第30話:師匠、私も行きます。
翌朝起きて朝食のサラダを作るために裏庭に出た私の目の前には不思議な光景が広がっていた。
あ、いや。
別に突然花畑になってたとか光輝いていたとか、そういう訳じゃないし、多分昨日とそんなに変わってないと思う。
変わったのは私だ。
私は目の前に生えている草を指さしてジンさんに確認を取った。
「あの、師匠。
これ昨日森に行ったときに薬草だっていって採取しましたよね?」
「そうだな」
「こっちの草もそうですよね?」
「ああ」
何が言いたいのかと言えば、昨日までただの雑草だと思っていたものが全部薬草に見えてきたの。
それは私に知識が増えたから認識が変わったんだと思う。
「……もしかしてここに生えてるのって全部薬草なんですか!?
私てっきりただの雑草かと思ってました」
「俺はひと言も雑草だとは言ってないぞ。
雑草なんてものは分類不明な草に対する総称で自分は無知だと言ってるようなものだ。
あとちゃんとよく見ろ。生えてるのは薬草だけじゃない」
「え、えっと」
言われてよくよく観察してみる。
うーん、あれ?
「ジンさん。毒草も混じってませんか?」
「そうだな」
「私これ昨日食べませんでした?」
「食べただろうな」
「ええっ!?」
あっさり頷かれたけど、こっちの草とか確か食べると身体が痺れるはずで、そっちのは意識が朦朧とするんじゃなかったっけ。
まったく危ないなぁ。
「こら、好き嫌いせずに全部採れ」
薬草だけを選別して採取する私にジンさんが軽いげんこつ付きで叱って来た。
「え、でもこれ毒ですよね?」
「薬を過度に摂れば毒になるように、毒も適量なら強靭な肉体を作る助けになる。
昨日までも食べてただろう?死にはしないから安心して食え」
それ全然安心出来ないんだけど。
昨日までの私、よく無事だったね。
渋々毒草も多少採取して戻るとジンさんから追加で毒草を盛られた。
どうやら見逃しては貰えないらしい。
ただ食べてみると毒草も意外に美味しい、というか昨日も食べてたしね。
もう舌が慣れてしまったようだ。
「食べ終わったらギルドに顔を出した後、今日もバードモンキーの森に行くぞ」
「またですか?」
「ああ。お前が奴らの攻撃を余裕で避けられるようになるまでな。
最低でも1月は通う事になるだろう」
そう言ったジンさんの言葉は間違いではなく、真夏の暑い中、私は毎日のようにバードモンキーたちに石をぶつけられては時々気分転換のように郵便配達の仕事で王都と港湾都市の間を幾つもの町を経由しながら往復するような日々を送った。
そうして8月も終わりに差し掛かったある日。
9割方バードモンキーの石を避けられるようになり体力魔力共に成長してきた実感がある。
今日もバードモンキーからの帰り道を走る途中、いつものように私の背中に乗っているジンさんがぽつりとつぶやいた。
「……嫌な空気だな」
「?そうですか?」
私にはよく分からなかったけどジンさんは何かを感じ取ったようだ。
北西の空を睨むように見ている。
「リーン、全速力で街に戻ってくれ」
「わ、分かりました!」
ふわっと足が軽くなる。背中に乗っているジンさんがいつも掛けている重圧を消したみたいだ。
それだけ急いでるって事だね。
私は飛脚術を使って空に駆け上がると一直線に港湾都市へと向かった。
街に入ってそのまま冒険者ギルドへ。
日暮れ時のこの時間は今日の冒険を終えた若手冒険者たちも居てフロア内は賑やかだ。
今日はどんな魔物を倒してきたとか、ダンジョンに向かっていた人達は何階層まで行けたとか自慢話をしている人も居て楽しそうだ。
でも、特にいつも通りで何かが起きたって感じはしない。
ジンさんの取り越し苦労だったんだろうか。
しかしその時、私の期待を裏切るように扉が外から激しく開けられ、入って来た人が大声を上げた。
「大変だ。北東方面で爆煙が上がったぞ!」
「「なんだって!?」
一瞬にして騒然となるギルド内。
でも、爆煙ってなんだろう。
火山の噴火なら噴煙だと思うし。
「あの、師匠。爆煙ってなんですか?」
「ん?ああ。爆煙を始めとした異常現象は高ランクの魔物が発生した時に起きる現象だ。
現象の規模によってどの程度のランクの魔物で眷属がどれくらい居るかもある程度は予測が付く」
「なるほど」
「爆煙なら脅威度BかCってところだろうが、さて」
そういうジンさんは落ち着いたものだ。
脅威度B程度なら何とかなるということなのか、それともただ慣れているだけなのか。
よく周りを見てみれば慌ててるのは若手の冒険者ばかりだから後者かな?
そしてそこにまた外から誰かが入って来た。鳥族の青年だ。
「状況を確認してきた。
魔物の種類はオーク。発生個所は北北東に徒歩で5日程度の場所だ!」
オーク。身長は成人男性程度の豚を彷彿させる横に大きい人型に近い魔物だ。
その性格は残虐で人間を生きたまま串刺しにして飾ったり女性を襲いながら食い殺す事などがあるらしい。
個体脅威度はEランクなので戦闘経験のない一般市民では勝ち目がない。
そして北北東に5日と言えば、近くに思い当たる町が1つある。
「あの、師匠」
「まあ待て」
「そうだぜ嬢ちゃん。ここはおっさんらの仕事だ」
焦る私を宥めるように普段昼間からここでのんびりしているおじさん達が武器を取って立ち上がっていた。
「生きの良い若いのは日々せっせと頑張って仕事をする。その分、俺らロートルは緊急時に動くのさ」
「お前達は昼の冒険で疲れているだろう。出るにしても少し休憩して態勢を整えてこい。
それくらいの時間は俺達で確保してやる」
そういっておじさん達はギルドを出て行った。そしてジンさんも。
私は出て行こうとするジンさんの背中に声を掛けた。
「師匠、私も行きます。体力ならまだ十分残っていますから」
「ダメだ。オーク相手にリーンの短剣では相性が悪すぎる。
お前の出番はここじゃない。今はここで待機だ」
私の頭にポンと手を置いた後、ジンさんは今度こそ出て行ってしまった。
若干話が慌ててる感じがして申し訳ないです。
もしかしたら後日もうちょっと緩やかに事態が進展するように改稿するかもです(本筋は変わりませんが)