殺人事件
ご閲覧ありがとうございます。血が出るのみのライトな作品なので、グロさは控えめです。
後頭部をやられた。流血が止めどない。
闇の中、私は残された意識をふり絞る。そしてまるで亀が水へ入っていくかのようにズリズリとほふく前進をした。
先祖名代の墓に相合い傘を刻むためーー。
◇◇◇
思い起こせば4時半頃。5時半には日が沈むから帰宅部の活動中、道路脇にある我が家の墓へ立ち寄った。
鈴虫が涼やかに鳴けるほど、墓には彼岸花を始め雑草が乱雑と生い茂っている。
「もうすぐお彼岸だから急がないと」
手提げ鞄を開け、軍手・ごみ袋を取り出す。それから高校のカッターシャツとスカート姿のまま、てきぱき除草をする。
やがて、倒壊した住みかから鈴虫たちが飛び出してきた。作業は滞りなく進行中だが、招かれざる客の浸入を許してしまったらしい。
「あれぇ、誰かと思えば曼珠花菜じゃない。自分ちの墓を綺麗にして、これから自殺でもするつもり?」
この吐き気を催すほど下劣な声は、柿沢紫歩紀だ。先に会話が聞こえたので、恐らく西條梨々花と愛宕夢籠も一緒だろう。
彼女たちはいつも私を口擊する。調子に乗れば手も出す。
去年の今頃生徒玄関でいきなり柿沢にからまれた。その時、「岸田くんは花菜が好きらしいけど付き合ったら殺す」と脅された。
以来私を始末したいほど岸田くんが好きな柿沢と、その仲間たちからいじめられてる。靴を隠され、イスに手足を縛りつけられて体育倉庫に監禁なんてこともあった。
◇◇◇
いじめのきっかけは、始業式後の蝉時雨がうるさい昼時。
一人さびしく帰ろうとしていた私は、腰をかがめて靴箱へ上靴を収めた。すると、運動靴に白い手紙が乗っかっている。ネット時代に古くさいとも思ったが、岸田くんからのラブレターだったので最初の考えは払拭した。
内容は『好きだから。返事がほしい。体育館裏に来てくれ』と。
手紙に従い向かえば、岸田くんが一人呆れたような顔で立っている。もしかして、待ちくたびれてるかも。
急いで彼の下へ向かったら、いきなりため息を吐きかけられる。
「ふぅー、まさか現代に手紙なんて出すとは思っていなかった。なんでスマホ持ってるのに、全然SNSしてないの?」
「ご、ごめん」
苦言を呈しているにも関わらず、頬を茜に染めている岸田くん。私は、少し恥ずかしくも嬉しくなった。
「あ、あのさあ。伝えたい気持ちは手紙の通りだから……。返事を頼む」
うつむきながら願うその姿は可愛くもある。
「へ、返事……。あ、あのっ。えっと……」
岸田くんがゴクリと生唾を飲み込んでいる。
「あえっと、ごめんなさいっ!」
すぐに背を見せ、立ち去ってしまった。
◇◇◇
あの時の私は素直じゃなかった。本心は、『私も好きです』って言いたかったのに。学年で孤立している私と陽キャな岸田くんじゃ、釣り合わないという気持ちが先立ったから。SNSをしなかったのも、岸田くんが私なんかをフォローしてると知られたら彼もいじめられるような気がして……。
柿沢たち3人の罵詈雑言は聞かないフリして、除草をする。しかし柿沢が私の襟首を掴んでからは、嫌でも意識を奴らだけに向けるしかない。
「お前なぁ、岸田くんをフッたくせになんで嫌われてないんだよ! いくらあたしが好きってメッセージ送っても、既読無視か『諦められない人がいるから』と断られるんだっ! そこら辺に生えてる雑草くらい価値がないお前の、どこに魅力があるというんだよ!?」
「わ、私に魅力なんてありません。岸田くんはどこか感覚がおかしいのでしょう」
つい岸田くんをディスってしまったのは、保身のためじゃない。好きだけど恥ずかしい本心を、ごまかしたかったから。素直からほど遠い自分が嫌になる。
「岸田くんはおかしい? 嘘をついてんじゃねえ! このラブレターはなんだよ? 岸田くんへの想いが綴られているだろっ! なにが『あの時、フッたのは自分に自信がなかった。でもあなたの気持ちを考えたら、胸が苦しくて……』だよっ!」
そう叫んだ西條の手にぶら下げられている、ピンク色の封筒。机に入れていたはずなのに無くしたから不審に思ったけど、こいつらが持っていたのか。
「お前、今でも岸田くんが好きなんだろ? なんでフッたんだよ! 訳わかんねえよ!」
愛宕の疑問に続いて、柿沢が咆哮した。
「お前もう死ねよ!」
「いいえ、死ねません。まだ、彼岸花がたくさん残っています。草取りをしないとお彼岸が来てしまうから……」
内心、いじめられて辛いから自殺したい気持ちもある。だけど柿沢に言われるがまま、あの世へ旅立つのは悔しかった。
「うるせえよ! お前が死ねば岸田くんはあたしに振り向くの! いや、どんな手を使ってでも振り向かせるの! お前さえ、お前さえいなければっ!」
柿沢が私の襟首から手を離したと思えば、まるでゴミを扱うかのように冷酷な顔で突き飛ばしてきたーー。
盛夏に死線をくぐり抜けてきたスズメバチが、後頭部に針を残していったかのような激痛がする。その後、私の意識は朦朧とし始める。
「ちょっと紫歩紀! こいつ、灯籠の角に後頭部をぶつけちゃった! ヤバいほど血が出てるよ!」
西條の声を、彼岸から聞いている感覚。
「紫歩紀、逃げよう!? 誰も見てないんだし……。あんたが犯罪者になれば、岸田くんから嫌われるよ! あたしと梨々花も、紫歩紀の紹介で彼氏ができた。あんただけ、いない歴=年齢なんてかわいそうだから。その一途さ、あたしは好きだよ!」
「夢籠、ありがと。『花菜は自殺しました』ということにしない? 幸いSNSの時代だから、噂はいくらでもねつ造できるし。遺書もテキトーに書いておこうか!」
「そうだね。これで、紫歩紀にもようやく『春』がやってくるよ!」