カエル王子と勇気の木の実
あるところにカエルの国がありました。
カエルの国には3人の王子がいました。
一番上の王子は力強く立派なおたまじゃくしでした。
二番目の王子は賢く頭の良いおたまじゃくしでした。
最後の三番目の王子は身体が弱く怖がりなおたまじゃくしでした。
女王様は特に三番目の王子を可愛がり、大切に育てました。
危険がある場所へは近づかせない。何をするにしてもお供をつける。王子が欲しがったものは何でも買ってあげました。
◆ ◆ ◆
ある日、一番上の王子が病気で死んでしまいました。
続いて二番目の王子が鳥に食べられてしまいました。
残った三番目の王子が王様になって国を治めることになりました。
ですが、カエルの国の大臣たちは不安がりました。
「あんな怖がりな王子が王様なんかになれるのだろうか?」
みんな口々に言いました。
女王様は王子様に王様になってもらいたかったので、ほとほと困りました。
そこでカエルの女王様は王子を連れ、魔法使いに相談をしに行きました。
魔法使いは、「ふむ」とヒゲをねでてから一枚の地図を王子に渡しました。
女王はそれを王子から受け取り、開いてみます。
「これはなんの地図ですか?」
「それは、勇気の出る木の実の地図です」
「勇気の出る木の実?」
「そう。その木の実を一口食べれば夜を恐れなくなり、二口食べれば剣を持って戦えるというものです。勇気の出る木の実を食べれば王子も立派な王様になれるでしょう」
「それは素晴らしいわ。さっそく兵に取りに行かせましょう」
「ただし」
ぴしゃりと魔法使いは言います。
「木の実を食べに行くのは王子一人だけです。この木の実は一人の力で食べに行かなければならないのです。でなければ、木の実はたちどころに腐ってしまいます」
その言葉にカエルの女王は顔を青くします。
王子を一人、遠いところまで行かせるなんて女王は考えられません。
行く途中でどんな危険があるかわからないのです。
女王はなんとかして、自分も付いて行きたいと言いましたが、魔法使いは首を振り続けました。
「王女。これは仕方のないことなのです。王子一人で頑張らなければならないことなのです。あなたにできるのは王子を見送り、無事帰ってくることを祈ることだけです」
結局、王子は一人勇気の木の実を探しに行くことになりました。
王女は王子にできるだけのものを用意しました。
美味しいご飯と水、立派な剣、豪華な服、歩き易い靴。
お金をたくさん使いそれらを用意させました。
「いいかね。誰かの力を借りたり、一度でも帰りたいと思ってしまうと、木の実はたちどころに腐ってしまうからね」
「うん。わかってる」
王子の旅立ちの日、魔法使いはもう一度王子に念を押しました。
「怖くなったらいつでも戻ってらっしゃい」
王女はハラハラと白いハンカチを振りながら言いました。
王子はドキドキと胸を高鳴らせて一歩を踏み出しました。
◆ ◆ ◆
最初、王子の足取りは軽く、どんどん道を進んでいきました。
ですが、しばらくして後ろを振り返ると、とたんに心細くなりました。
後ろを振り返っても知っているものはありません。周りには誰も居ません。
いつも一緒にいてくれた女王も付き添いの人もいないのです。
王子は心細くなって、木の下で泣き始めてしまいました。
すると、そこに三匹のカエルが現れました。
彼らはカエルの国のカエルたちでした。
一番左のカエルが言います。
「大丈夫ですか、王子様。わたしたちは王女の言いつけであなたを追いかけていたのです。もしも、あなたが勇気の木の実を捜すのがイヤになったらいつでも戻れるようにと後をつけてきたのです。さあ、心細いでしょう。もう国へ帰りましょう」
「でも、ボクは勇気の木の実を見つけなくちゃならないんだ。それを食べて王様にならないといけないんだ」
「なにを言いますか。あなたはまだ足も生えていないこどもです。さあ、女王様のもとに帰りましょう。温かいご飯が用意されていますよ」
左のカエルは王子に手を伸ばします。大きなその手はとても頼りがいがあります。
ですが、王子の頭の中に魔法使いの言葉が聞こえてきます。
『もしも、誰かの力を借りたり、一度でも帰りたいと思ってしまったら、たちどころに木の実は腐ってしまうからね』
その言葉を思い出し、王子は伸ばそうとしていた手を引っ込めました。
「だめだ。ボクは木の実を探すんだ」
王子はそう言い、三匹のカエルに背を向けました。
◆ ◆ ◆
やがて、またしばらく進むと今度は道の真ん中にヤゴがいます。
ギロッとヤゴに睨まれて王子は石の影に隠れてしまいました。
王子は王女から渡された剣を抜きます。
ですが、身体は震え、一歩を踏み出せません。
「お困りですね。王子様」
再び三匹のカエルが現れました。
一番右のカエルが言います。
「王子様。あんなやつはわたしたちが倒して見せましょう」
右のカエルはすらりと剣を抜きます。王子の持つ剣よりはるかに長く使い込まれている剣です。
「だ、だめだよ。ここで助けてもらったら木の実が腐っちゃう」
「なに、大丈夫ですよ。きっとバレません。第一、王子様はまだ手も生えていないではありませんか。それなのにあんなやつと戦うなんてどうかしています。さあ、ここはわれわれに任せてください」
ヤゴと王子の間に三匹のカエルが立ちふさがります。
その背中は大きく、たくましいものです。
思わずその背中に全てを預けてしまいたくなります。
ですが、再び王子の頭の中に魔法使いの言葉が聞こえてきます。
『誰かの力を借りたり、一度でも帰りたいと思ってしまうと、木の実はたちどころに腐ってしまうからね』
王子はカエルたちの間から身を乗り出します。
「なにをするつもりですか?」
「ボクが頑張らなくちゃならないんだ。ボクだけで頑張らないといけないんだ」
王子は剣を振り回し、ヤゴに向かっていきます。
ヤゴは前足を使い、王子を払いのけます。
そのたびに王子は地面に叩きつけられてしまいます。
カエルたちは王子を助けようとしますが、そのたびに王子が「来ちゃだめ!」というので、手を出せません。
やがて、ヤゴの手を一本切り落とすことに成功しました。ヤゴはスタコラと逃げていきます。
王子はボロボロのドロだらけになりながらも先を目指しました。
◆ ◆ ◆
ついに地図の場所までもう一息というところまで来ました。
ですが、その前には大きな崖があります。
王子はそこを登らなければなりません。
身につけている服や帽子を脱いで身軽にして、王子は崖を登り始めました。
王子は必死に登っていきます。しかし、その崖はすごく高くて険しく険しいため、半分も登らないうちに王子は体中が痛くなってしまいました。
それでも王子は諦めずに上を目指して登っていきます。
ですが、その途中で崖の下から声をかけられました。
「王子様〜! 王子様〜!」
先ほどの三匹のカエルたちが崖の下で王子を呼んでいます。
しかし、それまでと違い、とても必死の様子です。
真ん中のカエルが大きな声で言います。
「王子様〜! 大変です! 女王様が病気になってしまいました! 急いで国に戻ってください!」
その言葉に王子はびっくりしました。
女王が病気となれば、国に帰らないわけにはいきません。でも、あと少しで崖を越えて勇気の木の実を手に入れることができるのです。
それにここで引き返せば、もう二度と勇気の木の実は手に入らないのです。
それにもしかしたら、女王が病気なんてうそかもしれません。王子に帰ってきて欲しくて女王がうそをついたのかもしれません。
「王子様〜!!」
しかし、必死に王子を呼ぶカエルたちの声はとてもうそをついているようには思えませんでした。
王子は決めました。
◆ ◆ ◆
ベッドの上で女王は苦しそうにしています。
王子はその手をぎゅっとにぎりました。
「ママ……」
太っていた女王様はすっかり痩せてしまい、顔にはしわがたくさんできていました。
顔の色はロウソクのように白くなっています。
「ああ、王子。あなたが出て行ってからどれだけ時間が経ったでしょう。わたしは心苦しくて食事ものどを通りませんでした。ですが、あなたの邪魔にはなりたくなかったのです。それなのに、結局わたしはあなたを引き戻してしまった」
女王は王子の手を弱弱しくにぎり返しました。
「これであなたは勇気の木の実を手に入れることはできない。立派な王様になることはできないのです」
女王は涙ながらに王子に謝りました。
離れていても女王はつねに王子のことを思っていたのです。
「そんなことはもういいよ。お母さん。わたしは木の実がなくてもなんとかしてみせるよ」
王子は言いました。
血の気の引いた母の顔に微笑みかけます。それは力強い笑いでした。
「王子が戻ったそうだな」
そこへ魔法使いが現れました。
コツコツと杖をつきながら、王子のもとまで歩いてきます。
「ああ、魔法使い様。残念ですが、ボクは木の実を手に入れることはできなかった。勇気を手に入れることはなかった。あなたの忠告を破ってしまったからです」
王子は申し訳なくて、魔法使いに頭を下げます。しかし、魔法使いはそれを制して王子に言いました。
「王子。何を言っていますか、あなたはもう立派な王様ですぞ。さあ、あの泉に顔を映して御覧なさい」
言われるままに泉をのぞくとそこには立派なカエルがいました。
長い手足、大きな目、尻尾はもう無くなっていました。
「どうして。ボクは勇気の木の実を手に入れることはできなかったのに」
「確かにそうです。ですが、木の実は勇気を手に入れる手段の一つに過ぎません。あなたは木の実を食べずとも勇気を得たのです。女王の身を案じ、帰ってくるその優しさもまた勇気なのです」
魔法使いは王子の頭に王冠をのせてやりました。
そこにはもう怖がりで弱々しい王子はいませんでした。苦難を乗り越え、甘い声を振りきり、優しさに目覚めた、それはそれは立派な王様でした。
王子は王様になりました。
女王ももうすっかり良くなり、新しい王様の姿を見ています。
カエルの国はみんなが仲良く暮らす平和な国となりました。
カエルの王子の冒険は国中に広がり、末永く言い伝えられました。
END
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