1話
「大丈夫ですか?」
俺は夜道を傘も差さず歩く女性に声をかけた。
時計の針はもう0時を過ぎ、真夜中になりつつある。雨の勢いも次第に強くなり、おおよそ女の子が一人で濡れている姿を放ってはいけないような状況だった。
「…………」
無言の時間が続く。
(それもそうか……これはたから見れば俺の方が不審者だもんな……)
「それではこれ、お使いください」
俺は手に持っていた傘を彼女に差出した。
「ここから家まですぐなので、これあげます。明日になったら捨ててもらってかまいません」
「……」
深く被ったフードのせいで、表情が上手くうかがえない。
「それでは。」
俺はそう言ってその場を後にした。
我ながらなかなかの紳士プレイができたのではないだろうか。いいことをして濡れて帰る夜道もたまには悪くないな、なんて思いつつパラパラと雨音が響く路地に足を進める。
これは俺自身が思っていることなのだが、社会の中にはかかわらない方がいいことも多い。
というか、そっちの方が多い。
変にいろいろな事象に関わると、かえって自分自身に損害をもたらすものだ。
あくまでこれは俺の持論なのだが、人は自分がコントロールできる範疇でのみ自由に行動すべきなのだ。
ましてや恋愛など言語同断。本当に相手が好きなのだからこそ、お互いに距離を取るべきなのである。
カップルというのは、一緒に過ごす時間が多ければ多いほどいやおうなく相手のことを深く知ってしまうものであって、もちろんいいところも多く見つかるだろうが悪いところさえも見えてしまう。
これは完璧を他人に求める俺の性格も相まっているけどな。
ならば、もし好きな女の子ができて俺が取るべき一番の選択肢はこれだ。静観である。
気になる女の子がいれば、ふとした時に目が合って心揺られれるだけでいい。
所詮は観賞用の美少女如きなのだ。
「おっと……考えすぎたな…ちなみにさっきの傘あげは恐らく今後何のイベントもおきないだろうからセーフだ。それに、いつのまにか家の前まで来てしまっていたじゃあないか」
この語尾の口調は最近はまっているアニメのセリフだ。少し特殊な作画をしているのだが、面白過ぎるので全人類にお勧めしたい。
「おかえりーお兄ちゃん」
「ただまー」
「ってそんなびしょびしょでどしたの?傘持ってたよね?」
こいつは妹の朱里だ。俺と同じ遺伝子なので勿論ながら可愛い。結婚したい。
「あぁ、どっかで無くしちまったみたいなんだわ」
「ふーん。とりま、ごはんできとるよ」
「わかった。いただくよ」
どうやら我が妹君は既に食べ終わっているらしく、用意を既に片していた。
「相変わらずうめえな。お前の味噌汁。……おかんの味がする」
「…ありがと。これでも料理は得意な方だからね」
エッヘンと胸を張る妹になんか父性が湧きそうになる。
こいつ昔は乱暴で意地汚い奴だったのにいろいろ成長してるなぁ……ほら、物理的にも。
妹の胸が大きく跳ねる。まったく、もしこいつに彼氏なんてできたもんなら即刻殺す。(彼氏を)
母が他界しているのでこいつの面倒は長い間親父と俺で見てきた。年が離れているせいもあるし、なにせ親父が仕事中は常にこいつと一緒にいたせいでこんなことを言っているがどちらかというと父性の方が大きいのである。
ならばこちらも胸を張ろうじゃないか。
「俺こそが真のシスコンであり、親バカなのだ!」
声を大きくして全国放送でそう言いたい。いやもう妹の前では言っちゃてるけど。
「お兄ちゃん相変わらずきもいね。まぁいつものことだけど」
妹の毒舌が俺を刺す。
だがそう、そうなのだ。これこそが俺、沢村孝弘の日常なのだ。