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生き物好きの英雄道  作者: とこなつ
序 英雄出陣
8/12

7話 荒野の戦い

 ――――――――荒野にて、2組の強者は睨み合い、そこには濃密な魔力が立ち込める。



 綺麗で、軋むような、高らかな声で笑い、一際発達した右の人差し指の爪の血を払って、シャルテは開戦宣言を行う。


「アハハハハハハハハハ!! 全身全霊で戦いましょう!!」


 戦うことを欲し、その為だけに生きてきた彼女の顔は、悪魔に似合わぬ清らかなものだが、同時に狂気に染まってもいた。


 血濡れた黒のロングドレスに、頭に付けた細いリボン。身に纏う悍ましい何かとその性格は、さながら戦闘狂のゾーン。


 辺り一帯を茶色に染め、視界を少量拒む砂嵐は、その場の殺伐とした空気を一層際立てる。


 闘志満々なシャルテを前に、ソウシは迷いなく硬化を使う。ガチガチと鈍く音を立て、皮膚が潤いを見せなくなっていく。過去のレベルアップにより増強された筋肉が硬化により硬く大きくなり、少しだけ装備が膨張する。


「アハハハ!! そう、そのように本気を出してくれるのを此方は待ち望んでいたのでしょう! 疼きます、震えます、漲ります!」


 体を虫の羽のごとく震わせ、自分の感情を露わにすると、今までろくに使わず溜め込んでいた魔力を一気に放出する。それは一種の熱帯低気圧の様に激しく暴風を撒き散らし、並大抵の生物なら気絶では済まないほどの濃い瘴気となって荒地を包む。


 ソウシは馬鹿にできない魔力量、イマレは水中で生活していた時の頑丈な身体構造と優れた能力の才で、どうにか放たれた魔力を制御できていた。だが、魔空を押しのけ、強力に練られた魔力のせいで、地形に影響をきたしてしまう。


 ひびが入り、凹んだリ突き上がったりして、まるで生き物のように地面がうごめく。足場が悪くなり、ソウシも立っているのに一苦労だった。


「ほんとに狂っていやがる。地形構造まで捻じ曲げる奴があるか!!」


「ソウシ! 来るよ!!」


 イマレが喚呼した途端、ソウシの目の前にシャルテが現れる。つくづくテレポートしているようにしか見えないが、間一髪のところで後ろに飛び、相手の攻撃をソウシは躱す。


 上から振り下され、空を切った爪はそのまま地面へと向かう。そのまま落ちて爪が割れる―――――なんてことはなく、爆音を響かせ、隕石が落ちたように地面の高さを10センチ程下げてしまう。ひびが入り凹む地面だが、そこに誰かが居たのなら、木っ端微塵。肉片で済めば可愛いものだっただろう。


「アハハハハハハ! 避けてくださいました!! ここで終わる戦士方も多かったのですが・・・・・ ここまで感動したのは何時ぶりでしょう!! 貴方と長き一時を堪能し、この手で終わらしたくなりました!! さあ、今この時を堪能しましょう!」


「洒落にならねえ、可愛くねえ、堪能するのは猫との戯れで十分だってんだ・・・・・」


 ゾクゾクし、戦いの渋く旨き味を噛み締め、戯言を捲し立てるように言い放つシャルテ。


 対して、シャルテの性格が普通なら、ただの美女なんだがなと肩を落とすソウシ。美女だとはソウシでも思うがしかし、イマレ以外は殆ど信用していないため、もしシャルテが一般人でも好きにはならないのだろう。


 その間に、シャルテはソウシに一瞬で近づき爪を振るう。右手のサッシュクローの爪でそれを押さえ、左手で支えるソウシ。


 しかし武器は衝撃に耐えきれず、爪の部分だけが粉砕してしまう。その威力に「きっしょ!?」と言いそうになるが、舌の先っぽで思い止まる。


 ハンマーの様に流れてくる鎌型の爪を、既の所で躱す。


「アハハハ、つれない、脆い、脆い、つれない―――――――――――つれない、つれないつれないつれないつれない!! 是が非でも狩り合いの虜にして差し上げましょう! さすれば強くなるでしょう!!」


 コスプレなんかのメイクを思わせる婉美な目を見開き、独自の価値観にソウシを取り込もうとする。意味不明な発言にソウシは困惑しつつも、硬化した足でシャルテに蹴りを入れる。


 それを柔軟に躱し、宙を舞い、空中で5回後転して、体操選手のごとく見事に着地したシャルテは、地を穴が開きそうな力で蹴り、爪をソウシに向けて突進する。


「粘着液!! 硬化!!」


 走って来るシャルテを足止めするために、液を撒き、万が一を兼ねて防御を更に固めるソウシ。


「アハハ、スライムの液ですか。シンプルでいいですけど、それじゃあ私を止めることは出来ないでしょう」


 言ったシャルテは、爪で一薙ぎ。辺りの地面を掬うように削り飛ばし、粘着液ごと粉砕してしまう。


 その光景に動揺しつつも、もう順応し、それほど驚かなくなってきたソウシは、硬化を使って更に身を固める。その強度は、前世の軍事機やコンクリート、将又岩盤に引けを取らない程に頑丈になっていた。


 腕を交差し、防御の姿勢を取る。対して黒い物体は爆速で飛んでくる。


 ――――――――――ガキン


 積載していた砂が爆破したように舞い、視界を阻む。それを追うように、二度目の衝撃波で砂が姿を消した。


 一筋の長く純白な爪が、少し明度を落とした肌色の岩に突き刺さっていて。それはもうダーツな状態になっていた。


「くっ――――馬鹿力め。」


「悪魔とはいえ、その言葉は女性に向かないでしょう。其方も言葉遣いには気を付けないと、今後大変ですよ? まあ、今後があるかは生死次第ですけど。」


 言葉を繋ぐように爪を振り下すと、ソウシの皮膚が少し剥がれる。瘡蓋より少し酷いくらいの損傷は、血を滲ませるのも容易いことだった。


 刹那を宙で過ごしたシャルテは、その中で3連撃を繰り出す。砕かれ、断割され、取れた皮膚が散らばる。


「ぐっ――――――――うっ―――――――ガハッ!?」


 2の攻撃で肩が外れ、防御がなくなり、硬化の甘かった頬に傷が入る。迸る痛みに顔を歪め、後ずさるソウシ。


 慈悲か、容赦か。シャルテも距離を取った。ボロボロになり、それでもなお立ち上がるソウシを見て、彼女は屈託なく満面の笑みを浮かべる。


「アハハハハハ!! 凄い凄い!! やはり戦いとはこうでなきゃです。ですが、もう我慢できません!! もう終わりましょう!!!!」




 そこからはもう一方的に攻撃が続いた。


 打ち、刺し、切り、殴り、刈り、叩き、剃り、擦り、掻き、切り、切り、切り・・・・


 止まって見えるほどの限界突破・超高速で打たれる攻撃は、十や百では済まず、千や万をも超えていく。魔物どころか、生きとし生ける者の速度ではなく、目に追える者など確実にいないだろう。


 全魔力を硬化に使い、孤軍奮闘して防御するソウシ。千くらいに攻撃が達した時点で、もう記憶など飛びかけであった。しかし本能的に守りに入り続け、20秒近い攻撃を辛うじて耐えて見せた。


 もう立つ力もなく、魔力の残量は1にも満たなかった。腕は形を微かに残し、体全体から煙が出ていた。修復に必要な血が明らかに足りず、巡る熱に倒れそうになる。鼻血が出て、目も虚ろ。息していることが奇跡だった。







 シャルテは驚愕していた。いや、感情や性格と言ったものまで捻じ曲げられようとしていた。


 自分の必殺奥義を繰り出したにもかかわらず、息をして、まだ膝で立っている。


 報酬の金目当てなのか、単に自分を倒したいのか、イマレを打ったことに怒ってなのか、彼には謎の精神が宿っている。


 かく言うシャルテも肩で息をしている。長く本気を出していなかった反動もあるだろうが、それよりも「強者に情けは無用・情けは恥」な気持ちで力を全力でぶつけたからだろう。なのに生きている。


 凄い、半端ではない、驚異、素敵、上々、優等、絶大。


 過去、この攻撃で生きた悪魔なんて早々いなかった。せいぜい魔王クラスが生きていたような極限攻撃のはずだった。


 それを食らって残った彼を―――――




















 災禍は愛おしんだ。




 尊敬に近いが、彼は自分より各上の者だとシャルテは悟った。そして彼には何かがあると感じ取った。


「ソウシ――――いや、ツキシマ様でしょうか。これは此方の負けです。見事でした」
























 霞む意識の中、何か慈悲をかけられた気がした。


 若干苛立ちを覚えたのは何故かと思考する。感覚などとうになく、自分は石像だったのだろうとさえ思える。この世界に来て散々だと、迷惑だと思う。


 望みもしないヒーロー的シチュエーション。そこからの冷遇、もとい殺人未遂。可愛い動物にまともに会えず、気づけば慕われる。そして痛覚すらなくなるほどに痛めつけられた。


 Please、give、me、safe&Rest。


 藁にもすがる思いで、ようやく痛覚を認識し始めるソウシ。しかし、あの優しく水々しい声が聞こえない。痛みが消えない。寂しい?


 辛うじて視界を背に回した。シャルテもその視線の先に向けてみる。





















 居ない















 そこには何もなかった。今さっきまで何もいなかったように静かで、砂とソウシの皮膚があるのみ。余りにも気味が悪く、5秒は沈黙が流れた。


 ソウシは、墨汁をかけた何も映らぬテレビの様に、暗く深く沈んだ表情を見せる。傷だらけであまり感情的にならない人間なため、表情に大差はないが、本当に深海を思わせる黒が、彼に纏わりついているようにも見えた。


 そしてこれまたソウシに精神的ダメージを与えるのが、イマレを感じないことだ。生物に愛されし者の効果で、眷属を体内の名前も知らぬボックスのようなものに入れておくことができるはずなのに、イマレがそこにいないことが感覚的にわかってしまうのだ。傷つき、死と同じ境遇に陥った眷属はそこに戻り、魔力で傷を癒すはずが、居ない。


 召喚解除も召喚も、魔力が足らず、できない。息をして魔空を取り込もうとする。しかし、ここは魔空が薄くなっている。先の戦いで、2人ともが大量に魔力として使用し、跡形もなく消えていた。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イマレ・・・)


 この場にはソウシとシャルテの2人しかいない。動物だとか魔物だとかが生きられる環境でもなく、犯行に及んだとされる人物など見当たらない。これが示す結果が。


「―――――――おい、消したのか」


 色んな意味で盛大な苦しみを持って、首からシャルテに向けていく。しかし、反応は彼の思うものではなかった。


「なぜ此方がそんな真似を? そうしたらツキシマ様がすぐ死ぬのではないでしょうか? 回復と言うのも立派な戦術でしょう」


 辛うじて聞こえた声は、no。答えがないというのが1番辛かった。2人とも、戦いに集中していたためイマレの消失に全く気が付かなかったのだ。


 ソウシはもう戦意を感じさせないほどに腕を下げ、頭を垂れていった。無力に、無防備に。地面に額がカツンと当たり、砂の粒々した痛みが走る。


 尊敬に値する強者が今、崩れている。悪魔には似合わぬ人間的な感情が作用し、災禍の足を進める。


 爪は収縮し、人の爪と同じサイズに戻り、羽も消え、もうただのゴシックドレスガールになった。幼気な子供と端麗な女性の間に見えるその容姿は、ソウシの元へと更に歩みを進める。


「ツキシマ様―――――――――――」


「・・・や・・め・・ろ・・・・・・ちか・づくな・・・・」


 乾いた、ドライな涙が、細い瞳から垂れる。イマイチシャルテの声が聞こえにくかったソウシは、殺されると思い、必死に距離を取ろうとする。しかし足は動かない。身が震える。もうシャルテからは魔力は流れていないのに、恐怖感を感じてしまう。


「・・・・・・・・・・イ・・・マ・・・・・レを・・・見つけ・・・・な・・・・・いと・・・・・」


 周りには相変わらず荒野しかなく、誰もいない。ただソウシは、本能のままにイマレを探そうと奮闘する。


「そして・・・・生き物・・・たちを・・・・救って・・・・・」


「ツキシマ様。此方は協力しますよ。此方はあなたの精神に感服したのですよ・・・・・・・ あ、まずは回復でしょうか。ええと確か、在庫が・・・・」


 ズズズズズズズズ・・・・


 地響きがした。


 シャルテの魔力の影響ではなく、日本の震度5強に値しそうな、腹の底に来るようなものがにじり寄って来ていた。


 シャルテは少し身震いがした。ソウシに習うように本能的なものだが、その勘は彼女にとって最悪の結果を迎えることとなる。


 地面に大きくひびが入り、盛り上がり、噴火よろしく何かが溢れ出て来た。それは荒野の暑い熱光線をたっぷりと浴びて影を伸ばし、5つの物体として現れた。


 それは岩。いや、人。明らかに異常発達した肉体と顔についた1つの紅き瞳は、視界全ての情報を高速処理していく。


「アッタ、イイエモノ。トラエロ、トラエロ、ツカマエロ」


「アクマ・・・ウマソウ・・・ハヤク・・・タベタイ」


「・・・」


「ガガガガガガ」


「$%#‘“%*‘|~#」




 大柄な岩でできた男達だった。ほんの少し大柄な者を中心に各々が喋っている。


 そして、掠れ行く意識の中で、青い少女を思い浮かべ、力をなくし、ソウシの瞼が沈殿していく。


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