出会い
「…..!…..!」
誰かが、呼んでる。何度も何度も。
「…..。」
おいおい、そんなに泣かないでくれよ。俺は大丈夫だから、すぐに戻るって。
「…..嘘つき」
ーーー
「っ!…夢か。こんな時に…」
ひどい夢だった。妙にリアルで、不安を掻き立てるような。しかも、最後に聞こえたあの声、アレは間違いなく、弟のものだった。何か嫌な予感もするが、それにしても自分はいつの間に眠ってしまったのだろう。いや、それ以前に、
「ここ、どこだ?」
自分が寝ていたのは、まぁまぁな広さのあるテントの中だった。丁度中心近くで横になっていて、その周りには木箱が幾つも積み重ねられている。
…寝ている間に何が起こったんだ。誰かに保護されたのか?それとも捕まっているのか?寝る前の最後の記憶は確かに森の中だった筈だ。こんなテントに見覚えは無い。それに、着たまま寝たはずのコートがなくなっている。盗られたのか?
周囲を確認するも、コートは見当たらなかった。しかし、確認のため開いた木箱の中には、いくらかの食料と水が入っており、そのほかの木箱にも金属の棒や乾燥させた草、正体不明の液体などなど、多種多様な物が入っていた。
今のところ使い道は全く無いが、食料と水はありがたい。昨日の夜以降、何も食べていないせいで限界が近かったのだ。
木箱の中から、小麦色の固形物を取り出して食べる。味は普通か少し下。少ししっとりしていて、口当たりは柔らかかった。総合的な評価は、食べやすい、の一言に尽きるだろう。
まぁ、今はそんな事どうでもいい。いくつか食べているうちに腹も満たされ、残りもまだ充分ある。栄養バランスは分からないが、最低でも三日は持つ。それまでに自分以外の人を見つけられるかどうか。
…そういえば外の様子を確認していなかった。日も出ているだろうし、周りを確認してこよう。
そう思い、テントの出入り口の布を開くと、そこには見覚えのある森と火の消えた薪木があった。間違いなく、自分が昨夜野宿した場所だ。ならば、先ほどのテントは一体…。振り返ると、そこには失くしていたコートが落ちていた。
俺がコートを手に取り、先程までのテントの事について考えていると、突然、木を何かで思いっきり叩いたような衝撃音が聞こえてきた。場所が少し遠く、具体的な内容は掴めないが、もしかしたら木を斧で叩いている音かもしれない。コートを急いで着て、その音がする場所へと走り出した。
木々をうまく避けながら走っていると、また例の音がした。しかも先ほどよりだいぶ近い。音の大きさに違和感を覚えるが、そんなことはどうでもいい。人に会えさえすればなんとかなるだろう。
木々を抜け、少し開いた場所へと出る。そこにいたのは一人の少女と、大きな棍棒を持った男だった。いや、男の様子が少しおかしい。肌が緑色で、服もろくに着ていない。いや、服に関しては自分も同じようなものだが、それにしても、だ。俺は随分と音を立ててこの場所へと来たはずだ。なのに、こちらを見ようともせず、ただただ少女を見つめている。
一瞬、嫌な予感がした。先程までの音からの、この状況。分かってはいたが、ほんの少しだけ動けなかった。男がゆっくりと棍棒を持った腕を持ち上げた瞬間、俺はこの一瞬の躊躇いを後悔した。全力で駆け出すも、男が腕を振り下ろす方が早い。加速した棍棒が、少女の体を理不尽にも吹き飛ばし、背後の木に叩きつけた。
俺は、棍棒を振りかぶった後の無防備な状態の男に渾身の力で殴りかかった。男の体格は、見た感じ2mほどで自分とほぼ同程度。しかし、タイミングが良かったためか、大きく体を仰け反らせ、動揺しているようだった。そこに、二発目のパンチを入れる。腹部に向かって突き出した後、手首を返してアッパーのような状態にし、男の足を浮かせた。後は、突き飛ばす様にタックルを仕掛けると、足場の無い男は少し離れは場所にまで転がっていった。
男が倒れたのを確認すると、木の下で横になっている少女を抱えて一目散に逃げた。あの男の事よりも、今はこの子の事の方が重要だ。どこか安全な場所に隠れて、傷の具合を確認しなければ。
しばらく走ると、崖の壁が抉れて、浅い洞窟の様になっている場所を見つけた。穴の周囲には草木が生い茂っていて、姿勢を低くすれば周囲から気付かれることはないだろう。
中に少女を横たえると、コートを脱いで枕の代わりにする。そして、少女の服を少し脱がして、アザになっている場所を探した。見つけたのは合計で三箇所、両腕と腹部に一つずつあった。その他にも、後頭部に瘤ができていたり、至る所に擦り傷や切り傷が見つかった。
しかし、幸いにも腕の骨、肋骨共に折れてはいなかった。
とりあえず応急処置はできたが、肝心の少女がなかなか目を覚まさない。おそらく、頭を強く打ち付けたせいだろう。しばらく安静にしておけば大丈夫のはずだ。
洞窟の中で待ち続けて、一時間が経った頃だろうか。少女の顔色が少しづつ悪くなっていき、熱も出てきてしまった。傷口から菌が入ってしまったのだろうか。今は薬も何も持っていない。このままでは、衰弱しきってしまう。
何か手はないかと考えている時、ふと、目の前から声が聞こえた。
ー彼女を助けるのを手助け致しましょうかー
「…。」
ーそんなに警戒しないでください。私達は森の精霊、エルフと呼ばれているものです。私達は、彼女の病を治す薬の作り方も、薬草の位置も知っています。彼女を助けたいのなら、どうか信じてくださいー
突然そんな事を言われても、という感じだが、不思議と信用しても良さそうな気配がした。俺はそのエルフの言葉を元に薬草を集め、なんとか薬を作り上げた。
ー後はこれを飲ませれば、次第に良くなるはずですー
「良かった。俺一人じゃどうにもならなかったよ。ありがとう」
ーいえ、お役に立てて良かったです。また何かお困りの時は、同じように呼んで下さいー
…いや、呼んでくださいと言われても、呼んだ覚えはないんだけども。
そんな疑問をよそに、声の主らしき気配はすっと消えて行こうとしていた。
「あ、待ってください、まだ聞きたいことが…」
言い終わるより先にその気配は消えてしまい、その後も何度か呼びかけたが、結局現れることはなかった。
深夜テンションで書いたので、明日の朝見直した時にグワァってならない事を祈るばかり。