4話 王国でのあれこれ
「私の名前はハーデルタ・クライン8世と申しますのですぞ!」
そう言い放ったのは、エルト王国国王だ。筋肉質でいて喋りがおかしなこの国王に、ソウシはうんざりしていた。人間不信が進むソウシがようやくエルト王国の雰囲気に慣れ始めたところだったのに、急に友好的な態度を取られたもんだから、余計怪しく感じてしまっていた。
「君の名前はツキシマソウシだったね、そしてそのお嬢さんが・・・」
「イマレと言います」
よろしくと、クラインはご機嫌に挨拶をする。王国の危機が去った途端と言うのにこの油断っぷり、ソウシには理解できなかった。
「それで、まず聞くが、君達は何者なのですぞ?相当な力の持ち主だと兵から聞いたのですが」
この核心をつく質問への解答を決めあぐねるソウシ。この質疑応答を多くの者が見ているというのを知っているからこそ、迂闊に口を滑らすと面倒事に巻き込まれるのは明白だった。
(どうしよう・・・・・・・・勇者仲間というのがばれたら、魔王討伐のために担がれそうだしな。俺の宿敵は災害王と洗脳王だ。この国の連中と何かでこじれるのは避けたい・・・)
そう思案していると、あろうことかイマレが、ソウシのことを真っ先に話そうとした。
「ソウシは、勇sya、かぶび!?」
電光石火のごとく速さでイマレの口を塞ぐソウシ。そして目を黒白させて驚くイマレ。周りの人も不思議そうに見守っているが、ソウシは気に留めずイマレに小声で忠告する。
『イマレ、勇者召喚などについては黙っててくれ、頼むマジで。』
『わ、わかった・・・・・まあ、ソウシって他人の面倒事に巻き込まれるのは嫌いだもんね。』
改めて、ソウシが嘘の事情を話す。
「俺達は・・・まあ、しがない旅人です」
それにしては強くないか?という視線がやはりソウシに降り注ぐが、皆諦めて、追及詮索はやめておいた。それはクラインも同じことで、話題を変えることにした。
「じゃ、じゃあ次は君達の褒賞のことについてですが。どうやら、住宅が欲しいそうですな。ということで、王城近くの空き邸宅を用意したのです。自由に使うといいですぞ!」
この王城は北の門を見るように入口があるが、入口を出てすぐ左にある場所にその邸宅はあると言った。因みにそこは多くの人物が目にする位置だった。
ソウシとしては、目立ちたくないというのが真意であり、大衆の目につく位置に置かれたことで、目を細め、怪訝そうな表情を見せる。
「なにか企んでないか?」
「な、なぜそんなに怪しんでいるのですぞ?」
表情が豹変したソウシの威圧感に身震いするクライン。ガリアのこともあり兵長ダルクにもその眼光を向けるが、イマレがソウシの袖を引っ張る。
「ソウシ、彼らは純粋な感謝の目をしている・・・・・だから、余り心配はいらないと思う」
イマレに言われちゃ仕方なく、とりあえずありがたく邸宅を頂くとしたソウシ。そして、邸宅だけでは飽き足らず、褒賞金として、ジャラジャラと鳴る謎の袋を使いに持ってこさせるクライン。
「ここには鈀貨で500枚入っているですぞ。これで当分生きるのには困らないでしょうぞ」
鈀貨と言うのはこの世界で一番高価な硬貨だ。因みに鈀とは日本で言う所のパラジウムの事。
ついでにここで貨幣について解説も入れておこう。貨幣は世界共通で、金の呼び方はロールだ。この世界には4つの硬貨があり、全て直径3センチほどの円の形をしていて、銅貨・銀貨・金貨・鈀貨の順に高価になっていく。
銅貨1ロール。銀貨10ロール。金貨100ロール。鈀貨1000ロール。という値段設定であり、1ロールは日本での10円とほぼ同じである。
ソウシがたまたま見た肉屋の骨付き肉――――――――実はこの世界の文字・言葉はソウシにもわかるようになっており、ソウシはそこで「50ロール」という値札を見ていたのだが、日本円で500円といったところだろう。つまり銀貨を5枚払うと買えるということだ。
そして、ソウシが鈀貨で500枚貰ったわけだが、詰まる所500000ロール=500万円という大金ということだ。なので、あの骨付き肉が10000個買えてしまう。
その金額にイマレも驚愕し、兵達もなかなか見ない光景に、顔を近づけて見入っていた。クラインから金銭の説明を受けたソウシは、袋を取る。その重みに少し驚きつつ、特に気にせず腰のベルトに紐で結び付ける。
「それで、これだけの褒賞をくれるってことは何か交渉でもしたいんじゃないか?」
ソウシが勇者召喚の一員だというのを聞いてもいないのに、このタイミングで好都合だと言っているような顔をしている王に、ソウシは聞く。
「そうですな。実は、最近魔物たちの動きが活発になっておるのですよ。だから、お強い貴殿らにお力添えいただきたく、こうして褒賞しているというのもあるのですぞ」
「まあ、生き物が出てきてくれるなら、こちらとしても文句はない」
「おお、では魔物退治にご協力頂けると!」
「いや、退治ではない。俺はとことん人以外を愛し、保護する存在だ。言っておくが、食料用や、邪紋付きを除いた、無抵抗の生き物を殺すのは許さんからな?」
その言葉に数人が首を傾げる。魔物は狩るものという認識が広まっているからか、クラインも疑問を口にする。
「では、ソウシ殿はどのようにしてあのドラゴンを抑えるような力を得たのですか?」
「俺の職業が〈生物に愛されし者〉だからだな」
「それは、聞いたことないですぞ。テイマーとは違うのですぞ?」
職業は全ての「人」に宿る特性のようなもので、テイマーというのは、この世界のよくある職の1つの、魔物を使役するというものだ。ソウシと違うのは、魔物が主人の中に取り込まれない、つまり「場所を取り・ご飯も魔力じゃない・主人に魔物の能力が付与されない」などの欠点がある。
テイマーというのはクリーチャーマスターの典型的な劣化者というわけだ。
「違うな。まあ俺にとって便利ではある。だが一応内密にしておいてくれ」
「わかりましたですぞ。じゃあ、この王国に留まってくれるということでよろしいですかな?」
「ああ。だが、これは協力ではないぞ? あくまで俺が魔物を見たいから居るだけだ」
少し上からなソウシに兵の数人も怪訝そうにするが、クラインも彼の言動には何か過去があるのだろうと思い、居てくれるだけ心強いと安堵していた。
「・・・ソウシ、家、嬉しくないの?」
「そういうわけじゃない。まあ、そのなんだ・・・・・・・・・・・得があるからだ」
なんとなく、ソウシの性格がツンデレに近しくなりかけているが、それはさておき、王との面会も終わり、邸宅とやらに案内される。
そこは、白く綺麗だが、邸宅というよりは家という見た目の、安心感ある2階建ての建物だった。イマレもこれにはびっくり。ソウシもなかなかいいと感じていた。
この世界に来て、右も左も分からぬ状況で死にかけ、苦労と苦痛を浴びたソウシにとって初めて、安心できそうな家を前に、急に涙が出てしまった。イマレも同行していた使いの女性も目を丸くした。
「ソウシ、大丈夫!?」
「ソウシ様!?」
「すまん・・・・・・・・・疲れてるのかな。早めに寝させてもらおう」
そう言い、家に入っていくソウシ、イマレも使いに礼をして、心配そうに彼について行く。
「しかし、ツキシマソウシとは聞かぬ名だと思いましたが、何か重要な人のような気がしますね・・・・・・・・・・・・・・調べておきましょうかねえ」
使いの女性は吐息をつき、城に戻るのだった。
ソウシは目を覚ます。ここは渡された家の2階。この家にはこの部屋と、1階のトイレとお風呂と大きい部屋がある、1階ではイマレが料理を作っていた。
「おはよう、ソウシ。昨日はほんと疲れてたんだね。ご飯作ったから食べよ?」
「ありがとう、イマレ」
そう言ってイマレ特製の肉料理を口にした途端、ソウシは固まってしまう。
「ソ、ソウシ? 美味しくなかった?」
「いや、違うんだ。うますぎるんだよ、なにこれめっちゃうまい!!」
相当腹も減っていたのだろう。3回もお代わりを頼むソウシ。「はーい」と言ってすぐ用意するイマレと合わせると、もうそれは1つの家族だった。まあ、眷属化したイマレとならあながち間違ってもいないが。
「ご馳走様! ありがとなイマレ。この世界に来て初めてまともな料理を食べられたよ。流石姫様だね」
「い、いや、ソウシが喜んでくれて嬉しいよ・・・・」
イマレが頬を少し赤らめ、嬉しくて、照れているが、ソウシはそのまま身支度に入る。イマレも水操作で皿の汚れを落として、布で拭き、すぐに外用の衣装に着替える。
この家にはソウシとイマレの部屋があり、さらに水道・冷蔵庫・キッチンなんかもあり正直、アルト王国の扱いとはわけが違った。
因みにソウシは、半袖にジャージの半ズボンという、この世界では異常な服装でなく、マントのようなローブに、少し硬めの衣装で魔物に攻撃されたとき様に防御を固めるという、正にこの世界での一般人の服装にしていた。
イマレは変わらず、髪色に合わせた青をベースとした動きやすい綺麗な衣装。ソウシも何気に彼女のこの見た目を気に入っているのだった。
「そういえばイマレ。災害王ってどの位の強さなんだ?」
「いきなり倒すつもり!?」
「勿論! グズグズしてはいられない。こうしているうちにも沢山の生き物に被害が及んでいるんだぞ」
人以外の為ならどんな奴でも容赦しないという、勇者とは感覚が少しずれた人間ではあるが、ソウシなら本当に災害王を仕留めそうだと、イマレは考える。
「私が思うに、彼はLv300位の力を持ってる」
その強さに唸るソウシ。確かに、イマレが驚いたのが納得できると、彼は思考する。申し訳ないが、ゆっくりレベルを上げるしかない、そう思い、ソウシはとりあえず町を歩く。
「ねえ、あれがソウシ様?」
「へえ、意外と普通ね」
「ドラゴンを倒したっていうのはあの女の子なんだろ?」
「いや、彼もドラゴンを押さえてたって言うわ」
個人的な偏見や期待、感激など様々な色の声が聞こえるが、ソウシはあまり気にしない。今は強くなることを念頭に置いているからだ。
「じゃあさ、ギルドにでも行ってみない?」
「あ、やっぱりあるんだ? 冒険者ギルド的なの」
こういう世界にはお約束といってもいいかもしれないが、ここに来る途中に見た、武器持ちの人が入っていく大きな建物が見える。あれがギルドだ。
一際目立つその大きさと装飾。頭1つ跳び抜けた異彩っぷりだった。
「入ってみるか。依頼だっけ? それを受ければ強くなれそうだし」
「え、待って! そんな急に入ったら、」
ガチャン
大きな扉が良い音を出し、中にいた多くの人物が振り返る。ソウシのことは聞いていた者も多く、何なら見ていた者も居たため、建物内に激震が走る。
「「「「「ええええええええ!?」」」」」
顔をしかめつつもやはり気にせず、受付に向かって進むソウシ。掲示板らしいものには多くの張り紙が載っており、受諾可能なランクや依頼内容などが記されている。受付員も驚き、向かってくるソウシに目が釘付けになっている。
「おいおい、あれソウシじゃねえか?」
「信じられない、この目で見られるなんて」
俺をどんな人物だと思ってるんだと言いたくなったソウシだが、グッとこらえて受付員に聞く。
「依頼を受けたいんだけど・・・」
「ええと、ソウシさんですよね・・・・ギルドに所属していないと聞いているので、所属証を発行しますね・・・・」
ギルドとは王国に1つある施設で、所属したギルドではいくつでも依頼を受けることができ、依頼を達成すると賞金がもらえるというありふれたものだった。
ソウシは貰った所属証を見る。そこには名前と所属先の「エルトギルド」という文字、そしてランク7という文字も書かれていた。因みに受付員の話ではランクは数字が高いほど強いと言う。
「俺ランク7なんですか?」
「そりゃあ、漆のドラゴンを倒されたんですから」
ここで、魔物のランク指定を説明された。ソウシは上中下の3級で強さを判断していたが、それは職業の指定でしかなく、人々の基準では「壱・弐・参・・・・・」と強さを分けていて、ソウシの職でいう所の
下級=壱~参
中級=肆~漆
上級=捌~拾
という区分になる。そして倒した数字の魔物に合ったランク分けがギルドでは行われるのだ。
「とりあえず・・・・この中でLv200、いや、捌のランクに該当する魔物の依頼ってあるか?」
「捌!? いくらソウシ様でも、それは・・・・」
「ソウシ。いくら何でも決断が早すぎる」
後から付いてきたイマレに待ったをかけられるソウシ。周りの者ははイマレの別嬪さに頬を染めたり、眉間にしわを寄せたりしていた。
「イマレ、捌ぐらい倒せないとだな・・・・」
「あのソウシ様? その方は?」
「ああ、イマレと言って、俺の仲間だ」
「厳密には眷属だけどね」
「眷属って、まさか眷属化!? しかもイマレさんって水人ですか!?」
何故か驚愕する受付員。
実は、彼女は長年受付をしていて、様々な土産話を冒険者からされるそうで、その時に魔法系能力使いの老爺から眷属化という能力がこの世にあると聞いたそうだ。因みにその概要までは老爺も知らなかったらしいが。
「まあ、世の中色々あるさ。で、話を戻すが、今言った依頼ってどんなものが――――――」
「おい」
ソウシは知らぬうちに横に立っていた男に刺すような目線を送られていたことに気付く。男はソウシより1.5倍くらい高く、逆三角に近い体つきの如何にも体育会系の大柄だった。
「なん」
「そいつ水人といったな? なに亜人引き連れてノコノコやって来てんだ?」
「ちょ、ちょっとジークスさん!」
「黙れ。亜人は魔物とのハーフ。まあつまり魔物ってことだ。この世界じゃ魔物は敵、それが当たり前だ。なのになぜお前は連れている? ほら、何とか言えよ。常識すら身に着けてねえんか? ああ?」
ソウシの肩をボンと叩き、罵詈雑言を間髪入れずに放つジークス。周りも亜人と気づくと顔をしかめる人もいたが、ソウシ殿に対してその言い口はないだろうと小声で言う者も多数居る。
「何なら、今ここでこの魚人を飛ばしてもいいんだぞ? はあ、なんも言わねえか。なら、遠慮なく殺させてもらうぜ!!」
――――――バキイッ!!!!!!
ジークスの巨大な拳がイマレを貫く・・・・・・・・・・
と思ったが、ジークスの手首はソウシに握り潰され、直径3センチ程度の細い棒のようになってしまった。骨折というより、骨縮と言った方がいいほどに、それはもう無慚な形状になってしまっていた。
皮膚、肉、神経諸共、全てを1つの棒に仕上げてしまい、受付員も顔から血の色が抜けていた。
「は? 痛い痛い痛い痛いいいいいい!?」
反射的に腕を振りほどくが、その勢いで激痛が走る。冒険者達もその光景に目から鱗だった。実はジークスはランク6の割と凄腕。周りが驚くのも無理はなかった。
ソウシはランク7とはいえ、邪王には及ばぬものの筋力は10000。ランク3の冒険者の一般筋力は数百程度であり、ソウシの数値は水人に並ぶ、人を超越しているものだった。さらにヤドカリの能力「硬化」もあり、ジークスの惨状も納得だった。
「受付員さん、この依頼でお願いします・・・・・・・・・・・ジークスだったっけ。2度と目の前に現れるなよ」
「・・・・イマレは、魚じゃないから。ぷんぷん!」
ソウシは鋭い眼光をジークスに向け、依頼の来ている土地に向けてギルドを後にする。
イマレは頬を膨らませて、プイとそっぽを向いてソウシについて行く。
受付員は依頼書を処理中という掲示板に、トボトボと貼り付ける。
冒険者達は放心状態で、何とか目でソウシ達を追う。
ジークスは腕を必死に押さえ、ガクガク震えながら、部屋の片隅で涙目になっていたのだった。