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4話 婚約破棄

 それは今から6年前に遡る、王族主催の社交界での一幕である。


「お父様! 襟が崩れております。しゃんとしてくださいな!」

「ハッハッハ、ファンヌは厳しいなぁ!」


 ファンヌの父、アルベルト・タルアートはその巨体には若干不釣り合いの燕尾服に身を包んでいた。

 意気揚々と笑うアルベルトにファンヌは頬を膨らませる。


 ファンヌ・タルアート10才。おかっぱ頭にまっすぐ切り揃えられた黒の前髪。

 まだ着慣れていないドレスはこの日のために新調したものである。


「おう! リカンツェオ伯爵じゃねーか! 元気してっか!」

「爵位が上の方に失礼ですよ! お父様はあくまで男爵位なのですから」

「お? そうか。 いや~旅ん時にいろんな貴族と飲み明かしたからあんま分かんなくてな」

「お父様やお母様はそうでもわたくしは立派な貴族令嬢なのです!」

「いつもパパ、ママって言うのになぁ」

「も、もう!」

「ガッハッハ!」


 ファンヌは顔を紅くして父に訴える。

 こんなやりとりはタルアート家では日常茶飯事、傲慢ながら明るく優しい父のことがファンヌは大好きであった。

 アルベルト・タルアートは生まれが平民である。

 世界において多大な功績を得た彼は数年前この王国に戻った際に特別な爵位【剣聖爵】を頂いた形となる。


 王家に対してもアルベルトの名声は届いており、今日セルファート王国第一王子ヴェイロンとの婚約も当たり前のことである。


「今日、ヴェイロン様にお会いするのですから……少しでも貴族らしくしないと……」

「1人娘の婚約は複雑だけどなぁ。まー、ファンヌがあの小僧を好むなら仕方ねーか」

「こ、小僧って……ヴェイロン様は立派なお方です!」


 ヴェイロン・ヒュッセ・セルファート。

 前述の通り、この国の第一王子である。

 幼少の時から優れた才覚を示しており学問、武術、容姿まで優れていると言うまさに完全無欠と言っても良い人物であった。


 王国にとって恩人とも呼べるアルバートの娘と次期国王筆頭の王子。

 この社交界に参加する貴族は皆この婚約を知っていた。

 今日、正式にそれが発表されるのである。


「お、わりぃ、トイレ行ってくるわ」

「あ、お父様!」


 アルベルトはそれだけ伝えて会場を出て行ってしまう。

 父の自由っぷりにファンヌははぁっと息を吐いた。

 そのままドレスのポケットに手を入れる。


「ヴェイロン様……」


 ファンヌはそこから1輪のルピナスの花のしおりを取り出した。

 今日が正式な初顔合わせだが、ファンヌは一度だけヴェイロンと出会っている。

 その際にもらったのがそのルビナスの花で……その優しさと容姿も好みであったためすっかり惚れ込み、ファンヌはヴェイロンに心酔していた。


「ヴェイロン様がようこそおいでくださいました」


「ヴェイロン様!?」


 ファンヌの表情がぱぁっと明るくなる。

 10才の無垢であどけない顔立ち、父や母の良い所を受け継いだ明るく優しく、万人に平等な性格であるとファンヌは自負する。

 そんなファンヌはヴェイロンの婚約者として相応しい人になろうと気合いを入れてきたのだった。


「う……美しい」


 ヴェイロンは容姿も端麗であった。

 整った鼻筋に暗闇でも目映い金髪。翡翠の瞳は全てを見通し、社交界のご令嬢達は皆、淡い声を上げてしまう。

 ファンヌもその中の1人である。


 ヴェイロンが上級貴族にお膳立てされ、壇上へと行く。

 歩くだけで視線を集める。ファンヌはその姿の虜となってしまう。


「第一王子、ヴェイロン様に一言頂きたく思います」

「ふん」


 ヴェイロンは鼻で笑った。


「やれやれ……父上がうるさいから出向いてやったが貧相なパーティだな」


 ヴェイロンは鋭い目つきでそんな言葉を投げかける。

 ヴェイロンは社交界にはあまり顔を出さないタイプだ。彼の人となりを知らない貴族達はその振る舞いに戸惑い、知る者はいつも通りだと口にする。


「俺が王になった際にはこのような無駄なパーティ改革してやる。ま、女どもの社交界デビューには必要とも言えるか」


「ヴェ……ヴェイロン様?」


 ファンヌは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 あの時……幼少の時に出会い声をかけてくれたあの優しさがどこにも見られなかった。


「そういえば俺の婚約者が来ているんだったな。どこだ?」


「えっ」


 ふいに問われた言葉にファンヌの頭の中は真っ白になる。

 この社交界にいた貴族達は皆ヴェイロンとファンヌの婚約のことは知っていたので視線は一同にファンヌの元へと向かった。


 ファンヌはその視線に我に帰り、唇を震わせ言った。


「お、お久しぶりでございます……ヴェイロン様。ふぁ、ファンヌ・タルア」


「しらん」


「え?」


「貴様など知らん。なんだ……こんなヤツが俺の婚約者だというのか」


 ヴェイロンの鋭い目つきが突き刺さる。


「貴様のような【こけし】女に興味はない。不愉快だ」


「こ……こけし?」


「野暮ったいこけし女と婚約する気はない」


 ヴェイロンは婚約破棄の言葉を吐き捨て、険しい顔立ちのまま会場から立ち去ってしまう。

 そのあまりの行動ぶりに慌てて主催した貴族達がヴェイロンを追っていく。

 その結果、場は騒然となる。


「こけしですって」

「ぷぷ……確かにこけしっぽい頭」

「そもそも男爵位の家がヴェイロン様の婚約者ってのがおかしいのだよ」

「こけし」

「こけし」

「こけし」


「あ……あぁ……」


 1人残されるファンヌはそこで呆然自失となる。

 この後のことをファンヌはまったく覚えていなかった。


 戻ってきた際に1人娘を傷つけられたアルベルトが怒り、ヴェイロンとファンヌの婚約は正式に破棄されることになった。


 それから明るい性格が鳴りを潜めてしまったファンヌ。

 ある日……その言葉が口から出る。


「あの王子を絶対許さない」


 その時、両親から受け継いだはずの明るく優しく、万人に平等な性格は受け継がなくても良かった傲慢でひん曲がった性格に反転したのであった。


 こけしと呼ばれたその黒髪を伸ばして、ヴェイロンの妻になるため磨いた社交性を全て捨て、両親から受け継いだ才覚を伸ばす方向に決めたのだ。


 これがエストリア魔法学院、生徒会長ファンヌ・タルアートの昔話である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一王子、言うほど性格悪くないですね。 イイ性格してると言うか… f○oの賢王みたい?
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