5話 王国でのあれこれ・続
そこは平原のど真ん中。風が駆け抜け、辺りは特に景色が変わらない。ただただ綺麗な、ザ・草原だ。
そしてそこにはソウシとイマレ、それと、とてつもない大きさの獅子がいた。彼らは睨み合い、相手の出方をうかがっているという状態だった。
獅子の首には邪紋、尻尾の先からは電気が流れていた。ランク指定「捌」の恐ろしく強い魔物だが、イマレの能力を自分にも身に着けたソウシには、それほど苦戦するような相手ではなかった。
しかし、エルト王国で依頼を受け、すぐに急行したこの平原で、獅子はどこからともなく現れ、ソウシが瞬きした瞬間に正面まで詰め寄り、引っかいてきたのだが、その攻撃の速度がえげつないのだ。
何とかソウシは硬化で身を守り、事なきを得たのだが。
「ソウシ、どうやって倒すのこれ」
「確かに、速いからな・・・攻撃が当たらん」
ソウシは筋力を生かして、瞬時に近づき、殴ろうとしたがひらりと躱され、そのまま足蹴りが飛んできて、ソウシの胸に当たり吹き飛ばされる。
そんなことを3回は繰り返したが、相手も全く疲れを見せない。
「ガウウ!!」
急に吠えたと思ったら、獅子は飛び上がり、前に一回転して、尻尾から稲妻を飛ばす。ソウシは後ろに飛び、イマレはバック中で、不規則な動きをする稲妻を避けていく。
「決め手に欠けるな」
「ソウシ、こういう時こそ能力に頼ろうよ」
「そうだな」
ソウシは魔力を込め、辺りに粘着液をばら撒く。獅子も粘着液を躱そうとしたが、降りた先にも液は敷かれており、ネズミ捕りのネズミの様に身動きが取れなくなってしまった。
「ガウア!?」
「結構多めに魔力使ったからな。粘り気があるだろ?」
実は、この世界で能力を使うとき、「魔空」と言う、空気中の成分を体内に取り込んで作る「魔力」を使うのだが、魔力を多く使うほどその能力の効力は強くなる。
ソウシは100億の魔力を持っていて、その内の10%の10億の魔力を使って、粘着液を出したのだが、普通、スライムの使う粘着液は固まる前のボンド程度なのだが、ソウシの場合、瞬間接着剤を遥かに凌ぐ速度と力で、捕らえた獲物を必ず離さないようになっていたのだ。
暴れる獅子、しかし、悲しいかな、動いた分粘着液は体に纏わりつく。
「すまないな。動物を傷つけるのは好きじゃないんだが・・・・・」
バゴン!!
獅子は尻尾を使う暇もなくソウシにアッパーを決められ消沈した。いや、昇天した?
「じゃあ、素材取って帰りましょうか・・・」
「そうだな。えっと、確かこの鬣をこれぐらい切り取って・・・・」
ソウシは硬化で手の側面を刃の様にして、赤く光る鬣を少し取る。ついでにソウシはステータスも見ておくことにした。
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月島蒼士 20歳 Lv 258
職業 生物に愛されし者
筋力 24,000
魔力 10,000,500,000
能力 硬化 粘着液 水操
召喚 スライム イマレ
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そこそこいいレベルアップにソウシは少し嬉しくなる。
「あとは・・・・この死体をどうするかだよな」
「イマレでも流石に持てない。ソウシ、スライムに頼んでみたら?」
「それだ!」
ソウシは眷属召喚でスライムを20匹ほど呼び出す。そして獅子を運んでくれと命じると、スライム達はわらわらと獅子の下に集まって、持ち上げて運び出す。
ソウシとイマレはそのままエルト王国に向かう。城下町入り口で門番にあったが、運ばれてくる獅子を見て、目をまん丸くしていた。
そして道中、注目を浴びながらも、家の横の敷地に獅子を置き、スライムは10匹を獅子の見張りに残し、もう半分は召喚を解除してソウシの体内に収める。
ソウシがギルドに向かうと、受付員に引きつった笑顔で迎えられる。
「何かあったか?」
「い、いえ。何も。それより依頼の方は・・・」
「これでいいか?」
依頼書にあった通り、獅子の鬣を受付の上に置く。恐る恐る、鑑定して獅子だとわかると、受付員は所属証の提示をソウシに要求する。
「やはり、お強いんですね。ランク8に昇格です・・・・・それと、報酬です」
そう言い、金貨10枚が渡される。1000ロール、1万円くらいだ。時給にしては高く、ソウシも冒険者として生き物達とのびのび生きるのもいいなと思った。まあそのたびにソウシは心を痛めることになるが。
そして、所属証のランクの7という数字に判子が押されたと思ったら、8に書き換えられていた。それを見て、魔道具と呼ばれるものなのかと考えるソウシ。
所属証を返してもらい、掲示板に目を通す。少しして、イマレが呼んでいるのが聞こえた。
「ねえ! 来て来て!!」
イマレに連れられて、ギルドから出ると、そこにいたのは勇者一行だった。八神光人、南沢梨々香、天馬爽介、咲野陽菜。全員勇者用の一級品の鎧に身を包み、周りから大きな歓声を浴びている。
「うげ、面倒臭いのがまた来たな、なるべくばれないようにしたいな・・・・・」
「彼らと話さなくていいの?」
すると、光人たちの元に、使いを6人引き連れて、国王が現れた。何やら話し合った途端、勇者一行が驚いていた。概ね俺が生きているということを聞いたのだろうと、ソウシは考える。
そして、彼らはソウシの家に向かい、戸をノックしている。まあいるはずもないのだが。
「これは、当分家に入れなさそうだ」
「そんな、家でご飯食べたい・・・・・でもソウシの気持ちも分かる。誰も助けてくれなかったもんね」
ギルドからこっそり覗いていたソウシ達だったが、急に光人達が方向を変え、ギルドに向かってきたため、急遽ギルドの中に逃げることにした。
その際、ギルド内の数個ほどあるイスとテーブルに隠れようとしたが、先客がいた。それはイマレに暴言を吐き、傷害未遂でソウシに手首をやられたジークスだった。
「ひ!? な、ななな、なんだよソウシさん・・・」
「2度と顔を見せるなとは言ったが、今だけ隠れさせてくれ。イマレもいいか?」
「はあ、仕方ないね。ソウシにまた何か難癖付けられても困るし」
「はあ、よくわかんねえけど、どうぞご自由に・・・・・」
あの一件以来、ソウシが怖くなったジークス。まあ、腕を潰され、どうにか痛みが治まらないと冒険者業もできないようにさせられた相手に、トラウマを持つなと言うのも無理な話だが。
ギルドの戸が開け放たれ、中からぞろぞろと人が入ってくる。そして開口一番、光人が叫ぶ。
「ソウシいいいい!! いいから出てきてくれええ!」
イケメンにしては随分うるさいとソウシは思うが、出ていく気は毛頭ない。いつまた殺されるかわかったものではないからだ。
「ねえ、クライン国王。ほんとにソウシが居たの? まあ、居なくてもいいですけど」
「そうだな、あいつ邪王討伐に非協力的だったし、気にしなくてよくないか? 光人」
「いや、彼なりに思いがあったんだろうさ。ちゃんと説得しようよ!」
「そうですう! ちゃんと5人で邪王討伐しましょうよお」
「無能は黙ってて」
「ひえええ!? なんでえ・・・」
「梨々香! 無能呼ばわりはやめろ!」
「なんか、荒れてんな」
「そうだね、ソウシ」
「なんだ? あれが噂の勇者達か? まとまりねえな・・・・・というか、ソウシ、お前勇者の1人なのか!?」
「・・・」
がやがや言い合っている勇者一行を王がなだめ、改めてソウシを呼ぶが本人はだんまり。周りもあえて何も口にしない。
「僕は勇者として、彼にも世界を救う義務があると思う。右も左も分からず、嫌になっていたんだろうさ。だから、僕らが手を差し伸べて彼を強くしてあげるべきだと・・・」
「義務・・・・・・・・・これまた随分勝手だな」
「「「「!?」」」」
「ソウシ!? なに出て行って・・・」
「おい、ソウシさん、何して・・」
ソウシは堪忍袋の緒が切れたのだろう。隠れずに、ジークスの陰から現れる。
「ソウシ、やっぱり生きていたんだね!」
「なぜそんなに嬉しそうなんだ。助けてくれなかったくせに」
「い、いやあれは、ソウシの言い方に腹が立っただけで。で、でも、君が勇者として辛い問題を押し付けられたのはよくわかった。だが、一緒になら邪王討伐できるかもしれないし・・・」
「そのために俺を強くする、か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・因みに光人、今レベルいくつだ?」
「え、そりゃあ、107だけど。」
「はあ・・・・・・じゃあ言わせてもらう。俺はレベル258だ」
そう言った途端、全ての人間が放心する。確かに、そんなにレベルとは上がらないものだ。
だが、ソウシの場合、職業の効果により、倒した生物を無駄にしないように「経験」を全て吸い取ることができるのだ。
「経験」とはゲームで言う所の「EXP」「経験値」であり、倒した生物全てから溢れるもので、普通は全ての経験を回収することができないのだ。それが、あまりレベルが上がらない理由であり、今もなお、世界が邪王に後れを取っていることに繋がるのだが。
そして、残った経験は、地球の摂理に吸収され、昇華され、消えるというのもまた、一部の人間の脳内にはある。
流れる沈黙を粉砕するかの如く突然に、南沢梨々香が寄ってくる。
「なんでそんなに強くなってるの? まさか、動物に愛されすぎて魔物に与した、などとは言わないわよね?」
「そうだな、確かに怪しい。俺は信じねえぞ?」
そう言い、梨々香は杖を、爽介は斧を取る。変に誤解され、ソウシもこれにはお手上げという様子。だが、救い船がすぐ近くにあった。
「何をしてらっしゃるのです!? 彼はこの王国を救ってくれたのですぞ!!」
「王の言うとおりだ。確かに魔物も、仲間にはした。だが、そっちの言う、“与した”とは違うぞ、南沢。」
長嘆息しつつも、クラインのお陰で、事なきを得たと安心する。ギルドのど真ん中で言い合っていたものだから、いい迷惑だったため、受付員からの視線が痛いソウシ。
すぐに出ていくことにした。
「因みに、俺は災害王と洗脳王を倒す。俺に巡り巡って最も厄をもたらしたからな。魔王はあんたらで何とかしておいてくれ。共闘する気はないからな。行くぞ、イマレ。」
「今行く、ソウシ。」
次の依頼を受け、颯爽とギルドから消えるソウシ達。その依頼書には「玖」と書かれ、余り特徴のつかめない、消えかけのような悪魔の絵が載っていた。勇者一行は、イマレを見て誰だろうと思いつつも、聞く隙が無かった。
光人は悲しそうに下を向く。しかし、ソウシが2人もの邪王討伐を目指している以上、ゆっくりしていられないと、すぐに冒険の準備を整えることにしたのだった。
依頼書の悪魔は、本人の気分次第で町を荒らしたり、魔物を食い荒らすという、自由奔放な性格の様で、そういう奴ほど強いと思ったソウシは武具を新調することにした。
向かった先は武器屋。受付には背は余り高くないおじさんが居た。
「ドワーフって奴か?」
「おおその通りだとも。ガダンだ、よろしくな。あんた、ソウシってんだろ? 聞いたぜ。召喚後に突き落とされたんだろ。大変だったよな」
なぜ知っているのか。疑問に思ったソウシはドワーフの男に聞く。
「そりゃあおめえ、国王様が使いに調べさせて、アルト王国から情報を得たんだろ。勇者に関する情報が数日前に報告された。町中で、勇者の1人が救ってくれたって、騒いでる。そしてそこに、残りの勇者も来た。皆この目で見れて、興奮してんのさ」
「まあ、そりゃあ、騒ぐか。だが、今の勇者だと、魔王が来たら一発で終わりそうだが・・・」
「ん? なんか言ったか」
「いや、何でもない」
ソウシはこの店で一番いい武器を頼む。それも手に着けるような物。ドワーフは、店の奥に消えたら、すぐさま出てきた。
「これかな。結構な力作だが、いかんせん、剣なんかのほうが人気があって、売れ残ったものだ。名を「サッシュクロー」というんだが」
「おお、爪みたいでかっこいい!!」
「ソウシ、動物みたいでかっこいいと思ってる?」
「勿論!!」
イマレが若干苦笑いする。ソウシはすぐに買うと決めたため値段を聞き、鈀貨1枚を払う。
「おい、350ロールでいいと言ったが、鈀貨で払う奴なんて初めて見たぞ。と言うか、鈀貨をなかなか見ねえぞ。まあいい。ほれ釣りの650ロールだ。」
そう言って、金貨5枚と銀貨15枚をソウシにドワーフは渡す。そしてその足でソウシは防具屋に向かう。
「おや、あなたがソウシさんね。クールじゃないですか! あ、私サディと言います」
「は、はあ・・・」
そこにいたのは防具を扱ってるとは思えない優しそうな女性だった。立ち振る舞いもしっかりしていて、どこかの女将かとも思える雰囲気だった。
「動きやすい防具ってあるか?」
「そうですねえ~ これなんていかがです? 皮とミスリルの柔軟性抜群の鎧・・・と言うより衣装ですね」
「ソウシ、これよさそう」
「・・・イマレが言うならこれにしよう」
この防具屋の店主は、流石女性と言うべきか、装備には装飾が施されており、見た目と使いやすさなら、結構上位にあるようなものばかりを揃えている。
色も様々で、赤や青を初めとした、緑・黄・紫・朱・金・茶・黒・白・ピンクなどの色彩豊かな服が、店内を埋め尽くし、テーマパークのような明るさがあった。
「他にはこれとかこれ、これなんかも似合うんじゃないでしょうか!!」
ソウシは10個ぐらい勧められるが、そんなに要らないので、ミスリルの装備を買った。
もう1つ買おうとソウシは辺りを見渡す。イマレにはやはり、青い装備と思い、店主と一緒に合うものを探すソウシ。謙虚に断ろうとしたイマレだったが、ソウシにいつものお礼だと言われたため、無理に断れなかった。
そして、何着か候補が選ばれると、店主に試着室に押し込まれる。
「女性は見た目重要ですからね、この四着が似合いそうなので試して見てください! きっと似合います! あなたルックスいいですし!」
「そ、そう? じゃあ、試してみる」
女子はすぐ着けたがるよなと、店主の勢いにため息をつくソウシだが、内心イマレの新服に興味もあった。異世界に来て、家族や旧友以外で唯一親しくなれた人だからか、可愛いからか。
試着室の幕が開き、服を見せては幕を閉じるを繰り返すイマレ。そのたびにソウシに感想を聞くが、「似合ってる」の一言で、他は何も言わない。だが、人に興味がないというソウシの性格を知っているからか、ちょっとの言葉がイマレにとってはとても嬉しく、満足していた。
結局、同じミスリルの、薄青の軽い装備に決定し、代金は合わせて600ロールになった。6000円位と考えると高く感じるが、ソウシには心配する必要などなかった。
「金額丁度、お預かりしますね~ ありがと、また来てね~」
そう言われ、見送られて店を出る2人。
「なんか、ソウシと買い物するって新鮮」
「そうか? まあ喜んでもらえているようで嬉しいよ」
ソウシは勇者一行との遭遇の、気晴らしついでに、依頼用に買い物に来たのは正解だったと、満足げに微笑むのだった。
そして、とある荒地では______________
ただ孤独に、ただひたすらに、ただ無秩序に、ただ残虐に。
魔物も人も狩り続け、強さを求める、文字通り「猪突猛進」や「遮二無二」な性格のその悪魔は、この数百年ずっと旅をしている。
世界を変えるような出来事を求め、誰にも与せず、己の力で進み続ける。
誰かを倒すのを生きがいとし、唯一無二の強者。食物連鎖・生存競争、食うか食われるか・やるかやられるか、そんな残酷な世界で生き続けているのは、誰にも負けぬ恐ろしさのせいだろう。
「それ」は洗礼された動きに、軽やかで妖艶で、狂気に満ち溢れた、女性。それを見たものは、等しくこう呼び消える。
“残忍の災禍 シャルテ”