第52話:彼らには彼らの事情
こんな感じにジンさんが寝ている事を除けば私の生活は以前より多少大変になった程度だったけれど、世界は確実に変わりつつあった。
「おい聞いたか。遂に帝国が動き出したらしいぞ」
「ああ。西の小国に攻め込んだらしいな」
ある日、いつものようにギルドで掲示板を眺めていたらそんな話が聞こえてきた。
話に出てきた帝国というのは恐らく例の魔導具で有名な魔導帝国だろう。
その西側と言えばオーリア王国、かな。
オーリア王国とうちの国は地続きでは国境は繋がっていない。
あるのは海洋貿易くらいだ。
私が拠点にしている港湾都市からも定期的に船が出ていてそちらの国の特産品を輸入したり逆にこちらのものを輸出したりしている。
「あの、戦争が始まったらこちらも危険なんでしょうか?」
「ん?いや流石の帝国もすぐにこっちに攻めてくることは無いさ」
「そうだな。だがこれから忙しくなるぞ」
「そう、なんですか?」
オーリア王国は貿易はしているけど、別に同盟国とかいう訳ではない。
だからこちらに救援要請が来ることは無いだろうし、そもそも冒険者は基本的に戦争に不介入だ。
私達の活動は魔物の討伐を中心とした地域の保全活動だったり、もちろん人跡未踏の秘境への冒険に精を出している人も居るけど、国同士の戦争にはあまり関与しないのが暗黙のルールだ。
だから今私達が住んでいる国が攻め込まれていないなら直接的に影響はないはず。
だと思ってたんだけどそうじゃないみたい。
「俺達冒険者とは別に傭兵を生業にしている奴らが居る。
奴らは戦争がない間は商人なんかの護衛を中心に行っているのが主だが、戦争が始まればそっちに行く。
奴らにとっては稼ぎ時だからな」
「つまり彼らが担っていた護衛の任務がこちらにまわってくるって事ですか?」
「それだけじゃない。
奴らが居なくなる分どうしても護衛の数は減る。
それに釣られるように盗賊が増える。
他にも戦争に追われて逃げてきた難民が襲われたり逆に盗賊に成り代わったり。
要はこっちの国にも色々と影響があるってことさ」
「なるほど」
その話を聞いてすぐは特に変化は見られなかったけど、2週間くらいするとその影響が見えてきた。
いつもの郵便配達で王都に向かう途中。
街道の先にある林の中に潜む人影を見つけた。
(あれは……また盗賊かな)
1つ前の町を出た後にも6人ほどの盗賊に襲撃を受けたけど、今度もまた同じような雰囲気を感じる。
と言っても決めつけは良くないかな。
ということで私は気にせず街道をかけ足で進んでいく。
でもやっぱり盗賊の類いだったようで彼らは道を塞いできた。
「おっとお嬢ちゃん。ここは通行止めだぜ」
「そうそう。通りたかったら通行料を腹って貰わないと」
「なんなら身体で払ってくれても良いんだぜ?」
両手を横に広げて下品な笑いを浮かべる男達。
対する私は速度を緩めずにそのまま走り寄った。
「じゃあ身体で。とうっ」
「はっはっはぁ。自分から飛び込んでくるなんて好き者だぶへっ」
「お、お頭!?」
私のドロップキックを顔面で受け止めて吹き飛ばされるおじさん。
どうやら盗賊の頭領だったみたい。
ズシャーーって地面を滑った後、よろよろと立ち上がった。
「くっ、この程度で倒される俺様じゃねえぞ」
「わぁ凄い!今のでよく立ち上がれたね。流石頭領」
「え?へへっ。そうだろ?」
「うん。じゃあもう通って良いよね?」
「ん、おう。どうぞってんな訳あるかぁ!!」
ちっ、適当に誤魔化したら行けるかなと思ったけどダメだったか。
実際のところ、今の時間があれば普通に走り抜けることも出来たと思う。
そうしなかったのは見たところ彼らは身体強化もまともに出来てないっぽいから油断さえしなければ負けることは無さそう。
というか、この人達戦い慣れてない気がする。
装備はそれなりに真面っぽいんだけどね。
「ねえ、おじさん達はなんで盗賊なんてやってるの?」
「あん?んなもん、生きていくために決まってるだろ。
帝国じゃあ俺達みたいな一般兵は魔導具にも劣る消耗品扱いだからな。
戦場に出たら肉壁に使われて捨てられるのがオチだ。
それなら平和ボケしてそうなこっちの国に来て一山当てて行った方が良いだろ。
上手く行けば俺達の悪事も帝国のせいって事に出来るしな」
なるほど。この人達は脱走兵だったんだ。
戦況は帝国有利って聞いてたから勝ち馬に乗ってる方が良い気もするけど、勝つ前に捨てられる可能性もあるんだ。
帝国が戦争を始めた理由ってあまり確認してなかったけど、もしかしたら過剰になった人口を減らしたい、なんて意図もあるのかもしれない。
もしそうなら人として国民を統べる者として最低の部類に位置するんじゃないかって思う。
例えば大飢饉が発生して今日食べるものにも困っているというのであればまだ納得は出来るけど、そういう噂は聞いたことが無いし、帝国産の食料品も多少は流通していた。
とすると普通に生活する分にはそこまで困窮していなかったはず。
それなのに戦争を仕掛けたということは、例えば世界征服の野望とかそんなことが理由かも。
「さて、お喋りはこれくらいでいいか。
俺も蹴られたダメージが引いてきたしな」
周りを見ればすっかり囲まれていた。
林の中からも弓使いが2人こちらを狙っているのが分かる。
「……本当にやるの?」
「当たり前だ。さっきは不意を突かれたが嬢ちゃん一人を逃がしたとあっちゃあ俺達も終わりだろう」
「うん、そうだね」
彼らには彼らの事情があるのは分かった。
それでも盗賊を許す訳には行かない。
そう言えば以前、初めて盗賊に遭った後にジンさんに言われたっけ。
例え相手が人であったとしても、敵ならば容赦はするなって。
……うん、大丈夫。
彼らは人の姿をした魔獣だ。
ここで逃がせば他の人たちを襲って食い殺してしまうだろう。
だから躊躇う必要はない。
「じゃあ。さよなら」
「なっ、ガッ……」
「お、お頭っ!!」
身体強化を使って一息に頭領に接近した私はその勢いのまま首筋に手刀を叩き込んだ。
崩れ落ちる頭領に驚く他の人たちを無視して林の中に飛び込んで弓使い2人を続けざまに胸を一突きにして意識を姥っていく。
残りは3人。
だけどあっさりと頭領が倒されたことで早くも逃げようとしている。
「逃がさないよ」
傷を負った獣は危険だ。彼らが村に入れば見境なく暴れる危険がある。
だから逃がす訳には行かない。
私は弓使いがもっていた弓矢を回収して逃げる彼らの背中を狙った。
といっても私は弓使いじゃない。普通に射ても致命傷にはならないかもしれない。
だから。
「『雷撃付与』」
バチッ
鏃に雷撃の魔法を付与して放つ。
ひゅんっ、ひゅんっ、ひゅんっ。
「うぎゃっ」
「ぎふっ」
「ヒィ」
放った矢は無事に3人の身体に当たった。
刺さったじゃないのが残念だけど、でも無事に雷撃の衝撃で吹き飛ばす事には成功した。
後は彼らが起き上がる前に近づいて意識を刈り取れば終わりだ。
って倒したこの人達どうしよう。
放置したら多分魔物の餌だよね。
仕方ない。枝と蔓草で縛って運ぶか。