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花言葉

 闇が迫るにつれて、遠くなるたくさんの足音。


 私にはやることがある。名代の墓に血文字を刻むんだ。私と岸田くんの相合い傘を。報われなかった恋を墓石に刻み込むことで、救われる気がする。


 私、知ってるんだよ。彼岸花の花言葉は、『諦め』の他に『悲しい思い出』もあるんだって。


 血文字で書かれた相合い傘は、きっと彼岸花のように真っ赤だから。こんなにも紅く咲き乱れる墓地で、悲しい思い出の『相合い傘』も彼岸花に見える気がして。そうしたら少しは綺麗だよね。みじめないじめられっ子の最初で最後の恋も、少しは美しく見えるよね……。


 付したまま前進し、名代の墓前で停止。地へしたたり落ちる血を、人差し指につける。それを墓石の正面に書き終えたら、自然と笑みがこぼれた。やっぱり、どこか彼岸花に見えるよ。相合い傘も仲間に囲まれて、なんだか嬉しそう。


 でも、悲しいだけの恋じゃなかったよね。両想いなんて贅沢(ぜいたく)だよ。岸田くんは柿沢ではなく私を選んだ。あのお互いに意識し合っている感覚が、何よりも幸せだった。


 最後まで岸田くんを好きでいられて、幸運だよ。幸福感に満ちたまま逝ける……。


 そう言い聞かせてるのはなぜだろう?


 「岸田くんに会いたいよ……。なんであの時、告白を断ってしまったんだろう。こんな悲しい思い出になるなんて嫌だ! もう一度だけ岸田くんと話したい!」


 叫んでも虚しいだけだ。


 彼岸花が、涼やかで心地よい秋風に揺れる。まるで、夏みたいに燃え盛った恋の終わりを告げるように……。


 闇から顔を出した朧月(おぼろづき)に、自分の命を重ね合わせてみたり。この恋もそうだ。(かす)む月のようにすっかり輝きが失せてしまった。最後くらい素直になって「話したい」と叫んだけど、結局何も起こらなかったな……。


 鈴虫の鳴き声が葬送曲(レクイエム)に思えた時、私は大地に(かえ)った。


◇◇◇


 死を迎えた直後、どこからともなく低い声が聞こえてくる。


 「曼珠花菜さんですね。冥府よりお迎えにあがりました」


 うつ伏せの状態で顔だけ起こして見上げると、江戸時代の確か三度笠だっけ。それを深く被っている、着物姿の人が立っていた。低い声色からして、男性のようだ。


 「どうしました、花菜さん。あなたはもう、この世の者ではない。諦めてこちらへ……。ちょうど彼岸花も見頃。まるで、あなたの死出の旅路を祝しているみたいだ。さあ、来なさい」


 「嫌だ! 柿沢なんかに殺されたくない! 彼岸花に見送られて旅立ちたくない! 結局、私の最後は孤独じゃないの!」


 「いや花菜さん。ご自分でお気づきになられていないかもしれないですが、頭から八方に血を垂らして彼岸花のようですよ。あなたはちっとも孤独なんかじゃない。咲き誇る彼岸花、それに真紅の相合い傘。お仲間はたくさんおられる」


 「私を彼岸花なんかと一緒にしないでよ! 『諦め』とか『悲しい思い出』だなんて、報われなかった恋を思い出す。だから、惨めで……」


 「へぇ、花言葉をよく知ってますね。でも、彼岸花はそれだけじゃない。『再開』もあるんですよ」


 男が三度笠を取ると、M字バングで!


 「花菜、また会えたね!」


 「岸田くん! どうして!?」


 「どうしてはこっちのセリフだよ! なんでフッたの? 学校で柿沢たちが話してるのを盗み聞きしたよ。そ、その……花菜も僕のことを……」


 「好きだよ! でも諦めた。私と一緒にいたら、岸田くんもクラスメイトから嫌われるって! だから、悲しいけどフッたの……」


 「ば、ばかっ! そのせいで僕は、ショックのあまり自殺してしまった! たとえ、みんなが敵でも花菜を守るつもりだったのに! だからラブレターを出したんだ!」


 「そう、私のせいで岸田くんは自殺したんだ。それなら、もうあなたを愛せる資格なんてないね。結局、死んでも私は私。何をやってもダメなままなのね……」


 「ちょっと待てよ! なに卑屈(ひくつ)になってんだっ! せっかく再開できたのに……」


 「『再開』も、彼岸花の花言葉なんだね。でも無意味な再開だよ。やっぱりこの恋は『悲しい思い出』。岸田くんを殺した私なんか『諦め』て、新しい恋をみつけてね……」


 「そんなに花言葉を並べて、すべてを知ったつもりなのか!? 頭から血を流して彼岸花みたいでも、他の花言葉は知らないみたいだな!」


 「なによ、他にはどんな意味があるというの!?」


 「『思うはあなた一人』。花菜、愛してる。ダメなところも、君のすべてを!」


 私は最低だ。せっかく再開できたのに、また諦めて岸田くんを突き放そうとした……。


 「ごめん、ごめんね……。岸田くんの情熱に気づかず、独りよがりなけじめであなたの想いを殺そうとしていた。こんなバカな私でも、好きになってくれますか?」


 「好きになってくれますか? じゃなくて、ずっと変わらず愛してるよ! 僕が思うはただ一人、曼珠花菜(まんじゅかな)だけだから!」


 「私も、岸田くんただ一人を愛してる!」


 二人して、天へ近づいていく。


 「ありがとう、花菜! お互いに『思うはあなた一人』だね!」


 「うん!」


◇◇◇


 後日、天国のSNSで話題になったことがある。


 下界にて、三人の女子高生が水死体で発見されたようだ。川辺には彼女たちのスマホが落ちていたらしい。うちニ人は『人を殺しました』とメモが表示されていたみたい。そして、もう一人の液晶モニターに書かれていたのはーー。


 『思うはあなた一人』

ご閲覧ありがとうございました。

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