているくせに安全性に配慮が足りないのよね。
だから私の地元では魔導具は補助具程度に留めてメインは自力で発動させるように指導しているわ」
「指導、ということは、もしかしてお姉さんも誰かの師匠なんですか?」
「私は学校の先生なの。今回は港湾都市で用事を済ませて帰っているところよ」
「そうだったんですね」
学校の先生かぁ。
言われてみれば物腰もしっかりしているし面倒見の良さそうな雰囲気だ。
私の地元の先生はおじいちゃんだったけど、こんな先生だったらまた楽しさも違ったんだろうな。




