2話 第二王子
この世の中の仕組みとして上級貴族であればあるほど魔力量が高いと言われている。
それは古来から言われてきた常識であり、今もなお貴族社会が成り立つ理由の1つである。
ただいつの時代も例外があり、下級貴族や魔力をもたないはずの平民が過剰に魔力を持って生まれることがある。
それもまた常であった。
ファンヌ・タルアートはその例外の1人であり、魔力操作に長けた成績優秀な生徒として会長に推薦されたのである。
そんなファンヌは放課後に生徒会室へと向かう。
ファンヌは誰よりも早く、生徒会長ゆえに1番に行かねばと考えているが今日は先約がいたようだ。
扉の前で気配を感じ取り、少しだけ思考を整える。
生徒会長用の机の奥、グラウンドが見える窓際に……彼がいる。
ファンヌにとって生徒会長になった理由はより良い学園生活を送ることではない。
全ては復讐。6年前、10歳の時に味わった屈辱を晴らすためにこのエストリア魔法学園に入学したのだ。
こけしと蔑むように言われるようになったあの6年前の事件でファンヌは心酔していた第一王子に婚約破棄をされてしまった。
今、その復讐のため扉の向こうにいる第一王子の弟……第二王子に挑むのである。
ファンヌが扉を開けたと同時に窓際にいた第二王子の柔らかな瞳がファンヌの目線と出会う。
かつて愛しいと感じていた第一王子と同じ金の髪色で同じ顔立ち。
第一王子と第二王子は1つ違いのため双子ではないのに……極めて顔がよく似ていた。
ただ一つ、優しさに溢れた碧色の瞳の目元だけは違っていた。
ファンヌは先手を打とうと口を開く。
だが……向こうの方が早かった。
「やぁファンヌ! 今日もすごく美しいな。君を見ると俺の心が満ちていくのが分かる」
「ぐっ!」
ファンヌはぐっと胸を押さえる。
耳から入ったその言葉が脳内に認めたくない何かに変わり、強烈に胸が熱くなり、痛くなる。
(耐えなさいファンヌ! こんなのただの社交辞令!)
「も、もういきなりそんな……誰にも言いそうな歯の浮くことを……」
「君にしか言わないが」
(ぐぅ!)
第二王子はしれっと言い返す。
突如劣勢に陥ったファンヌだが当初の目的を何とも頭に反復させ、生まれ出しそうな情を鎮める。
エクセル・ヒュッセ・セルファート。
ファンヌと同じ2年生で副会長としてファンヌを支える立場となる。
王家の人間は学園の広告塔として重要視されており、当初エクセルは生徒会長になるはずであった。
しかしエクセルの希望で生徒会長はファンヌとなり、今の事態に至る。
ただファンヌとしてはエクセルに近づきさえできれば何でもよかったのだ。
ファンヌの狙いはただ1つ。第一王子ヴェイロン・ヒュッセ・セルファートへの復讐だ。
この国の王の座はエクセルが20才の時にヴェイロン、エクセルのどちらになるかが決まる。
ファンヌは熱情を沈めて、いつものように冷静に心を抑えてエクセルへ近づく。
「エクセル様、襟が少し曲がっておられますよ。副会長たるものしっかりなさらないと……」
「ん、ああ?……すまない」
ファンヌはエクセルの学生服の襟を正すためにぐっと顔を近づけた。
吐息がかかるような位置で両手を使ってゆっくりと時間をかけるように動かす。
ファンヌはまだ男性と至近距離で顔を合わす勇気がないため目を合わさないようにした。
「はい、できました」
「いつもすまないな」
「ふふ、エクセル様のためですから」
ファンヌは微笑む。
(そう……第二王子エクセル様の……ね)
その微笑みはほくそ笑みと呼べるものであった。
ファンヌは第二王子エクセルと婚約し、王位を手にいれ、第一王子のヴェイロンを失墜させる。
そこで【わたくしに婚約破棄をつきつけた時、あなたの敗北は決まっていたのですよ】
そんな言葉を投げかけてやることを復讐としてファンヌは決意をしていた。
たが婚約させるだけでは王位を取ることはできない。
第二王子エクセルが第一王子のヴェイロンに立ち向かって、打ち勝ってこそ完全な勝利と言えるのである。
今、エクセルは王位に興味がない。婚約者を立てていないのもそれが理由と言われている。
なのでファンヌはエクセルを自分に心酔させるように策略を練り始めた。
エクセルをファンヌ無しでは生きられぬ体にして操り人形し、王位を目指すように冷徹に動かす。
そこには一切の恋愛感情もない。第二王子などただの復讐の道具。
ファンヌはそんな風に考え、エクセルに接していたのだ。
まずはエクセルの方からファンヌに婚約して欲しいと頭を下げさせる。
そうすれば上下関係が決定し、操り人形とすることもたやすい。
ただ1つ問題があった。
第二王子エクセルは天然王子であったのだ。
「君と一緒の仕事はとても楽しいな。本当に充実しているよ」
(ほ、絆されてはダメ! わ、私は……孤高で皆を支配する生徒会長なのだから!)
聞けば歯の浮くようなセリフも一度は愛した男と同じ顔のエクセルが言うとクリティカルヒットになってしまうのである。
ただの道具に心を揺らされ続けている。
ファンヌの復讐の道はいきなり揺らぎ始めていたのだ。