013 杞憂の懸念
次の日――。
いつもは朝に弱い私だが、この日は早朝からお目々がパッチリだった。朝が楽しみで仕方ないから、昨日はいつもより3時間早く寝たのだ。
何が楽しみなのかというと、ずばり庭のプランターに植えたトマトである。
「昨日の朝の時点で花が咲いていたのでまさかとは思いましたが、これほどとは……」
「やっぱり凄いよ! 私のミラクルジョウロ!」
トマトは完全に仕上がっていた。じぃやが念の為に立てておいた支柱に絡みつく形で茎が伸びている。種をまいてまだ二日なのに実がなっていた。大玉が約20個。実の色は綺麗な赤色で、既に熟していた。
「このトマト、早速食べようよ!」
「もちろんです。それでは、ミレイユ様の大好きなピザでも作りましょうか」
「やったー! じぃやのマルゲリータだぁ!」
「ふぉっふぉっふぉ、しばしお待ちを」
じぃやはトマトを収穫し、家の中に戻っていった。
私はプランターを眺めながら呟く。
「トマトの味が美味しかったら農園もありね」
とりあえず、今日のところは牛乳の販売について考えよう。
◇
「今日の牛乳も問題なく美味しいですな」
「ウシコちゃんの牛乳に自家製トマトをふんだんに使ったマルゲリータ……もう最高!」
牛乳の販売にあたって懸念していたことがある。
それは牛乳の味が安定するかどうか。通常の酪農であれば、そう易々と味は変動しないだろう。しかし、私達の場合はミラクルジョウロを使っているから、昨日と同じクオリティを今日も維持できるとは限らなかった。もしかしたら今日の牛乳はゲロマズに……という可能性も十分にあったのだ。
この点に関してはひとまずクリアしたと言っていいだろう。今日の牛乳も昨日と同じ味で、文句なしに美味しい。ありがとう、ウシコちゃん。
とはいえ、これで完全に解決したわけではない。味に関する懸念はまだあった。
「こちらがウシピッピちゃんの生乳で作った牛乳です」
「ジョウロの力が伊達でないのなら、この牛乳も美味しいはず……!」
第二の懸念点は、別の牛からも同品質の牛乳を得られるかどうか。この点を確かめるべく、昨日、じぃやと協力して野良の乳牛を捕獲した。
名前はウシピッピちゃん。体つきはウシコちゃんより貧相で、モーモータウンの人達は口を揃えて「餌が足りていないんじゃない?」と評した。
「それでは……!」
ウシピッピちゃんの牛乳を飲む。
牛乳が喉を通り過ぎた瞬間、自然と笑みがこぼれた。
「ウシコちゃんの牛乳と同じ味がする! これならいけるよ!」
素人の舌では、ウシコちゃんとウシピッピちゃんの牛乳がどう違うか分からない。どちらも濃厚でまろやか、それでいて後味にえぐみがない。これぞまさに芳醇と言う他ない味だ。
「じぃやもミレイユ様と同感でございます。ウシピッピちゃんもイケますね」
「だよねー!」
ミラクルジョウロの万能性が証明された。目下の懸念点は解消したと言えるだろう。
「これなら酪農家としてやっていけるかも!」
じぃやは「ですな」と頬を緩め、自分の作ったマルゲリータを平らげる。
「食事が終わったら酪農家のことを教えてもらいに行こっ!」
「承知いたしました!」
笑顔で頷くじぃや。よく見ると、目に涙が浮かんでいた。
「じぃや、どうしたの? 泣いているようだけど」
「失礼……。これは嬉し涙でございます」
「自分の作ったピザが美味しすぎて感動しちゃった?」
「いえ、ミレイユ様がご立派に過ごされていることに感動しているのです。ずっと聖女として生きてこられたので、外の世界はじぃやの想像が及ばないほど不安でしょう。なのに、そういうことをおくびにも出さず頑張っておられる。その逞しいお姿が嬉しいのです」
私は「そういうことね」と笑う。
「たしかに不安よ。でも、私にはじぃやがいるから」
「ミレイユ様……」
「じぃやと一緒なら、何だってへっちゃらって感じがするもん」
「ありがとうございます、ミレイユ様……!」
じぃやはボロボロと泣き始めた。
「やれやれ、年寄りは涙もろいから困るわね」
と言いつつ、私の目にもいささかの涙が浮かんでいた。もらい泣きだ。じぃやの馬鹿。




