第34話:死ぬわけにはいかないから
左右に動き回り、時に樹上を飛び越え、時に足元を駆け抜ける。
そうしてシンミアを翻弄しつつ、少しずつ北へと場所を移す。
少しでもこいつを町から引き離さないと。
最初私を無視してでも東に行こうとしていた。
つまりどうやってかは分からないけど、東に町があってそこに行けば無抵抗な市民が沢山居るって知っていたんだ。
幸い今は私を倒す事に夢中になってるけど、何かのきっかけで魔物の気が変わるかもしれない。
時刻は日暮れ時。
ジンさん達は日の出と共にオークの討伐に出ていたはずだけど、今どのくらい終わったんだろうか。
それに報告に戻ったコルヴォさんが応援を引き連れて来てくれるのを期待してたんだけどなかなか来ない。
途中で何かあったんだろうか。
考えられることと言えば、私が相手をしているシンミアが単独であることが気になる。
実はこのシンミア、ただ本隊からはぐれたのを偶然先に見つけただけで別の場所にシンミアかその眷属が見つかってそちらの対応に追われている、なんて可能性もあるかもしれない。
(こんな化け物が大量に居るなんて信じたくないけど)
それに日が暮れたら今までのようには行かないかもしれない。
シンミアがどれくらい夜目が利くのかは分からないけど、私だってまだ夜間訓練は受けていない。
また向こうはともかく私は疲労だって溜まってきている。
ずっと必殺の攻撃に曝される続けているんだから肉体以上に精神的に疲れてきている。
町から引き離す事には成功したし出来る事なら一度離脱して夜の間に休憩を挟みたいところだ。
「って、嘘。消えた!?」
シンミアからの飛び蹴りを避けて距離を空けて振り返ると、そこに居るはずの巨体が消えていた。
それどころかあいつが木にぶつかる度に盛大に立てていた音も聞こえてこない。
いくら暗くなってきたからって見失うとは思っていなかった。
『戦術のひとつとして、自分にできるのはこれだけだと相手に思い込ませるのは有効だ。
ずっと手だけで攻撃しててそれさえ封じてしまえば勝ちだと思わせたところで足に仕込んだナイフで刺す、とかな。
人間相手にはよくやる手だし、狡猾な魔物もフェイクや奥の手を使ってくることもある。
世の中弱い奴から死ぬが、強くても油断したら死ぬんだ』
まさかこれがシンミアの奥の手?
ずっと派手で大振りな動きしかできないと見せかけていた?
だとするとここに留まるのは危険だ。
一度上空に離脱して安全を確保してからあいつの位置を再確認しないと。
そう思って飛脚術で空に飛びあがった私を、黒く巨大な影が押しつぶした。
……
…………
………………
気が付くと私は硬い岩の上に寝かされていた。
辺りはすっかり暗くなり月が良く見える。
「えっと、どうして私こんなところに寝てるんだっけ」
はっきりしない意識の中で今の状況を考える。
確か私はシンミアと戦っていたはずだ。といってもこっちからは牽制くらいしか出来なかったけど。
覚えているのは空から何かが降って来たところまでだ。
あの状況で意識を失って生きているという事は、誰かに助けてもらえたに違いない。
誰だろう。ジンさんかな?コルヴォさんかな?
オークの討伐はもう終わったんだろうか。
町に被害は出ずに済んだのかな。
私がやったことが少しでもみんなの手助けになれたなら。
そう安心した私に酷く濁った声が降り注いだ。
「オキタカ」
「……え?」
声の方を見ればそこに立っていたのは巨大な猿、シンミアだった。
多分間違いなくさっきまで戦ってた奴だ。
この状況から察するに助けられた、というよりも殺されなかったと見るべきか。
でもいったいなぜ?
それに今人間の言葉を喋ったよね。魔物にそんな知性があるなんて。
「あの、何が目的ですか?」
「オマエ強イ。オレ気ニ入ッタ。ダカラオレノ嫁ニスル」
「は?」
よ、嫁?!
魔物に結婚とか繁殖とかって概念があるの?
それに何より私とシンミアでは身体のサイズが違い過ぎると思う。
これは生きていたのは良かったけど、考え得る最悪の状況だ。どうにかして逃げないと。
「デハヤルカ」
そう言って近付いてくるシンミア。
やるっていったい何を……
「ひぃっ」
未だ横たわる私に覆い被さるように近付いてきた時、見えてしまった。私の腕より太い何かを。
「い、いやっ」
恐怖が全身を包み満足に力が入らないけど、それでも必死に腕で後退る。
「フッ、イイ声デ泣ケヨ」
そう言ってシンミアの手がゆっくりと私の身体に差し伸ばされる。
無駄だと頭では分かっていても咄嗟に腕でガードした。
シンミアの手が遂に私に届き、
バチッ!!
「ガァッ」
突然の閃光と共にシンミアが弾き飛ばされた。
今のはいったい……
「あ、パーティーの腕輪が光ってる」
ジンさんからお互いの位置を確認し合う為のものだと渡された腕輪。
それが今、私を励ますかのように淡い光を発していた。
それはまるで私に生きろと言ってくれているようだった。
「そうだ。師匠より先に死ぬわけにはいかない。
こんな奴に殺されてなんかやらない!」
身体はもう動く。さっきまでの恐怖も腕輪の光が祓ってくれた。
魔力も回復してる。ならまだ戦える。
「グッ、邪魔ナ腕輪だ」
シンミアの腕が再び私に近付いてくる。
でももう恐れない。
「はあっ!」
「!!?!?」
魔力付与で最大限強化した足で股間を蹴り上げればグシャッと潰れた感触が伝わってきた。
悶絶するシンミアを、両足を揃えて顎を下から蹴り上げた。
その反動で後転しながら立ち上がる。
「あなたの嫁なんてまっぴらごめんよ!」
「グギギ。ゴロスッ。コロシテヤルッ」
怒りに歯を剥き出しにするシンミア。
対する私も短剣を構えて身体強化を最大出力まで引き上げる。
普段5割で行っている身体強化を全力でやれば持って1時間と言ったところかな。
それでも正面から戦って勝てるかは怪しい。
でも死ぬわけにはいかないから、何としても生き抜いてみせる。