第44話:冗談じゃなかったんですか?
取り残された私は仕方が無いのでひとり冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの扉を開ければ夕方という時刻と相まって人口密度は高めだ。
ただ以前に比べ私の認知度は上がっているから最初の時のようにナンパが寄ってくる事はない。
「リーンの姉御。お勤めご苦労様です!」
「「ご苦労様です!」」
代わりと言ってはあれだが、同い年くらいの少年数人が駆け寄ってきてビシッと敬礼をしてきた。
それを見た私はため息しか出ない。
「はぁ。別にそんなことする必要ないって言ったよね」
「はい!ですがやはり命の恩人には敬意を払うのが冒険者ですから」
「その考えは偉いなって思うけど……。周りに迷惑は掛けないでね」
これは言っても無駄かなと思い、ため息と共にそれだけは伝えておいた。
彼ら『ベスティア』パーティーとは、以前同じように王都に向かっている最中に魔物の群れに囲まれてる所を助けてあげたってだけなんだけど。
その時の私の姿に感銘を受けたとかで、それ以降私の事を姉御って呼んでくる。
まぁ貶されてる訳じゃないから良いんだけどね。
その中のひとりがきょろきょろしながら聞いてきた。
「あの、今日は仮面のおじ様はいらっしゃらないのですか?」
「おじ様……師匠なら今は別の用事で何処かに行ってるわ。
こっちに顔を出すかは分からないかな」
「そうですか」
そういってちょっと残念そうなのは助けに入った時に怪我をしててジンさんに治療を受けた女の子。
ただジンさんにおじ様って呼び掛けるのは止した方が良いと思う。
せめてお兄さんくらいにしておかないと。
あとこうしてギルドの中を見ていると、以前よりも活気があるように思える。
最初来た時は喫茶店かな?ってくらい緩い空気が流れてたし。
人の入れ替えがあった、訳でもないか。
前に私に声をかけてきた人達は居るし。
……微妙に視線を逸らされてる気がするのは気になるけど。
ひとまずは依頼の報告を済ませてしまおう。
受付で依頼の達成証明書を提出して報酬を受け取りつつ軽く雑談を交わす。
「今は急ぎの依頼とかはありますか?」
「いえ。最近は皆さん活発に依頼をこなして下さいますので、特別これと言ったものはありません。
これもリーンさんとジン様のお陰ですね。
先日特訓を施して頂いてから『リーンさんに負けるな』みたいな感じで頑張っているんですよ」
「そうだったんですね」
それで以前よりも活気があったのか。
私(正確には私とジンさん)がそこまで影響を与えてたって事に驚きつつも少しだけ嬉しくなる。
道中の町の人達にも良くお礼を言われるようになったし、自分の努力が認められるのっていいよね。
私は受付から離れた後、掲示板を見て回ってみた。
「ふむふむ。確かに常設の依頼以外は特にないか」
勿論、指定魔物の討伐依頼や素材の納品依頼、あとは街の人達からの依頼が幾つもあるけど切羽詰まったものは無さそうだ。
恐らく朝のうちに他の人が対応していってくれてるんだろう。
「おやっ、そこに居るのは妹くんだね!」
「その声は、ラフィカさん?」
聞き覚えのある声と『妹くん』と私を呼ぶ人の心当たりは今のところ一人しかいない。
声の方を振り向けば予想通り見た目は自分よりも小柄な女性が立っていた。
「珍しいね。今日は師匠は別行動なの?」
「はい。師匠は街の入口で騎士の方に呼び止められて連れて行かれました。
召喚状とか言ってたので多分何処かの貴族から指名依頼なんだと思います」
「ふぅん」
ラフィカさんは視線を逸らしながら思案顔になった。
もしかしたらジンさんが何の用事で呼ばれたのか、以前から知り合いのラフィカさんなら分かってるのかもしれない。
「妹くんに良いことを教えてあげよう」
「はい」
「1貴族が私用で騎士を動かす事なんて出来ないよ」
「え?なら一体誰が……」
「まあ、それは師匠が帰ってきてからのお楽しみ、かな」
「はぁ」
口に人差し指を当てながらウィンクするラフィカさん。
これ以上聞いても教えてはくれそうもないけど、この様子ならそう悪い事ではないかな。
「ラフィカさんはこの後まだ用事はありますか?
折角会えたんですしどこかでお茶でもしませんか?」
「お、いいねいいねぇ。なら師匠が居ない内に師匠のツケで美味しいお店に行っちゃおうか」
それはどうなんだろうと思いつつもノリノリなラフィカさんと一緒に王都市街に乗り出した。
ラフィカさんは機嫌が良いのか鼻歌交じりに前を歩いていく。
「さあて師匠のツケならやっぱあそこかなぁ」
「って、冗談じゃなかったんですか?」
てっきりその場のノリで言っただけかと思ったら本気で師匠に奢って貰う気らしい。
一瞬にやっとこちらを見た後、特に何も言わずに店構えだけでも高そうな喫茶店へと入っていった。
というか、こんな高級そうな場所ってドレスコードとか大丈夫なのかな?
私達って冒険者用の格好なんだけど。
幸い魔物の返り血で汚れてるとか土埃だらけって事は無いけど、お洒落とは程遠い。
「いらっしゃいませ」
「2名、いや後からもしかしたら1名追加で来るかも」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
受付に来た30代のウェイターは私達を見ても特に何かをいう事無く案内してくれた。
いや、一瞬ラフィカさんが見せてたような気がする。
案内されたテーブルについてメニューを開く。
くっ、値段が書いてない。
噂では聞いたことがあったけど、まさか本当にそんなお店があるなんて。
これってあれだよね?
『値段をいちいち気にするような方は当店にはいらっしゃいません』
っていう、暗黙の了解というか、つまり貧乏人は水だけ飲んで帰れってやつ。
本当にツケで食べちゃって良いのかな。