1話 これで邪王討伐?無理だ。
プカプカと音が鳴る。
顔が冷たい。
体が動かない。
どうしてこうなった?
俺はただ要求を拒否しただけだったはず。
なのに、この仕打ち。
確かに世界の運命だとか、大切なことなのはわかる。だがここまでしなくても。
底知れぬ海に落ちていくのを感じる。呼吸なんて、蔑まれてから気にしていなかったが、苦しい。蒼士は孤独感という海に溺れているのかも知れない。
横を見ると、小さな青い光がどんどん大きくなっているのが見えた。アンコウか?それとも潜水艦?凝視すると、光の中に人影が見える。その光景は日食を彷彿とさせる。
その光る人物は蒼士の横に停留する。落ちる体を受け止め、不思議そうに見つめた。そして、空気の泡を生み出し、泡が蒼士を包含するように移動させ、彼の体内の水を外に出るように操った。呼吸が整い、安穏無事に生きているのを確認すると、胸を撫で下ろし、呟く。
「・・・イマレと同じ顔してる・・・寂しそう・・・でも、もう・・・大丈夫・・・」
蒼士は人事不省しそうな記憶の中で、僅かながらそれを聞き取った。優しい、心地いい。まるで動物達と同じような素直な心を見ているかの様に。
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何か、夢を見た気がする。苦しいような、でも温かいような。まるでデジャブの様にしっかりした夢だったような気がするが、思い出せない。だがそんな事象を考えているほど暇ではない。急いで外着にチェンジ、からの目的地へゴーだ。
空にシラスを泳がせるような、繊細な雲がたなびく朝。アパート住まいの少年は、何不自由ない軽快な足取りで駅に向かう。電車に乗り、職場に向かい、仕事を中断、昼になる。
俺の名前は、月島蒼士。地球温暖化が進む日本にて、動物を愛してやまない「動物愛護家」だ。20歳だが、アルバイト併用で、動物保護や環境改善に努めている組織に入っている。因みに5年目。
動物が好きと言ったが、「生物」が好きということで、植物や、今ネットで話題の、異世界とやらの生き物にも、会えるなら会いたいと感じている。可愛くカッコよく、無限の可能性を秘めた生物に惹かれる、そんな俺の別代名詞は「クリーチャー・ラヴラー」でも良いかもしれない。
人間は・・・まあ、性格のいい人は好き? 昔、虫好きだった俺を、気持ち悪いと言い、皆が嫌っていじめて来た事がある。正直、人は好きではない。もちろん社会に出て、コミュニケーション力は鍛え、今では人嫌いなどほぼないが。
そんな瞑想状態の俺は、その時丁度コンビニでお握りと茶を買っていた。昔から、お握りは鮭とおかか派だが、みんなはどうだろう?
それにしても、都会は木が少ないが、それでもたまに見る鳥や猫はとてもかわいい。今こうしてベンチで食事してると、茶色の猫が寄ってくる。全くかわゆす。もうこのまま死んでいってもいいかな?
いや、“異世界に行ってしまってもいいかも”しれない。
もともと動物に好かれやすいが、特に犬猫は頭がいいから、安全とわかると直ぐに寄ってきてくれる。人に近しい遺伝子で、身体能力も高い。とてもキュート!グッジョブ!
道路はあみだくじの様に入り乱れ、四輪の物体が規律正しく走っている。色も形も様々で、その目的地は違うはずなのに、ここからじゃ同じところに行っているように見える。
茶毛の猫は顎を掻くように撫でられ、つぶらな瞳を瞼に隠してか細く鳴く。
あ、やべ、浸っている場合ではない。そろそろバイト先に戻らないと。そう思い、猫ちゃんを撫でて、職場に走る。途中、近道で建物の間、人気の無い所に入った。
世界が 歪んだ
突然、目の前が真っ暗になった。別に「あなたは死んでしまった」なんてゲーム的シチュでも、倒れてしまったわけでもない。
だが、気づいた時には、俺は異彩を放つきっれいな神殿にいた。周りには怪奇な信教徒集団らしい人達がいて、成功だだの、勇者様だの、5人目だの、意味不明な発言を連発している。とにかく行動あるのみ!まず、この状況について質問してみる。
蒼士が質問すると、教徒?の一人が、ここはアルト王国という所の「召喚神殿」という場所で、蒼士は勇者として召喚されたと言った。
この世界は危機に瀕しているらしく、とにかく国王に会いに来て欲しいと言われたため、蒼士は五里霧中のさなか、渋々集団について行った。そして神殿から王城に行くまでの街道で、町行く人に物凄く見られる。
しかし、動物一匹見えない、これは動物愛護な人間には厳しすぎると思う・・・
中世ヨーロッパ風の巨大な城に案内される。石英やレンガ、絨毯に綺麗なガラス。統一された柱が余計綺麗に見せるその城の、一番奥。自分の5倍はありそうな大きな扉を開けてもらい、その中に入ると、20人程の兵と4人の人物、そして国王とおぼしき、宝石だらけの服を着た60くらいの初老の男がいた。
ちなみに4人の人物は、地球にあったようなジャージや洋服を着ていることから、同じ召喚によって訪れたのだと思われる。
金髪の優しそうなイケメン(こういう世界観だと勇者?)、貴族階級らしいお嬢様(令嬢ってやつ?)、筋肉質な背高い男の子(一言、強そう。)、小柄な女の子(シンプルに小学生では?)という面子。
バランスはいいが、皆動揺してなさすぎだろ。俺が来るのに時間がかかってたから慣れた可能性が高いけどさ。そして、横にいた教徒のリーダーらしい男に「進め」と目で訴えられたので、4人の横に来る。丁度女の子の横で、少し緊張したが、それは相手も同じだったらしく、「よろしくお願いします」と言っている様に礼をしつつ、しっかりと目を見てくれたので、こちらも礼をしておく。
「よし、全員揃いましたかな」
国王らしい人物が口火を切る。兵は皆、腰を下ろし首を垂れる。俺達もしようとしたが、王自らそれを手で静止した。そしてこの場の全員が顔を上げると、話が始まった。まずは自己紹介。まず、初老の男はドルト・クレイント6世といって、やはり国王だった。そしてそれに続き、他の4人も順番に喋り始める。
「僕は、八神光人。20歳、職業は〈世界を救う者〉だ」
「わたくし、南沢梨々香と申します。18歳で、職業〈大魔法師〉です」
「俺は天馬爽介っていう者だ。20で、職は〈大体術師〉だ」
「わ、私は、咲野陽菜と言いますう。13歳で、しょ、職業は〈回復師〉ですう・・」
おいおい、職業って、つまり「ジョブ」とか言われてるやつでしょ?俺はそれの見方を一切告知されていないぞ。
蒼士に周りの目が集まっているが、どうしようもなく、ただ気まずい時間が流れる。痺れを切らしたか、梨々香が怒り口調で言葉を蒼士にぶつける。
「あなた、ステータスくらい知っているでしょう?早く、職業も言いなさいな」
異世界の物語は電子辞書なんかで見てたから、ステータスはわかるが、どう出すのかを知ってるわけがない。やるせない気持ちで周りを見渡すと、陽菜ちゃんが手で頭上に雲を描き、「イメージする」事を伝えてくれた。どうにかこうにか想像力を使って、ステータスを出すことに成功した。だがそこには信じられないことが書かれていた。
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月島蒼士 20歳 Lv 51
職業 動物に愛されし者
筋力 23
魔力 500,000
能力 なし
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職業は絶対勇者に必要ではなさそうな、俺特有かと思うような代物だった。魔力はそこそこ?筋力はお粗末、能力とやらに関しては無いというアンバランス。
この世界に来てよかったのかとさえ思える。普通こういうのって、「俺強えええええ」的なシチュが来ると思うんだけど?だが、リアルはそんなに甘くない。とりあえず周りのせっかちな視線をどうにかしないと。そう思い、蒼士は自己紹介をする。
「えーと、月島蒼士、20歳で、〈動物に愛されし者〉です」
その言葉を聞き、周りの数人が怪しむような顔を見せるが、ドルトが話を進める。
「単刀直入に言おう。君達に“三大邪王”からこの世界を救ってほしいのだ」
よくある世界救済設定なのだろうが、三大邪王が聞きなれない。それは他の全員が同じだったようで、光人が言及した。
ドルトが言うには、三大邪王は「魔王」「災害王」「洗脳王」の三人で、1500年ほど前にこの世界に突如現れ、長く人々を陥れているらしい。
魔王は魔物をまき散らし、
災害王は自然現象をわざとまき散らし、
洗脳王は生きるすべてを僕にする。
そんな彼らに対抗するために、方法を探っていたところ、古代文書から「勇者」について知り、俺達を召喚したらしい。確かに、大変かもしれない。しかし俺は、日本での、もっと動物を保護するという使命を捨ててまで、危険と隣り合わせでバトルする気はない。
それこそ、死ぬと動物を見られなくなるというのは悲しすぎる。他人のために生物保護を放棄する心意気なんて持ち合わせていない。自分達の都合を押し付ける、これだから人は好きじゃない。
ソウシが考えを整理していると。
「三大邪王からこの世界を救えばいいんですね。わかりました、任せてください!」
光人が大船に乗ったつもりでという顔をしているが、なぜそんなに乗り気なんだろう。
「皆も、この世界を救いたいよね?」
「ええ、お力添えさしてあげてもいいですよ」
「俺もいいぜ」
「え、あ、はい!頑張りますう・・」
全員同意見でした。日本に不満があったんだろうか?まあ、オゾン層破壊やら、森林伐採なんかには、はらわたが煮えくり返ったが。
視線がソウシに再び集まる。ドルトが心配そうに顔をしかめている。
「ソウシ殿、助力は・・・」
「俺は協力しないぞ?」
「「「「 !? 」」」」
この場にいる全員が驚愕の色を顔に浮かべる。光人は怒り、梨々香は憎そうに、爽介は睨み、陽菜は悲しそうに俺を見る。
「俺には日本でやるべきことがあった。せめて、召喚まで期間を設けてくれたら腹をくくれたが、急に呼ばれてハイそうですかとはならん。職業は明らかに非戦闘系、おまけに能力なしと来た。これで邪王討伐?無理だ」
それを聞き、ドルトは座っていた王座から飛び上がるように起立し、能力が無いという部分について問いただしてきた。
他の者曰く、この世界での攻撃手段を「能力」と総称しているらしく、光人は20個、梨々香は28個、爽介は15個、陽菜は9個持っているらしい。
普通、勇者には必ず5つは能力が身につくはずだが、ソウシにはなかった。それに、〈動物に愛されし者〉に関しては、古代辞書には記されておらず、王国の職調査で、同じ職にいた者は報告されていないという。まさしく前代未聞だった。
世界救済を拒絶してしまったソウシに光人が近づき、怒鳴る。
「君は、この世界の苦しんでいる人がどうでもいいと言うのか!?」
「そうじゃない。俺に、せめてもの援助を要求するということだ」
そう言い、ドルドに目を向ける。ドルドは少しほっとしたように王座に座る。そして何かを言おうとする、しかし、兵の中の団長らしき人物(蒼士はガリアだと聞いた)が、光人に負けぬ声量で阻止する。
「ドルド陛下、失礼ながら申し上げます! 彼の者は陛下に対し、無礼だけでは飽き足らず、自らの使命をも放棄しました。一刻も早く処刑すべきかと」
あまりにも残酷すぎる気がする。生まれたての赤ん坊に逆立ちしろって言っているようなものだぞ。
兵の数人は驚き、光人は処刑には反対の色を見せ、梨々香はどうぞどうぞと言うような雰囲気、爽介も同じ、陽菜は処刑という言葉を聞き腰を抜かしている。
ドルドはまだ慣れていないのだからと、ソウシの肩を持つが、ガリアは有無を言わさず兵に命じ、ソウシを捕らえさせる。
「お、おい、ガリア! 何を!」
「陛下、これは世界のためなのです。どうかご理解を」
「だ、だが・・・」
ソウシは担ぎ上げられ、そのまま部屋の外へと出て行ってしまう。扉はバタンと短く音を立てて閉まる。
「僕もイラッとしたが、あそこまでしなくても・・・」
「そ、そうですよ!ひどすぎますう!!」
ドルドも無慈悲そうに王座にうなだれる。ガリアの性格を知っているからか、無理に止められない。光人と陽菜とは対照的に、梨々香と爽介は清々しそうな表情をしている。
「とりあえず、彼は後で見に行っておく。君達は戦う準備をしておいてくれ・・・」
王は投げやり的に、4人にそう伝える。そして4人は特別客室を与えられ、そこで武器防具を着け、パーティーを組むことになった。
一方、ソウシは崖に来ていた。下は海。後ろは兵に塞がれていて、背水の陣的状況だった。いや、腕も布でグルグル巻きにされているため、絶体絶命と言う方が合っているだろう。ガリアは不敵に笑い、ソウシの背中に手を当てる。
「こんなのあんまりだと思うが?」
「貴様は陛下に無礼を働いた。当然だろう? さて、もう貴様と話すことは別にない。そのまま落ちて悔やむがいい!」
ばっとソウシの体は下に引っ張られる。落とされたのだ。ソウシは実際焦っているが、彼の醜悪さに呆れ、なぜか冷静な表情を保っていられた。だが、それも直ぐに終わる。ドボンと音を立てて沈むと底は見えず、100メートルは余裕であるだろうその深さに恐怖と孤独感が募る。
(なぜこんなことに・・・辛い、悔しい、寂しい、憎い、悲しい、ヤバい。ああ、意識が遠くなってきた・・・ゴガア!?水が体内に・・・・・・・ううう・・・・・)
そのまま失神し、沈んでいく。5m、10m、15m、20m、30mと。そのあたりまで来ると段々暗くなる。魚だけでなく、クジラや、サメのような生物が辺りを漂う。そして蒼士は死の瀬戸際に立つ。40m、50mと沈んでいく・・・・・・・・
・・・・・・・・・・60m、70m・・・・・・
70m、70m、
60m、50m、40m、30m、20m、10m、パシャン。
ソウシに日の光が当たる。そしてその近くでまたパシャンと水を切る音がして何かが潜る。そう、彼は一命を取り留めたのだった。