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ホームレス処理

作者: Z級映画ファン

 駅の警備員の研修を終え本勤務が始まってしばらくしての出来事だ。

 職場の先輩の中でもとりわけ仲の良いHと一緒に常連になりつつある焼き鳥屋で晩酌していた時、Hは唐突に聞いてきた。

「うちの駅では日勤、夜勤の他に特別勤務があるんだけど、今度それをやってみない?」

「特別勤務? 研修の時には聞いていませんが」

「まぁ、内容がきついやつだから入りたてのうちは教えなんだけどさ。これ、手当てがすごくいいんだ。当務が一回一万九千円だけど、この特別勤務は一回3万円ももらえるんだ」

「三万円も? どんな仕事ですか?」

「運搬作業。勤務時間は深夜帯で、作業が終わればすぐに帰れるよ」

 寝耳に水とはこういうことなのかと思ってしまう。真面目に夜勤を通すより、モノを運ぶだけでそれ以上に良い給料が出る仕事。しかし、うまい話には裏があるとは昔からよく言われている。

「先ほどきつい内容って言いましたが、どのようにきつんですか?」

「それはやってみないとわからない。これ、強制じゃないし、完全な志願制なんだけど、やってくれればありがたいかなって感じ。詳しい話は、やるって言葉が出ない限り教えられない。大丈夫、Nさんならやってけるよ。自衛隊4年間勤務したんだから」

 私はしばらく思案し、とりあえずどんな内容か知りたいと伝えると、Hは上司に掛け合って、特別勤務の研修を設けてもらえるようにすると約束した。

 それから一週間後、上司Uが特別勤務の研修を行いたいかどうかの確認に来た。

「強制じゃないし、やりたくないならいいよ。結構きつい内容だから、こっちも無理にやらせたくはないし」

「とりあえず、研修だけやってもよろしいですか? どのような内容か知ったうえで、それが自分にできるか見極めたいです」

「わかった、それじゃあ、次の日勤の時に、夜間の特別勤務の研修を入れよう。研修だから一万五千になるけど、そこは承知しといてね」

 研修だけでそれほどの金額がもらえることに驚愕しつつ、私は次の日の勤務を終えると、一度帰宅し、食事とシャワーを済ませてから職場に向かった。

 終電を終えた夜間の駅は、平日の喧騒が幻のように感じるほど、静かだった。改札前にはエスカレーターの仕切りや壁に沿って、ホームレスが列をなして寝ていた。

 防災センターに入ると、夜勤に入っている先輩SとIの他に、特別勤務で来ていたHとOもいた。いずれも警備服ではなく、黒い作業服を着ていた。

 Hは私に気づくと、笑顔で迎えた。

「じゃあ、特別勤務の研修しますか。Oさん、準備はできてます?」

「ばっちりですよ、Hさん」

 そう答えるOの姿を見た。腰に帯革をつけており、警棒や無線機の他に、スタンガンや縄、懐中電灯を装着していた。対してHはハンカチと、液体の入った容器を手に持っていた。

「いきなりだけど、Nさんはこれを持って」

 Hは私に大きな黒い袋をいくつか渡した。

「これ、何ですか?」

「運ぶモノを入れるための袋。それじゃあ、特別勤務に向かいます」

「了解、監視カメラの停止は確認できています。お気をつけて」

 HとOは夜勤のSとIに敬礼をすると、私を連れて防災センターを出た。

「これから行うのはまず、選定」

 歩きながらHは言った。

 Oは寝ているホームレスを一人一人眺めていた。

「全員寝ていますね」

「目星はついた?」

「今日は皆、いきがいいです」

 Oは私に振り向くと、何時にもまして真面目な顔をした。

「これから何が起きても、騒がないでください」

「これから何をやるんです?」

「ホームレス処理です」

 説明しながら、Oはスタンガンを取り出した。

「これは万一のためです。使用するのは、主にHさんが持っているやつです」

 Hは容器の中の液体をハンカチに浸み込ませると、ホームレスの口元にゆっくりと近づけた。

「もともと寝てるから、薬がちゃんと効いてるかわかりずらいよね」

「そうですね」言いながらOはスタンガンを構えたが、間もなくHはハンカチを離すと、「次行こう」と言って、寝ているホームレスの口元に次から次に薬を含んだハンカチを近づけた。そうして、構内のホームレスは一人残らず薬を吸引させられ、人為的な眠りにつかされていた。

 二人は相談しながら、比較的若いホームレス一人と、中年のホームレス一人、高齢のホームレス二人を選び、私に渡していた袋に一人ずつ入れていった。

 その間、私は目の前に起きている現実に驚愕し、恐怖か、興奮か、胸の高鳴りを感じ、全身が震えだした。止めるべきだろうが、その時の私はそんな考えに至らなかった。

 Hは高齢のホームレスが入った袋を一つ持ち上げると、Oと私に向けて言った。

「とりあえず、老人ホームレスは軽そうだからこの二人は運んどくわ。OさんとNさんはここで見張っといて。Oさんは、待っている間、説明頼んだ」

「承りました」

 そう言って、Hは人の入った袋を一つ抱えて、駅の中へと消えていった。

 Oは私に何か説明しようとしたが、うまく言葉がまとまらず、最終的には「最後まで見れば、まぁわかります」と言って、それ以降は雑談を始めた。

 私はOが投げかける雑談に相槌は打つものの、内容はほとんど入ってこなかった。その時は、ただただ混乱していた。

 Hは二人目の高齢ホームレスを取りに戻り、それを持って駅に消え、しばらくして戻ってきた。

「じゃあ、残り二つを運ぼうか。中年オヤジは太ってるから、OさんとNさんの二人で運んで。俺はこの若者ホームレス運ぶわ」

 了解、とOは答えると、私を手招きし、足元を持つように示唆した。私はただ、何も考えず、支持されるがままに中年男性が入った袋の足元を掴み、Oと一緒に持ち上げた。

 Hは先頭に立ち、三人で駅の中へ向かった。改札口は、一か所だけ開かれていた。そこを通り、駅に入ると、階段を下りて、駅のホームに辿り着いた。Hは先導しながら、足元や柱を頻繁に見て、やがて3号車乗車口の前で止まった。

 Hは持っていた袋を線路内に投げ捨てると、私と入れ替わって、Oと一緒に中年男性が入った袋も投げた。そして、HとOは線路内に飛び降りた。

 Oは私を手招きする。

 私は躊躇いながら、線路内に飛び降りた。

 HとOは線路脇の避難スペースに進むと、ある一か所の場所の石を集中的にどかせ始めた。やがて、石の中からマンホールが現れた。Oは避難スペースの奥に隠されていたバールを取り出すと、マンホールを開いた。

「じゃあ、俺が先に降りる。NさんはOさんの指示で動いて」

 そう言ってHはマンホールの下へとはしごを使って降りていった。Oは、縄を腰から下ろすと、一つの袋に結び始め、幾度もその結びの強度を確かめた。その作業が終わると、Oの腰にあった無線機から、Hの「準備よし」の音声が流れた。

 Oはマンホール近くまで袋を近づけると、私に縄を握らせた。

「一緒にゆっくり下ろしますよ。本当は見ているだけでも良いですが、せっかくだから一緒にやりましょう」

 私たちは縄の繋がった袋をゆっくりとマンホールの下まで下ろし始めた。無線からHの「OK,次」という声が流れると、縄を引き上げ、次の袋に結び、それを下ろす。その作業が四回繰り返されると、Oは縄を綺麗にまとめ、マンホールの傍に置いた。

「降りましょう」

 Oは私が先に降りるよう顎で指示した。

 私ははしごを伝って下へと降りていく。真夏だというのに、下に行けば行くほど、凍てつく冷気が強くなっていく。

 降りた先には、円形の広い空間が広がり、そこに一か所だけ、鉄製の扉があった。

 続いて降りてきたOの姿を確認すると、Hは扉に向かった。扉は三つの錠と一つの南京錠で閉じられていた。Hは異なる鍵でそれぞれの錠を開錠すると、扉をゆっくりと開き始める。錆びた扉は軋みの音を立てる。

 扉の先は暗闇で何も見えない。

 HとOは二人で袋を一つずつ持ち上げると、息を合わせて扉の中へと投げていく。四つすべての袋が中に投げ入れられると、Hは私に向かって、「おしまい」と告げた。

 それを聞いたOはタバコを取り出し、吸い始めた。

「思いのほか楽な作業でしたか?」タバコを吸いながらOは聞いた。

 私は曖昧に頷いた。

 HとOはそんな私の様子を見て、笑顔になった。

「思い出すなぁ。俺も入りたての時はこんな感じだった」

「僕は最初だけです。一回目で慣れました」

 やがて、扉の先、闇の中から、何かが聞こえ始めた。

 それは――唸り声、人の声に近い唸り声だった。

 私は恐怖のあまり、何故扉を閉めないのかと二人に目で訴えた。Oは私の無言の訴えに気づいたのか、肩をすくめながら「僕たちが襲われることはありません」と言った。

 そして、懐中電灯を私に渡すと

「中を照らして見てみてもよいです。ただ、見過ぎないように、特に顔に照らしてはダメです」

 と言った。

 私は、二人が私が中を見る事を期待しているのを感じた。私自身、好奇心もあった。中で何が起きるのか、その結末を見届けたかった。

 懐中電灯で中を照らした。

 中は、鋼鉄製の空間だった。さながら独房のように見えた。扉から数メートル先に四つの袋が見える。私は懐中電灯で袋を照らし続けたが、やがて音に近づいた。それは足音だ。素足の足音が、確かに袋に近づいていく。

 やがて、光の中にそれは現れた。

 それは長いで袋の一つを持ち上げた。

 袋の中から悲鳴が聞こえだす。

 それはもう片方の手で、袋を破り、中のモノを取り出した。

 袋の中にあったモノは、光の源である私に目を向けた。恐怖に満ちたその両目で。

 Oは私から懐中電灯を取り上げると、扉を閉め、鍵をかけ始めた。

 私はしばらく立ち尽くしていたが、やがて二人に向き直った。

「あれは……あれは、何ですか?」

 HとOは顔を見合わせたが、やがて次のタバコを吸い始めたOが口を開いた。

「あれが何かははっきり言ってわかりません。僕がこの職場で来るよりはるか前から申し送られてきたものです。もちろん、適切な対応をすれば、僕たちに害をなすことはないし、あれがこの部屋から出た記録もありません。ただ、先人たちからは、絶対に供給だけは怠らないように、とだけ申し受けています。あと、このことは誰にも話すなと。過去には、このことに憤慨して世間に事実を公表しようとした人もいたそうですが、最終的には連絡がつかなくなり、どこに行ったかもわからなくなったそうです。まぁ、最初は慣れないと思いますし、やりたくないならそれでいいです。でも、結局は誰かがやらなきゃいけない。まともな精神持っていたら、こんな仕事をしたくないですし、そもそもこれがいる駅で働きたくないですよね。ただ、これは僕が辞めていった先輩から受けた助言で、今も心に刻まれています。僕たちの努力と、すでに社会から捨てられたも同然のホームレスの命。これだけで大勢の人を守っていると考えれば、こんな良い仕事はない。確かに、慣れればこんな良い仕事はありませんよ」

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