第17話:人を殺したことがあるんですか?
これなら楽勝だ、なんて考えた数時間前の私は馬鹿だったんだろうか。
いや、確実に馬鹿だったんだね。
身体強化を使った結果、筋力は上がって走る速さも格段に速くはなったけど、肉体にかかる負担も増えていた。
走っている最中は不思議と気にならないけど、休憩するとどっと疲れが全身に襲ってくる。
あ、今は2つめの中継町に辿り着いたところで、ジンさんが郵便局に手紙を届けている間に私だけ食堂で軽食を食べながら休んでいるところだ。
ふと外を見れば小さな子供たちが遊んでいるのが見える。
実に平和な光景だ。
と、のんびりしていたら隣のテーブルにいたおばさんが話しかけてきた。
「こんにちは。あんた、見ない顔だね。旅行者かい?」
「いえ、冒険者です。今回は依頼で立ち寄っただけですぐに次の町に行く予定です」
「そうかい。若いのに頑張ってくれてるんだね」
そういうおばさんの顔はやさしげだ。
外からはきゃーきゃーと子供たちの楽し気な声が聞こえる。
「平和なもんだろう?
災厄から10年。あの子供たちは災厄の事を知らないし、子供たちにはあんな恐ろしい目には遭ってほしくないってのがあたしらの願いさ。
でもね。同時に思うのさ。あの災厄があって、それを乗り越えてきたからこそ、あたしもあんたも強くなれたんじゃないかってね。
あんたの目を見れば分かるよ。
辛かっただろうに。それでも今こうして頑張ってくれているんだね」
「おばさん……」
いきなり話始めたおばさんを見て、そう言えば故郷に居たおじいさんも良く昔を思い出しては若い頃の話を繰り返していたなと思いだした。
あ、いや別におばさんがボケてるとかそう言う事が言いたいんじゃなくて、歳を取ると昔を懐かしむようになるのかもしれないというだけの話だ。
そうしておばさんの話に相槌をうっていると扉が開いてジンさんが顔を出した。
「リーン。次に行くぞ」
「はい」
「っ!あんたは」
ジンさんの顔を見て驚いたように立ち上がったおばさん。
もしかしてこんなところまでジンさんは顔見知りなんだろうか。
「何をしている。早く行くぞ」
「え、あ、はい」
ジンさんはおばさんを無視してさっさと出て行ってしまったので慌てて追いかける。
追いついた私は後ろを振り返りながらジンさんに尋ねた。
「あのおばさんの事は良かったんですか?」
「ああ。よくあることだ。
死んだ息子に似ているだの、昔助けられただの、ほとんどが他人の空似か勘違いだ」
「そんなこと良くあるんですか?」
「それも災厄の後遺症のひとつって事だろうな」
そっか。
昨日まで平和だった日常がある日突然破壊されてしまったんだ。
身体の傷は癒えても心に傷を残した人はまだまだ居るんだね。
「さあ、早いとこ次の町に行くぞ」
「分かりました」
町を出てジンさんをおんぶしながら走る私。
すれ違う行商人と思われる荷馬車の人が何事かと二度見してくるけど、三度見返す頃には私達はずっと向こうまで走ってしまっているので、怒られたり止められたりすることはない。
その代わりにジンさんから指示が飛んでくる。
「リーン。左手の茂みに雑魚魔物が10体程いる。行き掛けの駄賃だ。蹴散らせ」
とか、
「前方の林で待ち伏せされているな。恐らく盗賊の類だ。
道を塞ぐ奴だけ蹴り飛ばして、立ち止まらずに突破しろ」
とか言う感じでちょいちょい脱線する。
その間もジンさんは私の背中の上だ。
仕方ないのでジンさんを落とさない様に気を付けながら短剣を振るって魔物を倒し、盗賊のおじさんには飛脚術も使って顔面に飛び蹴りを当てて通り過ぎた。
どちらも身体強化のお陰か凄い楽だった気がする。
「あの師匠。盗賊は放置して良いんですか?」
「良くは無い。が、落ち着いて囲まれたら時間が掛かるし、何よりお前、人を殺した経験はあるか?」
「うっ。無いです」
「将来的には冒険者として盗賊の討伐依頼を受けることもあるし、人間と変わらない見た目の魔物と戦う事もある。
必要となれば躊躇わず殺す事も必要だが、今すぐその覚悟を持てという気はない」
そうか。冒険者って一般的には魔物を倒すのが主な仕事って思ってたけど、魔物だけとは限らないんだ。
「師匠も今までに人を殺したことがあるんですか?」
「あるぞ。数えきれないくらいな」
「えっ。まさかこの国ってそんなに悪人だらけ、なんですか?」
「安心しろ。そこまで今の世の中は腐ってない」
いやそれ、全然安心できない。
それだとジンさんは悪人じゃない人も大勢殺してきたってことなんだろうか。
実はジンさんは冒険者になる前は殺し屋で、だから正体を隠すために仮面を付けてる、とか?
「一応補足しておくが、この世の中で大勢の人が一度に死ぬ要因はなんだか分かるか?」
「え?えっと、災厄、ですか?」
「そうだな。それもある。他には?」
他に、えっと、えっと……。
「疫病、天災、飢饉、そして戦争だ」
「あっ」
「冒険者は基本的に国の戦争には不介入だが、個人として生まれ故郷を守りたいって奴を止めることは出来ないし、無関係な依頼の最中に巻き込まれることもあるし、依頼の中には戦火の中から娘を亡命させてほしいっていうのもあったりする。
襲ってくる敵兵の善悪なんて判断がつかない。かと言ってむざむざ殺されてやる訳にも行かない。
だから俺が生きるのを邪魔する奴は人の姿をした魔物なんだと思って容赦なく殺してきた。
いいか。例え相手が子供だとしても殺意を持って向かってくる相手に躊躇うなよ。
躊躇えば死ぬのはお前だし、お前の大切な人達も死ぬと思え」
「は、はい!」
思いがけず厳しい話になってしまった。
でもきっとこれもジンさんが実際に体験してきたことを私に伝えてくれたんだと思う。
もしかしたら過去にそうやって大切な人を亡くした経験があるのかもしれない。