星見の尖塔・入口
獣道のような細い道を通って鬱蒼とした森を抜けると、少し開けた場所に着いた。
少し開けたその場所の真ん中には巨大な塔がそびえたっていた。
森の向こうにすでにその姿は見えていたが、近づいてみると高い。見上げても上が見えないほどだ。
星見の尖塔の前で、御者がアイテムを馬車から出してくれた。
時間は昼頃のはずだが、太陽が雲で陰っていて薄暗い。
おまけに周りが深い森だからより暗く感じる。鳥の鳴き声と風の音と木の葉擦れの音、それにアイテムを下ろす御者の作業の音しか聞こえない。
重苦しい緊張感が漂っていて息が詰まりそうになるんだが。
クロエは馬車の移動に疲れたように体を動かしているが、不安そうとかそんな様子は全くなかった。
さすがはLV98か。
「アイテムボックス、オープン」
唱えると、目の前にアイテムボックスが開いた。
御者が下ろしてくれたアイテムを確認しながらボックスに収納する。
HPとMPの回復用のポーションに攻撃用や防御用のスクロール。
星騎士は攻撃魔法も回復魔法使える万能クラスだが俺はそんなものは使えないし、そもそも戦闘力は皆無だ。
こんなものでも少しでも支援できれば。
あとは脱出用のスクロールに休息用の結界テント。
ポーションも含め、どれも最高級品だ。
金に糸目をつけずに、アルフェリズのアイテムショップを根こそぎする勢いでクロエが買いそろえていた。
案内人は普通のクラスよりかなり広いアイテムボックスを持っているが、それでも収納ギリギリだった。
「では。御武運を」
そう言って馬車が帰って行って俺達だけが残された。
改めて塔の方を見る。
黒い石でくみ上げられた塔だ。アーチ構造があちこちに見える。教会の尖塔を思わせる見た目だな。
その周りはある程度は整地されて石畳が敷かれ、朽ち果てた教会と宿屋のものらしき建物の跡が残っていた。
一応昔は攻略する気があったらしい。いつここが打ち捨てられたのか分からないが。
「ではトリスタン。指示しておきます」
「はい」
「あなたにはマップの確認をしてもらいます。接敵を避けることを最優先にしてください。宝箱も不要です」
「それは……なぜです?」
ダンジョン内の宝箱には時々レア度が高い財宝や装備が入っていたりする……勿体ない気もするんだがな。
「説明の必要がありますか?」
冷たい口調でクロエが言う。ただ。
「できれば。意図が分かる方が判断がしやすいです」
「……ダンジョンの攻略が目的です。消耗を避けて上層に向かいます。最も危険が少ないルートを判断して先導してください」
クロエが言う。
なるほど、戦力を整えて正面突破ではなく戦闘とか宝箱の収集を避けて攻略のみを狙うのか。珍しいやり方だ。
だからこそ案内人が必要ってことなんだろう、ただ。
「もう一つ聞いていいですか?」
「まあいいでしょう」
「なぜ、他にもパーティメンバーを入れないんです?」
まあこれはいまさら聞いても仕方ないんだが。
仮に最短ルートを抜ける攻略をするにしても、戦力は多いに越したことはない。レベリングやアイテムの回収をしないのは嫌がられるかもしれないが。
教会の教義でパーティは4人が基本だ。かつて魔王と対峙した勇者パーティが4人だったことが由来だ。
俺を入れてもあと二人は連れてきても良かったと思うんだが。
俺は戦力にはならないのは分かっているだろうに。
「貴方には関係ありません。それと、戦闘になった場合は貴方も戦って下さい」
クロエが取り付く島もない口調で言う。
そこまで言わなくてもいいと思うが……それより後段の部分の方が問題だ。
「ちょっと待ってください。俺は案内人だ。戦闘能力はとてもじゃないけどついていけませんよ」
星見の塔は複雑な構造もあるが中のモンスターがかなり強かったという記録が残っている。
だから誰もここに寄りつかず、攻略も進まないわけだが。
そんな敵と俺が戦ったらあっという間に殺されかねない。
「当面は止めだけです。経験値はすべてあなたにつけますから、レベルアップしてください。武器と防具はこれを使ってください」
こともなげにクロエが言って、アイテムボックスの中から二枚仕立ての白いマントを取り出した。
淡い魔力の光を放っていて、白い生地には複雑な文様が織り込まれていた。
「巡礼者の外套です。SR装備。物理攻撃を30%の確率で無効化する能力付きで、あと魔法防御が自動でかかります」
「マジかよ」
SR装備なんて、アルフェリズの上位層でもそうは持ってないぞ。
「武器はこれを」
そう言って渡されたのは刀だ。
剣士から派生した上位クラス、侍が好んで使う、両手片手のどちらでも扱える片刃剣。
「これは?」
「剣聖・村雨」
「……本物?」
「SSR武器です。これなら案内人でも装備できますね」
「これって確か……黒鴉城のクリア報酬ですよね」
そういうとクロエが頷いた。
黒鴉城は東方の国家・暁日の最高レベル、難度Sクラスのダンジョンのクリア報酬……と言われているはずだ、確か。
売れば余裕で城が買えるだろう。気軽に貸す得物じゃない。
目を凝らして装備のステータスを確認する。
防護点無効、致命の一撃の発生率を5倍に補正してくれる。まさに必殺の刀。
波打つような刃紋が入った吸い込まれるような美しい刀身。赤みがかった刀身は血で濡れたように輝いていた。
「なかなかよく知ってますね。でも私には震天雷がありますから、使わないんです」
そう言ってクロエが俺を一瞥した。
「これでも戦う気はないというなら、一応立場的に命令も出来ますが」
「いや。必要ありません」
恐らくダンジョンの中の敵は手ごわいだろう。
危険な場所だ。戦えば死ぬかもしれない。
だが俺はそれを望んでいたはずだ。戦う場を、そしてレベルアップする機会を。
この機会にガイドを高レベルまで上げれば……何か変わるかもしれない。
あの檻の中で安穏と朽ちていくと思っていた。だが今は違う。
これは人生を変え得る機会だ。こんなことはもうないだろう。
今は戒律も案内人の役回りも関係ない。しかもこの人は俺がレベルを上げることを咎めるつもりもないらしい。
「準備はいいですか?」
「もちろん」
答えると、クロエが満足げに頷いた。
「早急にまずはレベル20まで行ってもらいます」
「分かってます」
記録に残っている案内人の最高レベルは28。そして、案内人はレベル25で地図探索が強化されることが確認されている。
通路の構造や敵の位置、強さが遠くまでより正確にわかるようになる。
塔に近づくと、まるで俺達を迎え入れるように軋み音を立てながら塔の門が開いた。
薄暗いアーチ状の道がまっすぐ伸びている。天井には青い光がまばらについていた。
まるで星のようにも見える。
夕暮れ時くらいの暗さだ。松明とかはいらないか。
案内人はクラス特性で暗闇でも夜目が効くから通路の奥までよく見えた。
見える範囲に敵は居ない。
何十年も放っておかれたらしき、湿って澱んだ空気と埃っぽい臭い、それにモンスター独特の鼻を突くようなにおいが混ざった空気が噴き出してくる。
促す用にクロエが道をあけた。
前に進み出てダンジョンに入る。
「我が手の地図よ、道を示せ」
頭の中に地図が浮かぶ。真っすぐの道はしばらくして左右に分岐している。奥に進むと吹き抜けがあるな。
地図で捉えられる範囲に敵はいない。
「敵影無し。行きましょう」
完結まで連投します。
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