第25話:これからもよろしくお願いします
それから2日。私達はようやく港湾都市に帰って来た。
行きが1泊2日で王都で1泊なので合わせて5泊6日だ。
10日と経っていないのに随分と久しぶりに感じるのは充実した時間、もとい過酷な時間を過ごしてきたからかもしれない。
特に帰り道では体力と魔力を何度も限界まで振り絞ってその度にジンさんに回復させられてを繰り返した。
ちなみに帰り道に時間が掛かったのは行きの時よりかなり蛇行して多くの町を巡って来たからだ。
時刻は夕方。
街門には荷馬車の列の他に、仕事帰りと思われる冒険者の列が出来ていた。
私達が並ぶのは当然冒険者の列だ。
こうして並んでいると初めてこの街に来た時を思い出す。
あれからまだ1月も経っていない。
私は雷神公に近づけているのだろうか。
ジンさんの指導のお陰で身体強化にはだいぶ慣れてきた。
飛脚術だって以前に比べれば魔力消費を抑えて使えてると思う。
でも、それだけだ。
強くなれたって感覚は余りないし、強い魔物を倒せた訳でもない。
雷撃の魔法もジンさんは教えてくれるとは言ったけど、聞いてもまだ早いと言って教えてもらえてない。
冒険者ランクだっていまだに見習いのGランクだしね。
このままジンさんに付いて行って修行しても雷神公のようになれるのはいつになることか。
「次の人」
呼ばれて顔を上げれば懐かしい顔があった。
私が最初に来た時に対応してくれた門番さんだ。
向うも気付いてくれたみたいで私を見てにっこりと笑う。
「ジンさんと、確かリーンさんでしたね」
「はい、お久しぶりです」
「ははは。久しぶりという程時間は経っていないけどね。
でも以前よりだいぶ冒険者らしくなったように見えますよ」
「え、本当ですか!?」
そう言って貰えるとちょっと嬉しい。
自分では分からなくてもちゃんと成長してはいるってことだものね。
私達はそのまま軽い挨拶を交わして街の中へと入った。
この街並みも最初来た時は驚いたっけ。
王都の街並みと比べると、確かにこっちは大部分が新しく造り直されているのが分かる。
所々に古い建物が残っているのは災厄で倒壊を免れた建物なんだろうな。
それに造り直したお陰なのだろうけど、街中の道も王都に比べると大分整然としている気がする。
王都は大通りも蛇行してたし、それを外れると迷路みたいに小路が入り組んでるらしいけど、こちらは真っ直ぐだ。
多分造り直す際に、きちんと測量して区画整理した成果なんだと思う。
きっと大勢の人が協力してこの街を立て直したんだろうなぁ。
感慨にふける私の行く先にはひと際堅牢な建物、冒険者ギルドが建っていた。
ジンさんに続いてギルドの中に入れば、時間帯の影響か今まで見たことが無い程大勢の冒険者がそこには居た。
「ここってこんなに冒険者が居たんですね」
「そりゃあこの国第3の都市だからな。
ダンジョンでの魔物討伐という意味では人を選ぶが、それ以外なら幾らでも仕事がある。
それよりも依頼の報告に行ってこい」
「わ、わかりました」
ジンさんに押し出されるようにして受付に向かえばいつもの強面のおじさんが居た。
他の街では専ら女性が受付をしていたのでやっぱりここだけ変わってるのかもしれない。
「?どうした」
「あ、いえ。依頼の報告に来ました」
ぼーっとおじさんを見てたら不審に思われてしまった。
いけないいけない。
私は慌てて王都からここに来るまでに受けていた依頼書を提出した。
「ふむ。また今回も随分と端の方まで行ってきたんだな」
そうぼやくおじさん。
またってことは以前にもジンさんは今回と同じように寄り道をしてるって事なんだね。
思い返せばどの町でもジンさんはある程度歓迎されていた。特に小さな村では村長が挨拶に来るってこともあったっけ。
小さな村だと冒険者が立ち寄ることも少なくて自警団も小規模だから常に魔物の脅威に曝されることになる。先日の廃村が良い例だね。
だから私達みたいに冒険者が村の近くの森に入って魔物を狩っていくのは凄く歓迎されることらしい。
今回提出した依頼書にはそうした魔物の討伐証明書も含まれている。
「それではリーン。以前渡したGランクの冒険者証を出してくれ」
「え、はい」
常に持ち歩くようにしてあった冒険者証をカウンターの上に置くと、おじさんはそれを受け取って代わりに今回の報酬と一緒に金属で出来たプレートを出した。
「今日から君はFランク冒険者だ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「これで見習いは卒業した訳だが、Fランクはまだ『駆け出し』だ。
一人前と呼ばれるDランクまで慢心することなく頑張って欲しい」
「分かりました」
「うむ。それでだ」
そこで一瞬口を閉じるおじさん。
その視線は私の後ろ。入口の横の壁に背中を預けているジンさんを見ていた。
ジンさんに何か用事だろうか。といってもジンさんも視線には気付いてるはずなのに動く様子はない。
おじさんは「ま、それもいつもどおりか」と呟きながら改めて私を見た。
「それではリーン。無事にFランクになった君はもう同行者についていく必要はない。
これまで同行してくれた者は同行中の内容を元に君に対価を求めることは禁止されているし、何か弱みを握られて脅迫されるようなことがあれば他の冒険者が一丸となってその同行者を断罪しよう。
今後はひとりで活動するのも良いし、どこかのパーティーに入れてもらうのも良いし、自分で新たにパーティーを結成するのもありだ。
今はギルド内に多くの冒険者が残っている。
どこもメンバー募集中のパーティーだし、身内びいきかもしれないが今いる冒険者の中に性根の腐った奴は居ない。どこに入ったとしても相応の待遇はしてくれるだろう」
なるほど。もしかして私が王都から戻って来たらGランクを卒業するのをみんな知っていて集まってくれていたのかも。
その情報がどこから流れたのかは謎だけど。一流の冒険者なら情報収集能力も高いって事かな。
「ちなみに今日一日は他の者から君に声を掛けることは無い。その条件で声を掛けるように言われたからな」
「え?」
言われた?誰に?
「さあ。みんな君の答えを待っているから、早く行くと良い。
どこか気になるパーティーがあるなら声を掛ければ良いし、パーティーに入る気が無い、もしくは今すぐは決められないならそのままギルドを出ればいい」
私は後ろを振り返ってギルド内に居る人たちを見回してみた。
年齢は私と同じくらいから30手前くらいの人が多い。どの人も期待に目を輝かせているけど私の事を値踏みしたりだとか下品な視線で見る人は居ない。
あといつも早朝に見かけていた酔っ払いのおじさん達の姿はなかった。
私はまるで花道のように空いた空間をゆっくりと歩きながらそれぞれのパーティーを見ていく。
同年代の女の子3人が手を振ってくれてたり中にはプラカードで『メンバー募集中!』とか掲げている人も居るけど、確かに誰も話しかけては来ない。
(……どうしよう)
悩んでみた……いや、悩もうとしてみた、が正解かな。
だってまだ終わるどころか始まってすらいない。
だから私の選択は最初から決まっている。
私が歩いた先に居るのはイヤ感オーラ全開で壁に寄りかかったおじさんがひとり。
顔に仮面まで付けて怪しさ全開だ。
私は改めてその人に頭を下げた。
「師匠。これからもよろしくお願いします」
「はぁ。馬鹿だなお前は」
「はい。なぜかよく言われます」
呆れたようにため息をつくジンさんだったけど、やっぱり「いや」とも「ダメ」とも言わないのは良いって事なんだろう。
そもそもわざとこんな場を設けたのもジンさんだと思うし、今この場に残っている事がジンさんの答えだ。
私がぶっきらぼうに出ていくジンさんの後を追ってギルドを出ると後ろから盛大なため息が聞こえてきた。
『親愛なるトール様
私は今日、無事にGランクを卒業してFランク冒険者になりました。
これでようやく同行者なしでも依頼を受けられるようになりました。
とはいっても、私はまだまだ未熟です。
なのでこれまで同行者として行動を共にしてくれていたジンさんには改めて今後も指導してもらえるようにお願いしました。
ジンさんは顔では嫌そうにしてますけど、断ったりしないところを見ると面倒見が良い人なんだろうなって思います。
ただ指導者としてはどうなんでしょう。
まだ身体強化とか走り込みばかりで、新たな魔法とか魔物の倒し方を教えてもらったりしたことはありません。
それは私がまだ半人前だからって事なのかもしれませんが、ならいつになったら一人前と認めてもらえるんでしょう。
流石にずっとという事は無いと思いたいのですが。
でもジンさんを師匠に決めたのは私ですからもう少しだけ信じて付いて行こうと思います。
いつか一人前になった姿をトール様にも見てもらえるように頑張っていきます。
見習いを卒業したリーンより』