001 聖女の解任
その日も私は、王宮にある聖女の間でじぃやと過ごしていた。ベッドサイドに座って朱色の髪を指でクルクルしながら、目の前の可愛らしい椅子にかけている燕尾服の老人と話す。
「でさぁ、南米のすっごい深い森でね、一ヶ月も迷子になっちゃったんだよね」
「ふぉっふぉっふぉ、ミレイユ様の異世界話は相変わらずよく出来ていますなぁ」
「もー、本当なんだってばー!」
10年以上前から齢75の見た目を維持している年齢不詳のじぃやは、愉快げに笑ってご立派な白い髭を撫でる。
「じぃや、そろそろ庭に行きたいわ」
「ではまいりましょう。ミレイユ様、聖女の間を出る際は――」
「分かってるって! このティアラでしょ?」
「さようでございます」
膨大な魔力を有し、国の安寧を司る奇跡の女性――聖女。
幸か不幸か、私は聖女としてこの国・ホールデン公国の平和を守っている。といっても、私自身が何かするわけではなく、聖女の間で大人しくしているだけだ。あとはこの空間の不思議な装置が私の魔力を吸い取り、国土へ還元していく。外出する際は、聖女の間へ魔力を送る専用のティアラを身につける必要があった。
自由に外を出歩けない窮屈な暮らしだが、聖女であることを嫌に思ったことはない。じぃやだけでなく、陛下や殿下、その他の貴族まで皆優しいから。それに聖女として拾われていなければ、赤子だった17年前に死んでいただろう。赤子の私は道ばたに捨てられていた。
「だから異世界は本当にあるんだって――おわっ」
前を向かずに部屋を出ようとしたら、何かにぶつかって転倒した。
「大丈夫か、ミレイユ」
「こ、これはライト様! 申し訳ございません!」
「俺は問題ない。それよりそなたは無事か?」
「大丈夫です!」
ぶつかった相手はライト様――この国の王子殿下だ。
「今から出かけるところのようだが、その前に少しいいか?」
ライト様の表情は神妙で、なんだか苦しそうに見えた。
「は、はい、もちろんです! じぃや、お茶を!」
「既にご用意しております」
「流石はじぃや!」
私はライト様と共に応接用のテーブルについた。向かい合って座り、まずはじぃやの淹れたロイヤルダージリンアールグレイアッサムスペシャルを飲む。相変わらず小難しい味だ。本当は砂糖とミルクをドバドバ入れたいが、ライト様の手前なのでストレートで我慢する。うげぇ。
「それでライト様、今日はどうなされましたか? このミレイユ、中庭の水やり以外にもできることはありますよ! なんだって仰って下さい!」
ライト様は「ふふっ」と静かに笑い、それから険しい顔で言った。
「さっそくで悪いが、ミレイユ、今日をもって、そなたは聖女の任を解かれることになった」
「ほぇ?」
私は固まった。じぃやはティーポットを落として紅茶をぶちまけた。