007 奇跡のジョウロ
「そういえばミレイユ様、肥料の購入を忘れていませんか?」
「なんだったら土の購入も忘れちゃったけど、まぁいいや! その辺の土にこのジョウロで水を撒けばなんとかなるでしょ!」
「それは流石に栽培というものを軽視しすぎでは……」
「へーきへーき、やってみてダメなら肥料と土を買えばいいのよ!」
「ですが、芽が出るまで1週間はかかりますよ。仮に問題なく発芽したとしても、そこから先がどうなるやら……」
「だ、ダイジョーブ、ダイジョーブ……キット、ダイジョーブ、ダカラ……」
「私はかまいませんが、ちゃんと忠告しましたので、そのことをお忘れなきように」
「分かってるもん! 口うるさいじぃやだなぁ!」
「ここまで言わないとミレイユ様はじぃやのせいにしますからね」
「ぐっ」
そんなわけで、トマトの家庭菜園を行うことにした。庭にある空のプランターに掘り起こした土を入れ、種をまく。そこへジョウロで水やりをして終了だ。水の量は直感に任せる。
「グチグチ言うけどさぁ、元はといえば種を買おうとしている私に土や肥料のことを言ってくれなかったじぃやが悪いんだからね! 何かあったらじぃやのせいだもん!」
「なっ……! 早くもじぃやのせいに……!」
じぃやは口をあんぐりしつつ作業を続ける。買ってきた大工道具の数々を巧みに使い分けて、愛馬と牛のお家を造ろうとしていた。角材が見る見るうちに建物の骨格へ変わっていく。
「ミレイユ様、その牛には名前をつけないのですか? 今のままですと、フレッド様と同じで名もなき乳牛になってしまいますよ」
「それもそうね」
私は牛に視線を向ける。牛も嬉しそうにこちらを見ていた。
「名前、つけてほしい?」
「モー♪」
人の言葉が分かるようで、ペコペコ頷いている。
「オッケー、なら名前をつけてあげよう!」
縁台に腰を下ろし、我が家の壁にもたれながら考える。
「決めた! ウシオ君にしよう!」
「ミレイユ様、その牛は雌牛ですよ」
「んがっ」
「乳牛なのだからメスに決まっているじゃないですか」
「くぅ……! 揚げ足取りのじぃやめ……!」
「いやいや」と苦笑いのじぃや。
「だったらウシコちゃんにするもん! ウシコちゃんで決定!」
「モー♪」
どうやらウシコちゃんという名前が気に入ったようだ。
「これからもよろしくね、ウシコちゃん!」
私は立ち上がり、ウシコちゃんを撫で回す。
じぃやの作業が一段落したら、庭で夕食をとることにした。私とじぃや、それにバリチェロとウシコちゃんで仲良くご飯を堪能する。私とじぃやが食べていたのは牛肉と馬肉だったのだけれど、そのことは内緒にしておいた。
◇
そして、次の日――。
「ミレイユ様! 大変ですよ! ミレイユ様! 早く起きて下さい!」
じぃやの激しいノックで目を覚ました。
「なによー、もう! まだ朝も朝じゃんかぁ!」
ボサボサした朱色の髪をそのままに、寝ぼけ眼をこすりながら扉を開ける。
じぃやは朝っぱらから燕尾服をばっちり決めていた。
「来て下さい! ミレイユ様!」
「だめぇ、足が歩きたくないって言ってるぅ! じぃや、おんぶしてー」
「仕方ありませんねぇ」
じぃやがおぶってくれる。左腕だけしか使っていないのに安定していた。
私はじぃやの背中に頬を当て、あくびを連発する。
じぃやは階段を降りると、そのまま家を出た。ちゃっかり私の靴を持っている。
「これを見て下さい!」
じぃやは私を下ろし、靴を履かせると、家庭菜園用のプランターに手を向けた。
「奇跡のジョウロの力でもう芽が出ちゃったの?」
「芽どころじゃありませんよ」
「えっ」
私はプランターを見た。口が半開きになる。
「花ですよ! 花! 花が咲いております!」
そう、トマトは発芽を通り越して花を咲かせていたのだ。