第35話:これからもずっと
シンミアが巨大な落石のように私に飛び掛かってくる。
そんなものどう頑張っても正面から受ける事なんて出来ないから横っ飛びに避ける。
避けた後ろではズガンドガンとシンミアが木にぶつかる音が響き渡る。
時刻は深夜。森の中に入ってしまえば月の光も届かない真っ暗闇。
響く音を頼りに避け続けるのも無理があっただろう。
ただしあいつの身体が光っていなければ。
先程腕輪から放たれた雷撃が未だにシンミアの身体に残り続けその所在を教えてくれる。
「ガァッ」
「くっ」
でもその条件はこっちも同じ。
なにせ腕輪そのものも光っているから。
だから向こうの狙いも正確だ。
ただこれでは昼間の繰り返しだ。何か手を打たないと。
「フン」
「!」
シンミアから小さめの石礫が大量に飛んできた。
単発の大技じゃ避けられると見て手を変えてきたんだ。
いたたたっ。流石にこれは避けきれない。
でもこれ、1つ1つのダメージは大した事ないけど足止めされるのが危険だ。
「ソコデ待ッテイロ。スグコロシテヤル」
「絶対いやよ!」
飛び掛かってくるシンミアから何とか逃げ切ったけど、ギリギリだ。これじゃあ後何回避けられるか……!?
「嘘、消えた!?」
振り返ればシンミアの放っていた光が無くなっていた。それに木々にぶつかる音も。
そう言えば昼間もこれでやられたんだ。
あいつの奥の手。
右を見ても左を見ても気配すらない。
考えろ。
あの巨体が完全に消えるなんて無理がある。
「……そうだ。あの時、あいつは降って来たんだ」
つまり上。森の木々よりも高く跳び上がって居たとしたら。
私の予想を肯定するように、一瞬月が何かに隠れた。
まさかあんな高い所まで跳んでいたのか。
あれは私と同じ飛脚術を使ってる可能性が高い。
なら多少動いた所で合わせて落下地点を来るだろう。
なにせこちらの位置は光る腕輪で丸分かりなのだから。
「……来る!」
まるで巨大な槍となってシンミアが降ってきた。
それは狙い過たず私の腕輪を踏み潰し、周囲の地面まで大きく陥没させていた。
シンミアが自分の足元を見て笑う。
「フンッ。俺様ニサカラッタ罰ダ。
オット、ヤリスギタカ。マサカ肉片スラ残ラントハナ。
……ン?」
しゃがみこんだシンミアが何かを拾い上げた。
それは私が着けていた腕輪だ。
腕輪は歪みも無ければ傷ひとつ無く、今も光を放っていた。
「ナマイキナ。俺様ノ一撃ヲウケテ壊レナイノカッ!」
憤るシンミアに何処からともなく返事が返ってきた。
「残念だがお前程度じゃ傷付けるのは無理だな」
「ダレダ!!」
森の中からまるで散歩するかのように軽い足取りで出てきたのはジンさんだった。
その視線が一瞬隠れていた私に向けられた。
しかし次の瞬間にはにっこりと笑ってシンミアを見下している。
「うちの弟子をずいぶんと苛めてくれたみたいだな。
どうもありがとう」
「ナンダト?」
ジンさんが何故かお礼を言うものだからシンミアが首を傾げてしまった。
まぁ、ジンさんの事だから良い修行になったとか思ってそうだ。
「お礼代わりにぶち殺してやるから喜べ」
あ、いや。これジンさんかなり怒ってるっぽい。
離れている私のところまで殺気が伝わってくるし。
「死ヌノハキサマダ!」
怒鳴ると同時に突撃を仕掛けるシンミア。
対するジンさんは左手を前に向けて、え?
「ナッ、ナニガオキタ!?」
大木すらなぎ倒すシンミアの突撃がまるでボールを受け止めるかのように受け止められてしまった。
シンミアは更に足に力を入れて押そうとしてるけどビクともしない。
まるで地中深くに刺さった鉄の柱のようだ。
体格で言えばジンさんの方が圧倒的に軽そうなのに。
「ま、所詮猿だな。残念だが世の中、力だけじゃ限界があるんだ。よっ」
「グガッ!?」
ジンさんが下から掬い上げるようにシンミアを蹴り飛ばすとあっさりと周囲の木よりも高く打ち上げられてしまった。
あ、でも待って。それはまずい。だってあのシンミアは空を跳べるんだから。
「グハハッ。油断シタナ!」
笑いながらシンミアは更に上空へと駆け上がっていった。
そして遥かな高みから地上に居るジンさんを……あれ、ジンさんは?
「ふむ。この程度か。猿にしては頑張った方だな」
その言葉はシンミアよりも更に上から届けられた。
振り返るシンミアの顔面にジンさんの踵が突き刺さる。
「墜ちろ」
短く言うと共にジンさんとシンミアはつい先ほど陥没した地面へと落ちてきた。
グシャッという嫌な音と共に頭部を粉砕されたシンミアと、靴が汚れて顔を顰めているジンさん。
ジンさんは強いとは思っていたけど、これほどだったなんて。
「あの、師匠」
「遅くなって済まなかった。
俺が救援に来るまで諦めずよく頑張ったな」
そう言ってぽんと私の頭に手を置いてくれる。
それ以上何も言わないのは何があったのか大体察しているって事なのかもしれない。
ジンさんの目は優しく誇らしげで、私の事を心から褒めてくれてるのが分かった。
「さあ。夜が明けるのを待って帰ろうか」
「はい」
私達は近くで休める場所を見つけて夜明けまで休憩した後、港湾都市へと帰還した。
家に帰った私をジンさんが話があると言って居間に呼び出した。
なんだろう。怒られるって感じでは無さそうだけど。
椅子に座って待っているとジンさんが湯気の立つカップを2つ持ってやって来た。多分いつも飲んでるお茶だね。
そのひとつを私に渡しながら席に座ったジンさんが話し始めた。
「リーンはこの先も冒険者を続ける気はあるか?」
「え?」
え、なんで突然そんな事を聞くんだろう。
「以前は漠然と誰かを守れて幸せになれた姿しか想像出来なかっただろうが、今ならよく分かるだろう。
冒険者を続けるって事は今日みたいな目に今後も何度も遭うってことだ。
それも本来なら自分は受ける必要の無かった惨劇に自分から飛び込んでいくんだ。
他の生き方をしてればもっと楽に生きれるのにな」
言われて考える。
思い返せば今でも身体が震える程の濃厚な死の連続。
そして女の子として襲われる潜在的恐怖。今回は未遂に終わったけど次も無事という保障は全く無い。
それでも。
あの時、死ぬほどの恐怖から腕輪が私を護ってくれた。
あの優しい光があったから私はこうして生きている。
あの腕輪が冒険者だ。
窮地に陥っている人を助け、明るく照らしてくれる。
その代わりと言ってはなんだけど、私の代わりに囮になったり踏みつけられたりしてたんだけど。
それでも今は無事に私の腕に戻ってきている。
私は腕輪をそっと撫でつつ答えた。
「私はこれからもずっと冒険者です」
胸を張って答えた私にジンさんはため息混じりに呟く。
「お前は馬鹿だなぁ」
だから私は笑顔で返した。
「師匠ほどじゃありません」
「それもそうだな」
「ふふっ」
師匠とふたり、小さく笑い合う。
ひとしきり穏やかな時間が過ぎた後、ジンさんは自分のカップを持って立ち上がった。
「今回は疲れただろう。
それを飲み干したらゆっくり休みなさい」
「は、はい」
私は両手で包んでいたカップを覗き込む。
さっき一口飲んでみたけどめちゃくちゃ苦かったんですけど。
やっぱ飲まなきゃダメですよね。
ジンさんの事だから、これも薬草の一種なんだろうし。
後から知った話だけど、オークの襲撃は無事に死者も出ずに撃退できたらしい。
そして今回発生した異常現象は私が対応したシンミアの後にもう1回起きていて、つまり3回も連続で発生していたらしい。
ジンさんはその最後の異常現象で発生した魔物の対応もしていたせいで私の所に来るのが遅れてしまったそうだ。
なお、異常現象は普通では連続して起きない事から何かしら原因があるんじゃないかと調査チームが組まれることになった。
ともあれ、今回は流石にハードだったので家に帰りついた私とジンさんは丸一日ゆっくりと寝て過ごすのだった。




