1話 魔法学園の生徒会長
その日、エストリア魔法学院は大きく揺れることになった。
「はい! わたくし……ファンヌ・タルアートが今年度のエストリア魔法学園の生徒会長を務めさせて頂きます」
黒く艶やかな髪にややあどけなさの残る顔立ち。
男爵位の令嬢であるファンヌ・タルアートは堂々と講堂の壇上で言葉を投げかける。
その凜々しくも美しい姿は彼女が高貴な存在であれば敬う形となるのかもしれないが王国貴族の生徒達の多くが彼女の存在に顔を引きつらせていた。
「貴族の地位関係なく……清く正しい学園生活を送りましょう!」
齢16の少女が笑顔で放つ、その言葉の重みに生徒達はぐっと息を飲んだ。
◇◇◇
ファンヌ・タルアートは怯まない。
この世界の貴族社会では最も低い爵位である男爵位の令嬢ゆえ、彼女の活躍を妬むものも数多い。
4年制である魔法学院の2年であるファンヌだが例え……爵位が上でも、上級生であっても怯まないのだ。
魔法学院の廊下を1人涼しげな顔で歩く横をヒソヒソと言われるのは慣れっこであると言える。
ファンヌにとってその程度……気に掛ける必要もないほど些細なことなのである。
ただ1つ……。
ただ1つ……聞き逃せないワード。それを除けばだ。
「こけし女のくせに」
「!」
とある女性生徒が発した言葉にファンヌは止まり、視線をそちらに向ける。
その目はとても冷たく、泣く子も黙る目力を持っていた。
「な、なによ……」
女子生徒も怯えつつも反抗する。
彼女はファンヌの上級生であり、爵位も1つの上の子爵令嬢である。
本来であれば身分的にファンヌは決してそのような態度を取ってはならない。
しかし、ファンヌ・タルアートは相手が上であっても容赦ない。
ファンヌは学生服のポケットから手帳を取り出しペラペラとページをめくる。
「アルファンス子爵家の第三子のアルマ様ですね」
「そ、そうよ! 私のお父様はあなたよりも爵位が」
「アルマ様のお姉様が未成年の平民に手を出されたそうですが、アルマ様もそういったご趣味があるんですか?」
「なっ!」
ぞわっと廊下が騒ぎ出す。
子爵令嬢アルマはなぜそれをと言わんばかりに表情を大きく変えた。
知るはずもないこと。少なくともこのような身内の恥を爵位が下の男爵家の娘が知るはずがなかった。
ファンヌはゆっくりと硬直するアルマの耳に語りかける。
「わたし……3つの情報を持っているんです。残り2つ……聞きたいですか? あなたのお父様のこと……。そして」
ファンヌはアルマ以外には聞こえないように声のトーンをゆっくりと下げた。
「あなたの……特異な性癖のこと」
「いやあああ、やめてぇぇぇえ!!」
子爵令嬢アルマは誰にも知られていないはずの情報を握られていることに恐怖し声を荒くする。
尚も笑みを浮かべたままのファンヌの姿にへたりこんでしまった。
「あらあら……何もしていないのに……。座り込むだなんて……ふふふ、お茶目なお方」
「この悪魔!」
「ダメですよ。そのような暴言。【ビショップ】寮にマイナス10点です」
ファンヌがピンと指を立てると何かの数値が変わる音が響き渡った、
その音はこの学園にいるものであれば誰でも知っていることである。
アルマは居住する学生寮の持ち点を10点削られてしまったのだ。
生徒会長はそれだけの権利を持つ。
「あ、あなただって……前まで【ビショップ】寮に所属していたのに!」
「ええ、そうですね。でも今のわたくしはこの地位のおかげで【クイーン】寮所属となります」
ファンヌ・タルアートはへたり込む令嬢に目線を下げた。
「わたくしは生徒会長ですから」