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011 稲妻のフレッド

 ミーティングが終わると、フレッドさんはこちらに振り返った。


「それで俺に何か用か? 忙しいから手短に頼むぜ」


 フレッドさんがぎろりと睨んでくる。集まっていた部下の方々は、逃げるように離れていった。


「その、私、ぎゅ、牛乳をですね」


「はっきり言えよ! ガキじゃねぇんだからよ!」


「ひぃぃぃぃぃ! 牛乳を持ってきましたぁー!」


 ビクビクと震えながら、ウシコちゃんの荷台にある木箱を開く。残っている牛乳瓶の数は三つだけだ。フレッドさんと私、それとじぃやの分。本当は私達の分などなかったのだが、二軒が留守だったのでそうなった。


「牛乳を持ってきた?」


 フレッドさんのこめかみがピクピクする。


 次の瞬間――。


「もしかしてウチの商品に何か問題でもありましたか? 迅速に対応させていただきますので、何なりとお申し付けくださいませ」


 フレッドさんは営業スマイルを顔に張り付かせ、揉み手をし始めた。口調も敬語になっていて、まるで別人のようだ。これなら話しやすい。


「いえ、そういうわけじゃなくて、私もこの町の皆様に倣って牛乳を作ったのです。なので是非、飲んでやっていただけないでしょうか。可能であればアドバイスなんかいただけると大変嬉しく……」


「はぁぁぁ? てめぇの作った牛乳を飲んでアドバイスをくれだぁ? そんなしょうもない用件でウチに来たってのかよ、えぇ?」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」


 自社製品に対するクレームではないと分かった瞬間、フレッドさんは元に戻った。鼓膜が痛くなるほどの声でぎゃんぎゃん言ってくる。私の心はきゅっと縮こまっていた。


「あはは、やっぱりダメですよね。お忙しいところすみませんでしたー!」


 数歩後ずさり、「それではこれで」と逃げの態勢に入る。


「待て。誰もダメとは言っていないだろ」


「じゃ、じゃあ、飲んでいただける……?」


「かまわないよ。俺も最初は他の酪農家に教えてもらったものだ。牛乳作りは奥が深いからな。自分の世界に籠もっているだけじゃお客様を笑顔にはできん」


 フレッドさんの口調が柔らかい。それにセリフもなんだかカッコイイ。


「なんだかフレッドさんがいい人に見えます……」


「なんだとぉ? お前、俺が悪党だと思ってんのか!」


「ひぃぃぃぃ! 滅相もございません! ごめんなさい! こちらが牛乳になりますぅ!」


 大慌てで牛乳瓶を渡す。恐怖のあまり全身から汗が噴き出ていた。


「なんだぁ? ロゴなしの瓶じゃねぇな。酪農家じゃないのか?」


「あ、はい、只の一般人です。昨日、挨拶の際に言った通りです、はい」


「昨日の挨拶って……ああ、あんた、この町に引っ越してきた爺さんの孫娘か!」


「えっと、じぃやは私の祖父ではなくてですね、その……」


「どうでもいい」


 フレッドさんは聞く耳を持たず、瓶の蓋を開けた。他の酪農家みたいにすぐさま飲むのかと思いきや、まずは鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。


「悪くない香りだ。濃いわりに飲みやすそうだな」


「匂いだけでそこまで分かるのですか!?」


「お前が話しているのは稲妻のフレッドだぜ? 当たり前だろ?」


「カッコイイ……!」


 私の中でフレッドさんの評価が変わりつつあった。只の怖い人から、怖いけどカッコイイ人へ。それにじぃやの言う通り、根はいい人そうだ。


「この牛乳、弄ったのか?」


「えっと、牛乳を弄るというのは……」


「生乳をただ加工しただけなのか、それとも成分を調整したのかってことだ」


「ああ、それでしたら、弄っていません!」


「ま、個人が趣味で作るならそれが普通か」


 やや小馬鹿にした感じで、フレッドさんは牛乳瓶に口を付けた。


 牛乳が口内へ流れ込んでいく。ゴクッと音が鳴り、喉を通過していった。


 他の酪農家と同じで、フレッドさんも一口飲むと固まった。だが、そこからは他と違う。他の人は一気に飲み干したが、フレッドさんは飲むのを止めた。


「お前……」


 フレッドさんが睨んでくる。


 私は震え上がった。


「すみません、お口に合いませんでしたよね。自分では上出来だと思っていたのですが……」


「いや、そうじゃない」


「と言いますと……?」


「俺は嘘をつくのが嫌いだ。だから本音で話そう」


「は、はい、お願いします」


「…………」


 フレッドさんは何も言わず、再び牛乳を飲んだ。


(本音で話すのでは……?)


 首をかしげる私。


 ほどなくして、フレッドさんは真剣な顔で私に言った。


「信じがたいことだが、この牛乳はウチで販売している最上位ブランドの牛乳よりも美味い。正直、これほど美味い牛乳を飲んだのは生まれて初めてだ」


「ま、またまた、ご冗談を……」


「この顔が冗談を言っているように見えるか?」


 フレッドさんは真顔だ。


「いえ、見えません。じゃあ、本当に……?」


「ああ。これにケチをつけるなんて無理だ。アドバイスが欲しいと言っていたが、それはこちらのセリフだ。可能であれば教えてほしい。どうやってこの味にたどり着いた?」


「えっと、その……」


 予想だにしない展開で頭が真っ白だ。どうしたものか分からない。


「すまん、そう易々と教えるわけにはいかないよな、忘れてくれ」


 フレッドさんは勝手に話を終わらせると、私を見て微笑んだ。


「ありがとう、ミレイユ・ガーネット。お前のおかげで更なる高みを目指せそうだ」


「そ、そんな大袈裟な。こちらこそありがとうございます、飲んでいただいて。その、よろしければフレッドさんの牛乳をいただいても……」


「悪いが断る。ウチのも美味いが、お前ところの牛乳と比べると不出来だ。もっとレベルを上げてからプレゼントさせてもらうよ」


「は、はい、分かりました」


「ところでミレイユ、木箱にはまだ牛乳が残っているようだが」


「はい、あと二本あります」


「よければ譲ってくれないか? 味を覚えておく為にもっと飲んでおきたい。もちろん相応の金は支払う。だからどうだ? 一本だけでもいいから頼む」


「ウチのでよろしければ無料でお譲りしますよ。家にはまだたくさんありますので」


「本当か! 感謝する! このお礼は必ずさせてもらう。何かあったら遠慮せず頼ってくれ。俺は受けた恩はしっかり返す男だからな」


「はい! ありがとうございます!」


 こうして私は、フレッドさんに牛乳を譲り、帰路に就いた。


 フレッドさんを唸らせたことで確信した。


 ミラクルジョウロは牛乳にも影響を及ぼすのだ、と。

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