第1話:行ってきます
新連載スタートします♪
いつもお付き合い頂いている皆様、本当にありがとうございます。
初めましての方、よくぞ目に留めてくださいました。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
大陸歴712年5月3日
季節は春から夏へと移り変わる途中で、町も畑も草原も森も新緑で溢れて生を謳歌していた。
私はこの生命力に満ちた風景が大好きだった。
きっとみんな元気にすくすくと成長していくのだろう。そう考えると私自身も元気に成長できる気がするのだ。
でも、平和や幸せは何の前触れもなく突然終わりを迎えるものなのだと、私はまだ知らなかった。
その日は朝から太陽は出ていたけど西の空に厚い雲が見えたから午後には雨になるかもしれないと思った私は、いつもより早めに商店街に買い物に行くことにした。
「行ってきま~す」
「ああ、気をつけてね」
元気良く見送ってくれたお母さん。
それがお母さんを見た最後だった。
商店街に来て八百屋のおばさんと世間話をしていた時、それは来た。
突然暗くなる空。
まさかもう雲がここまで来て雨が降ってくるかなと空を見上げた私達は言葉を失った。
太陽を遮っていたのは雲などではなかった。
空を黒く染め上げる程の大量のそれはバサバサと翼を動かして西から東へと飛んでいく。
「鳥?にしては大きいような」
「っ!すぐにお逃げ!あれは魔物だよっ」
その言葉が合図になった訳ではないけれど、突然空を覆っていた一部が町へ降ってきた。
全長3メートル超の魔物は落下の衝撃で建物を破壊し、人々を踏み潰し食い殺していく。
「危ないっ」
私は八百屋のおばさんに背中を突き飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がって起き上がってみれば、おばさんは魔物に潰されてぐちゃぐちゃになってしまって。
「うっ」
私は叫ぶ事も出来ず無我夢中で逃げ出していた。
あの場に居ればおばさんの次は私が襲われていたので、無意識とはいえ最善の行動だった。
そして気がつけば自分の家の前にたどり着いていた。
いや、正確には家があった場所、というべきか。
そこには一際大きな魔物が落ちてきていて私の家をぺしゃんこに潰してしまっていた。
ギロリ
魔物の残虐な目が私を貫く。
魔物の口から太い舌がベロリと動く。まるで旨そうな獲物でも見つけたかのようだ。
それを見た私はその場に尻餅をついてしまって動けなくなった。
「あ……ああ……」
助けを呼ぶことも出来ず、魔物から目を背ける事も出来ない私に、魔物はゆっくりと近づいてきて、まるで枯れ草を撫でるよう尻尾で私をそっと叩けば、それだけで私は向かいの建物まで吹き飛ばされた。
全身がバラバラになりそうな痛みと血で赤く染まった視界の先には大きく口を開けた魔物がいて。
そして……
カッ!!!
「きゃっ」
突然空から青い稲妻が降ってきて魔物を貫いた。
光が収まってみればそこにあったのは黒焦げになった魔物と、青く光る剣を持った男性が私をちょっと恐い顔で見つめていた。
「無事か?酷い怪我だが命に別状は無さそうだな。
間に合ってよかった」
ほっとした顔をする男性。
それを見たところで私は意識を手放した。
########
あれから10年が過ぎた。
後に『黒き災厄』と呼ばれたあの事件は、西の天竜山というダンジョンに暗黒龍が誕生したことにより発生したもので、単体驚異度Cの翼竜数万体とその上位種100体、そして驚異度Sの暗黒龍が私の住む王国を襲撃したものだった。
それにより私の住んでいた町の住民は7割近くが死に、私の両親も亡くなった。
それでも私の町はまだマシだったくらいで、他の町では1割も助からなかった町もあり、なにより王国の中で西端に位置し3番目に栄えていた港湾都市は廃都寸前まで追いやられた。
無事で済んだのは都市の防衛隊と冒険者達の活躍、そして1人の英雄が暗黒龍を上陸前に撃退してくれたからだ。
その英雄は戦うその姿から『雷神公』と呼ばれることになった。
そう。あの時私を助けてくれたあの人だ。
ただ雷神公は暗黒龍との戦いにより力尽き、そのまま海に没したそうだ。
それを知ったときは私は一晩中泣いてしまった。
私は命の恩人にお礼の1つも言えないらしい。
それにもしかしたら私を助ける為に力を使わなければ、助かったのかもしれない。
そう考えたら自分の無力さを恨んだ事もあった。
でも孤児となった私を養ってくれた人は私にこう伝えた。
『お前は彼の命を奪ったんじゃない。受け継いだんだ。
だから少しでも恩を感じるなら彼の分まで幸せになりなさい。
それが彼への一番の恩返しになるだろう』
私の幸せ、かぁ。
大好きな家族と生まれた町、それに私の命を助けてくれた人を死に追いやった魔物。
魔物が憎くないかと言われたら憎い。でも復讐は誰も望んでいないと思う。
それよりも魔物に襲われる人を一人でも多く助けられるようになりたい。
そう、あの人のように。
だから私は強くなろう。どんな魔物でも倒せるように。
そして速くなろう。救いを求める人の所に誰よりも早く辿り着けるように。
その為に私は今日、旅に出る。
「お父さん、お母さん。行ってきます」
私は生まれ故郷の両親の墓に手を合わせた後、ひとり西へと歩き始めた。
『親愛なるトール様
いつもご支援ありがとうございます。
お陰様を持ちまして私も15歳になりました。
かねてよりお伝えしていたように、私は冒険者になる為に今日故郷を出発します。
トール様の反対を押し切る形になってしまい大変申し訳ないのですが、やはり私はあの災厄で助けて頂いたご恩を忘れることが出来ません。
確かにもっと他にやりようはあるのだと思いますが、馬鹿な私の最大限が冒険者になって直接困っている人を助けに行く事なのです。
どうかお許しください。そして出来れば今後も応援してくださると嬉しいです。
プラテリア町から旅立つリーンより』