015 商品の選択
「酪農家も商売人だから、始まりは他の商売と変わらない。まずは商品の選定だ。自分の売る商品を決めることから始まる」
フレッドさんがやってきたのは、巨大な牧場の端にある倉庫だ。そこには大量の木箱が積まれていた。箱の側面には中身について書いたラベルが貼られている。
「俺の場合は乳製品全般を扱っている。牛乳、バター、ヨーグルト、チーズ辺りが主力だが、他にも牛乳を使った酒や菓子も手がけている」
「すごっ! じぃや聞いた? フレッドさん、すっごいよ!」
「いやはや、驚きですな」
フレッドさんは「まぁな」とドヤ顔。決して謙遜しない。
「それにこの倉庫もすっごいよ!」
「まさに乳製品のお城ですな」
私とじぃやは目をキラキラさせながら倉庫の品々に眺める。
「お前達の場合は牛乳一本で――って、おい、話を聞けよ!」
「えへへ、ごめんなしゃい!」
フレッドさんは「やれやれ」と苦笑い。
「で、お前達は牛乳を売りたいんだよな?」
「そうです!」
「なら次に決めるのは価格だ。これは店に並ぶ商品の価格ではなく、商業ギルドに卸す時の価格のことだ」
「商業ギルド……?」
「ミレイユ様、我々が利用している小売店は、商業ギルドから仕入れているのです。今回の場合、酪農家からギルドへ、ギルドから各小売店へ、そして小売店から消費者へ商品が流れるわけですな」
「ほっへぇ!」
「じぃやの言う通りだ。で、商業ギルドは慈善団体じゃないから、仕入れ値に色を付けた価格で小売店に流す。小売りも同様だ」
「それって、消費者はすごく高い価格で物を買っているってことですか?」
「そうだ。商品にもよるが、概ね3~4割増しの価格で買っている。例えばウチの主力商品であるこのチーズだが……」
フレッドさんは近くの木箱からチーズの箱を取り出した。
「あ、そのチーズ、我が家にもありますよ!」
「ふふ、美味いだろ?」
「はい! とても美味しいです!」
「このチーズ、1箱いくらで買った?」
「たしか800ゴールドだったと思います。 ――だよね? じぃや」
「正確には798ゴールドでございます」
「まぁそのくらいだろう。だが、俺はこれを615ゴールドで商業ギルドに売っている」
「ええええ! 約3割も高くなっているじゃないですか!」
「そういうことだ。物によっては4割以上高くなることもある」
「なんとまぁ!」
「価格を決める時は、何ゴールドで消費者が買うのか、ということも考慮しなくてはならない。だからといって安すぎてもいけない。需要と供給のバランスを見極め、最適な価格を設定する必要があるわけだ」
「む、難しい……」
「ま、この点はそれほど悩まなくてもいいぞ。商業ギルドの人間に相談すれば、向こうで適切な価格を決めてくれる」
「分かりました!」
「商品についてはこんなところだろう。次は商業ギルドに行ってみるか」
「はい!」と元気に頷く私。
一方、じぃやは険しい表情で「少しいいですかな?」と待ったをかけた。
フレッドさんが「どうぞ」と頷く。
「競合相手の分析が必要ではないでしょうか?」
「競合相手って?」
意味が分からず首をかしげる私。
「要するに同業者です。同じような商品を売るライバルがたくさんいます。そういった方々に対抗する手段がなければ、物は売れないのです」
あー、と納得する私。
フレッドさんが「ほう」と笑う。
「じぃや、あんたは商売の経験があるのか? なかなか分かっているじゃないか」
「いえいえ、本でかじっただけの知識です」
「あんたの言う通り、競合相手の分析は大事だ。しかし、それは商品の選択肢が無数にあり、状況に応じて売り物を変えられる場合に限る。あんたらの場合は牛乳しかないだろう? 相手がどんな商品であれ、売るのはあの牛乳だけだ。ならば、考えるのは競合相手のことではなく、あの牛乳を売り込む方法だ」
「え? 売るのは商業ギルドや小売店の方ではないのですか?」と私。
「その商業ギルドに売るのは誰だ?」
「酪農家……って、そっか!」
「気づいたようだな。商業ギルドの食指を動かせなければ、商品を取り扱ってはもらえない。それに、商業ギルドは小売店に商品を流す時、俺達と同じ宣伝文句で商品を売る。いかにいい商品でも、商業ギルドにしっかり宣伝できなければ、その魅力を小売店や消費者に届けることはできない」
とても分かりやすい説明だ。
私とじぃやは「おお!」と感嘆しながら拍手する。
フレッドさんは照れくさそうに頭を掻いた。
「幸いにもミレイユ達の牛乳は味で勝負できる。この場合は楽勝だ。いかに生産コストを抑えるかだけ考えればいい。生産コストさえ抑えられるのであれば、あとのことは深く考えなくても成功するだろう。『安くて美味い』に勝る魅力はないからな。分かったら商業ギルドに行くぞ」
フレッドさんは時計を確認し、「時間が惜しい」と言って倉庫を出た。
「じぃや、私達お金持ちになっちゃうかな? かな!?」
「気が早いですぞ、ミレイユ様。ですが……そうなっちゃうかもしれませんな!」
私達は、ぐふふぐふふ、と笑った。




