第3話:同行者になってください
ギルドの中に響く笑い声に驚きとそして怒りが沸いてきた。
雷神公は命がけでこの街を守った英雄で、冒険者の鑑だ。
彼らだってここに居るのだから、少なからず冒険者と関わりがあるはず。
それなのに雷神公を貶す発言をするなんて!
「……あなた達はっ」
「冒険者さ」
「言っても一線を退いた老いぼれだけどな」
怒る私に対し、冷静に返された。
「冒険者ってのは背負うものの無いゴロツキみたいなものだ。
だから何より大事なのは自分の命。
一仕事終えて生きて帰ってくる。それが大事だ。誰に後ろ指指されようとな。
だけどアイツは帰ってこなかった。
だから俺達は言うのさ。特にアイツに憧れてここに来る子供に『アイツのように命を捨てるな』ってな」
そう言うおじさんの瞳は何処か寂しそうだった。
それは雷神公が知り合いだったからなのか、それともここを訪れ、そして帰って来なかった若者達を想ってからなのかは分からない。
「冒険者になるにしても、最近なら『風刃』とか『炎天』辺りに憧れてくれるならなぁ」
『風刃』と『炎天』というのは私でも知ってる程有名な冒険者パーティーだ。
特に『風刃』は女性がリーダーなので女の子の憧れなのだとか。
「それでも雷神公のような冒険者を目指すのか?」
「はい」
「……そうか」
改めて受付のおじさんの問いに答えると、それ以上は引き留められなかった。
私は必要書類を記入して、かわりにGランク冒険者証を受け取った。
「さて、これで晴れて嬢ちゃんは冒険者『見習い』だ」
「見習い、ですか?」
「ああそうだ。
その年で蒼天の子なら基礎教育は受けてるだろうが、それだけですぐに冒険者として活動させる訳にはいかない。
すぐに魔物の餌になるのが目に見えている」
おじさんの言う通り、蒼天の子は町にある学校にも通えるから基本的な読み書きと算術、そして護身術と簡単な魔力の使い方は学んでいる。
でも強い魔物相手に戦えるかと言えばそれ程ではない。
才能がある人なら何とかなるみたいだけど私は最下級の魔物の相手が精々だ。
代わりと言っては何だけど魔法のお陰で機動力は付いたから故郷からここまで魔物に襲われることなく辿り着けたんだけど。
「じゃあどうすれば良いんですか?」
「Gランクを卒業するまでは先輩冒険者に同行してもらう。
ちょうど暇してるのがゴロゴロしてるからな。
あいつらはその為にここに居る様なものだし、後輩の育成は義務みたいなものだ。
どうしてもって理由が無ければあっちに拒否権はないから好きな奴を選びな」
そう言って顎で差した先には先ほど雷神公のようにはなるなと言った人達。
え、あの人達に頭を下げるのはちょっと……
「嫌ならクエストは任せられないな」
私の表情からイヤなのが分かったんだろう。
受付のおじさんはちょっと嫌味な笑みを向けてきた。
うぅ、背に腹は変えられない?でもやっぱりイヤなものはイヤで。ってあれ?そういえば。
私はトコトコと1人の男性の元に向かった。
その人は思い返してみれば先程ひとりだけ笑っていなかった。
まあもしかしたら、その顔に着けている鼻から上を覆う仮面のせいかもしれないけど。
「あの」
「ん?」
「あなたも冒険者なのですか?」
「元、な。今は利き腕を失ってほとんど引退したようなものだ。
多少金に余裕はあるからこうして日々飲んだくれてるって訳だ」
そう言いながら左手でジョッキを呷る。
右手は、なるほど肩から先が無くなっていて空っぽの袖があるだけだ。
「ごくごく、ぷはぁ」
「うっ、お酒臭、くない?」
その人の吐く息はアルコール臭いかと思えば、そんなことはなくて、どちらかというと雨上がりの草露の臭いがした。
「それお酒じゃないんですか?」
「俺は下戸だ」
どうやら飲んでいたのはお酒じゃなくてお茶だったみたい。
なんて紛らわしい。
「んで、俺に何か用か?まぁ今の話の流れを考えれば分かるが」
「はい。私の冒険者活動に同行をお願いします」
「なぜ俺だ。こんな仮面を着けた怪しい見た目の男だ。
森に入った途端、襲ってくるかもしれないぞ?」
そう言いながら私の胸に視線を向けてくる。
でも本気ではないみたいで下心みたいなのは感じられない。
だから私はそれを無視することにした。
「先程、雷神公を笑わなかったので」
「ちっ、そりゃたまたまだ」
嫌そうに答える仮面の男性。
それでも何となく大丈夫な気がして更に押すことにした。
「私の名前はリーンです」
「……そうか」
「おじさんの名前は何て言うんですか?」
「俺はまだ29だ」
「私から見たら十分おじさんじゃないですか」
「そりゃそうか」
「それで」
「ん?」
「名前、教えてください」
「ああ。ここいらではジンで通ってる」
私がしつこく聞くとそう答えてくれた。
『通ってる』ってことは本名じゃないのかもしれない。
でも今はそこは問題じゃないよね。
私は改めて背筋を伸ばして頭を下げた。
「ではジンさん。私の同行者になってください」
「……この嫌がってるオーラが分からないかな」
「でもまだ一度もダメとは言われていませんから」
「ちっ」
舌打ちをしたジンさんはジョッキの中身を飲み干すと立ち上がって外へと通じる扉の方に歩いていってしまった。
う~む、やっぱり怒らせてしまったかな。
いくらなんでも初対面の人に強引過ぎたよね。
そう思っていたらジンさんは扉に手を掛けたところでこちらを振り返った。
「何してる。来るならさっさと来い」
「え?」
「俺はスパルタだからな。もたもたしてると置いて行くぞ」
「あ、はい!」
どうやら同行者になってくれるみたい。
私は慌てて彼の後を追いかけた。