ただの落下死
「はぁ…疲れたな」
満天の星空を見上ながら、ため息混じりに呟く。
そして、手に持ったグラスを揺らし、星空と重なるように掲げた。
お酒の代わりに、と渡されたそれを少しずつ口に運びながら、あまりいい味のしないそれに顔を顰める。このジュースも、そしてこの式も、子供が楽しむには少し大人び過ぎているのだ。有名な会社の社長や重役、今人気の芸能人、海外のセレブ達など、聞くだけで耳が痛くなる様な人物が多く集まるこの式に、大企業の社長の息子として連れてこられたのだが…
…流石に高校生には荷が重いよな。
当然その空気に耐えることなど出来ず、逃げるように屋上へと上がり、1人外の空気と触れ合っていた。初めはほんの少しだけ休むつもりだったのだが、下に戻る気が起きず、だいぶ時間が経ってしまった。
「気分が悪くなった、なんて言えないし、腹を壊したなんて言ったら料理人に迷惑がかかってしまう。トイレに行っていたと言うには、少し時間が経ち過ぎたしなぁ」
理由も告げずに抜け出して来たため、戻った時の言い訳を考えている始末であった。
そんな事をするくらいなら、早く戻った方がよいと分かっていたのに。
…いっその事こと、式が終わるまで屋上にいようかな。
そんなバカなことを考えるが、後でどれほど怒られるかわかったものではない。
ただ…それが本当に正解かのような気がしてならないのだ。ただの感だけど。
一切整理のつかない思考を放棄し、また夜空を見上げる。
上空には、何一つ遮るものの無い満天の星空が広がっている。そして下を見下ろせば、はるか向こうまで続く雲の海が、ゆったりとした動きで流れていた。
「いいなぁ…」
今の自分に無い、新しい世界を見てみたい。いつからか、そんな思いを描くようになっていた。…それが、ただ責任から逃れたいと言うだけの思いから生まれたものだと理解はしている。けれど…
自分の人生に責任を感じるようになったのは、数年前のある出来事がきっかけだった。
両親は、俺から見ても決して仲が良いと言えるものではなかった。
俺は二人が一緒にいるところを見たことがない。母は自宅から遠く離れた別荘に暮らしていて、俺は時々顔を出しに行っていた。しかし父がそれについてきたことは一度もなかったし、母がそのことについて話しているのも聞いたことはない。それどころか、父の話をする事が一度もなかったくらいだった。
逆に、父は母の心配をよくしていた。俺が母の元から帰ってくるたびに、母の様子を聞いてきた。初めは、なぜそんなに心配しているのについて来ないのだろう、と疑問に思っていたが、それを数度繰り返すうちに、父が母に何を望んでいるのかを理解した。
その願いは…思っていたよりも早く叶ってしまった。
父は待っていたかのように大企業の社長の一人娘と再婚し、その企業のトップとなった。そして俺には、5つ離れた弟と、6つ離れた妹ができた。
妹が産まれて5年が経った頃、俺に対する父の接し方が変化したことに気がついた。
それはまるで、母に向けられていた視線が自分に移ったような感覚だった。
俺はその視線に、6年間もの間囚われ続けていた。期待と欲望が混ざったような眼差しが常に自分を写している。自分の価値を見定めようと、あらゆる要求をしてくる。
この式も、きっとその内の一つだったのだろう。
…そろそろ戻った方が良いか。これ以上悩んでいたって仕方がないしな。
いつのまにか空になったグラスを片手に、会場に戻ろうと後ろを振り返ると、階段へと続く扉の前に、一人の若い男が立っていた。背は自分より少し高く、白髪で黒いスーツを着ている。その見た目から父かと思ったが、スーツの色が違う。
「失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか」
不審に思い、声をかける。参加者の名前は事前に全て覚えたため、名前を聞けば誰なのか分かると思った。しかし、男は無言のままこちらを見つめている。
「…俺は…。」
ピキピキ
男が口を開こうとした瞬間、右手から甲高い音が聞こえたかと思うと、持っていたグラスが突如、破裂した。
時間にして2、3秒。砕けたグラスが地面に落ちるまでの僅かな瞬間が、限界まで引き伸ばされ、地面に落ちる破片の一つ一つが鮮明に写る。
ズドン
鈍く低い音が、遥か下の方からいくつも聞こえてきた。何かが爆発している。直感的にそう思い、手すりから身を乗り出して下を覗く。
厚い雲を隔てて、幾つもの赤い光が見えた。そしてその光は一つ二つとどんどん増えていく。度重なる衝撃音が、その規模の大きさを物語っていた。
「何だよ、これ…。」
目の前の衝撃的な光景に思わず声が漏れた。
何が起こっている?なぜこんな事になっている?
いや、そんなことよりも先に…。
「避難しましょう。ここにいては危険です」
振り向きながらそう叫ぶと、既にそこに男の姿は無かった。
その代わりに、こちらへと向かって飛んでくる一筋の光が見えた。
その光は、屋上の後方へと着弾し…
凄まじい衝撃と爆風に、抗う間も無く吹き飛ばされる。一瞬の判断で手すりに捕まることができたが、激しい爆風で根本から曲がっていった。熱を帯びた鉄が赤く輝き、そして千切れる。捕まるものの無くなった俺は、そのまま空の上へと投げ出された。
不思議と恐怖は感じなかった。そんな余裕すら無かった。
式の会場は屋上の二つ下。窓ガラス越しに中の様子がよく見えた。
突然の事態に怯える客、避難誘導をするスタッフ、そんな混沌とした中に、父の姿を見つけた。心配そうな顔をしている父が、窓の外にいる俺に気付き、一瞬だけ目があった。
…親父。
届くはずのない声を、無意識のうちに出してしまっていた。
こんな別れ方になるとは思ってもいなかったから。
長い自由落下の中、所々から火が上る街に、何処からともなく飛んできた何かがぶつかり、また大きな音と共に爆発するのが見えた。それが何回も、何発も。
人のそれとはまた違った、狂気の様なものを感じた。少なくともこれは人間が起こせるものではないと、直感的に感じた。
私たちは、……。人類を浄化しにきた。
どこからか、そんな声が聞こえた。
恐怖よりも先に、悔しいと、そう感じた。退屈な日々を送って、変わり映えのしない日常を生きて、やっと訪れた変化を前に、俺は死んでしまうのか。
こんなにも早く、退場することになるのか。
頭上に迫る地面に気付き、俺は心の中で小さく呟く。
死にたく…ないな…。
目を閉じる。これ以上現実を見ないために。
頭に響く衝撃に自分の死を強く感じた。
そして、起きることのない夢の中へと消えていった。
こんにちは。作者のニアです。
異世界ものを描くのは初めてなので緊張しています。設定とかはうまく練れているのだろうか…。
投稿頻度はそんなに良くないです。週1投稿できたら褒めていただきたいくらい。
前の作品の続きを早く書けって言われそうですが、誰も見てないので良しとします。
頑張って書いていこうと思うので、応援よろしくお願いします。