妄想
森の空気というのは都会に住む人間からすれば圧倒的に美味しい空気である。
たまに森の新鮮な空気を味わうことにより、仕事で荒んだ心を落ち着かせるのだ。
そして今私は森にいる。
何故かって?知らんがな。
さっきまでオフィスにいたはずなのに急に景色が変わったかと思えば急に周りが森になった。
最初こそドッキリかと思ったが、1時間ほどその場に佇む事によりこれが紛れも無く何か得体の知れない状況である事に気がついた。
時刻はおそらく昼ごろ。
突き刺す日差しが黒スーツの会社制服を焼く。
全身から汗を吹き出しながら下山できそうな場所を360度回転して探してみる。
道らしきものはないが、今私が向いている方向の右が若干傾斜が斜め下になってそうなのは分かった。
このまま「ドッキリ大成功〜!」が出るまで待っていてもいいが、どのみち動かないよりは行動を起こした方が相手にとって予想外の動きをした場合の「ドッキリ大成功〜!」が早くなる。
そうと決めたら即行動。
暫定下山できる方向に歩き始める。
歩くのも暑いために体力を奪われるが、それでも何かしなければ何にせよ熱中症で死んでしまうのは思い浮かんだ。
ちなみに、下山を始めてから私はこの状況を”異世界転生”なるものではないかと考えている。
所謂日本サブカルチャーを構成しているパーツの一つのアレだ。
私自身サブカルチャーにそこまで詳しい訳ではないが、友達に勧められて対して面白くもない”異世界転生”のライトなんとやらを丸一日使って読んだことがある。
あれば苦痛だった。
そして今、あの本に書いてあった”異世界転生に出会ったら”という項目があったところまで思い出して、その中身が思い出せない。
喉元まで出かかっているわけでもない。
純粋に興味がないジャンルを覚えていなかっただけだ。
あのオタク友人F君が今ここにいたら思い出せるんだが、残念だ。
さあ、もう既に一キロは歩いたのではなかろうか。
ふと意識を向けてみれば平原らしき景色が見えてきた。
ああ、確かオタク君Cが勧めてきた本もこんな内容だったか。
ここまででドッキリではないのは確定したと言っても過言ではない。
もしくは夢か。
夢説は大分可能性としては高いとも心の中で思っている。
頰をつねって痛みがあるなしで現実夢を判断できる人間がいるが、私は夢の中で感じた痛みが何故か現実に反映されてその箇所が現実でも痛みとして引きずることがある、という体質なのでそんな技もできない。
そして少しずつオタク友人達の本の中の記憶が出始めてきた。
そうそう、確かこの後城壁の様なものを見つけたんだったか。
と、噂をすれば影が刺すというのか、4〜5メートルほどの高さの壁が見えた。
横幅は壁から五百メートルは離れているであろうこの距離から見ても先が霞むほど広かったが、取り敢えず何かの住処があるのが見えた。
さあ、ここまで幸運で来たんだ。
このままオタクAS君が勧めてきた本が如く言語が日本語で私の様な異世界から来た者が重宝されるとかそういう展開が欲しいところだ。
こんなことを考えていたら壁に大分近づいており、門番らしき人間が見えた。
よしよし、ラッキー。
さて、暫定門番に残り十メートルくらいに近づいても何も反応が無いので、声をかけてみる事にした。
「すいません、少しよろしいでしょうか.....?」
実に日本人らしい話しかけ方だ。
まあここまでの展開からして言語は通じるのだろう。
と、暫定門番の口が開く。
「?????????」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
そりゃ急に訳の分からない言語を使われたら誰だってこんな声になる。
それこそ、自分と同じ言語を喋ってくれるという感覚で帰ってきたのが異国語なら尚更だろう。
「???????」
「???????」
「???????」
分からない言葉を羅列される。
だんだんと門番の顔が訝しむ様な顔に変わる。
と、ここで暫定門番からこっちにこい、とでも言いたげなジェスチャーを貰った。
もしかしたら何か変わるかも!と期待に胸を膨らませ着いた先は詰所であった。
悲しみの最高点に今私は達している。
暫定が問いかける。
「???????」
しばらくそこで質問らしきものが永遠と繰り返されていたが訳が分からなかった。
そんな風に時間が過ぎていくのを待っていると外から馬の走る音が聞こえた。
競馬の馬とは違ってもっと重量感のある馬の音であった。
暫定が外に呆れた様に出る。
内心何か変わってくれるなら何でもいいと心の中で思っている。
が、まさにそんなことを思ったタイミングで神が「今なんでもいいって?」私「(いって)ないです」とでも言いそうなほど最悪な展開が訪れた。
別に騎士様が身柄を取り押さえに来てくれたわけではない。
謎の言語を喋る奇人に王様が興味を持ったわけでもない。
暫定門番の首が飛んだだけである。
当然、物理的に。
飛んだ首の向こうに見えるのは賊らしき格好をした男達。
人生バッドエンド。
ついに天罰のお時間だ、と思っていると、黒スーツに興味があったのか話しかけてきた。
当然分からないので日本語で「ワタシニホンゴツカッテマース」と言ったが、何を言っているのか分からない様だ。
そして私の首が飛ぶ瞬間を待っていると、ひょいと担ぎ上げられた。
そしてそのまま賊の荷台らしき場所に放り込まれる。
これは所謂アレだ、オタクBC君の本で言うところの奴隷ルートエンドって奴だ。
どちらにせよ死亡確定である。
後悔と未練しかないが仕方がない。
こう言う運の悪さは人間関係でも良くあったことだ。
今更こんな事になった不運を呪っても仕方がない。
そのまま、荷台に乗せられて大分の距離を進んだ。
そして、荷台に乗っている中である変化があった。
それは、先ほどの賊男が荷台の方に入ってきて、何やら異国語を唱えて去っていったのだ。
何か儀式の生贄として使われるのでは......と思っていると、賊のアジトにたどり着いた。
先ほど入ってきた、おそらく統括の賊が部下に命令を出している。
何をいっているのかは遠くてよく聞こえない。
数時間ほど待っていると統括男から手を引かれる。
何をさせられるのかと思えば、目の前にスープらしきものを出された。
統括男が口を開く。
「食え」
そう言われたので、私は昼から食べていなかった食事をとり始める。
取り始めて少しして気がつく。
「え?」
目を丸くして驚くと言うのはまさにこの事である。
何故なら、この男は今言語を喋ったのだ。
しかし、日本語ではない。
そして今私は「え?」と言ったはずなのだが、それすらも「え?」と言えていなかった。
謎の言語を喋って聞いて理解していた。
この状況が最も「え?」である。
大方予想するにオタクFD君の本の「魔法」とか言う奴だろう。
それこそ、ホンヤク何にゃくの様な。
食事をする手は止めない。
しかし、一皿食べ終わってから、私の中には質問が溢れていた。
今私が話せているのは何故か
ここはどこなのか
あなたはどういう存在なのか
私を生かしている理由は何か
取り敢えずこの四つである。
と、こんなことを考えている隙に向こうから話しかけてきた。
「おう、お前知らない言語に見たこともない服。どこの人間だ?」
私が聞きたい。
ここはどこだよ。
「ん?翻訳魔法で喋れる様にしたはずなんだがな、もう喋っていいぞ」
と、話す様に催促するがどう説明すればいいかわからない。
そうしている間に部下らしき人間が耳打ちをする。
「ボス、一般人はこんな場所に連れてこられちゃ普通びびって話せなくなりますって」
「うん?そうなのか?」
こちらに向けて首を傾げてくる。
仕方がない......変に機嫌を損ねらば一度助かった命を棒に振るかもしれない。
ここは会話でコミュニケーションを図る事にした。
「ああ、申し訳ありません。少し困惑していたもので」
「そんな丁寧に話す必要もねえよ。俺はその容貌と衣服と謎言語に興味があんだ」
「......そう。なら少し口調を和らげる」
「簡潔に話せよ、長話は正直嫌いだ」
「分かった。それなら、まず私がここにいる経緯から.....」
少しずつ事情を話していく。
この手の長話が嫌いな人間は相手に一方的に話されることを面白く思わなかったり、頭の中に整理することができない情報量が一斉に入ってくるのを極度に嫌う傾向があるため、整理する時間を取りつつ、相手に会話を持ちかけて応答として会話に参加させたりで機嫌をそのままに話きる。
「へぇ.....聞き入っちまったぜ。にしてもそいつぁ不運なこったな」
「同情、するのか?」
「するさ。興味のない価値のない人間なら話は別だがよ。せめて興味のある相手に対しちゃ人の心で接しようと決めてんだよ。ま、俺なりの人の対応の区別の仕方だ」
「まあ私の話はここまでだ。次はあなたの話を聞きたい」
会話は一方的に投げて終わりのスポーツではない。
投げたものを投げ返しての繰り返しをするものだ。
一方的に投げられた相手には若干の不快感を残す事になるのは会話をする上での常識として、しっかり相手に会話をさせなければならない。
「俺のことをついて聞くのか。まあいいか、お前は今日から仲間入りなわけだしな」
すっととんでもないことが聞こえたが今突っ込めば最悪死にかねない。スルーだ。
「俺の名前はイルツォ。生まれ育ちは知らねえ。
ある日記憶喪失の状態で山に放り込まれてたから山賊になって生き長らえた。結果的には今や一つのグループをまとめれる様にまでなった」
なんとも簡潔な自己紹介だろうか。
記憶喪失で山に放り込まれるというのがどういう状態かは知らないが、まあ実質私の状況と似ている様なものとも言える。
だからこそ同情してくれたという部分もあるのだろう。
その日はそのまま奴隷置き場に寝床を作ってもらってそこで寝た。
木と布でできた簡単なものだが、石に直よりはマシだと割り切った。
そして、そのまま先の会話で言っていた様に私は山賊になった。
スーツは目立ちすぎるということで格好を変え、山賊スタイルになった。
スーツは寝間着にすることにした。
山賊になったと言ってもやることは人を襲うのではなく、山の獣を狩るというものだ。
これは俺が下っ端だからやっていることであり、イルツォが狩りの仕方を私に教えてくれている間に、イルツォ直属の部下辺りは商人狩りを行なっていた。
それを間近で見てどう思ったかといえば、正直衝撃はあまり受けなかった。
山賊はそういうものなのだと心の中で割り切り、そういう人物と仲良くなれないとこの組織内で生きれないと自己暗示した。
結果的に賊の人間とは大分仲良くなることができた。
それこそ、下っ端として狩りをしていい獲物が獲れればイルツォ達が料理してみんなでワイワイしながら囲って食べるということが出来るくらいには。
イルツォが食事中話しかけてくる。
「もう兎を狩るのも大分上手くなってきたな。次は猪にでも挑戦してみるか?」
「お、イルツォが教えてくれるの?それは楽しみだなあ」
「おう下っ端、残念だったな、教えるのはこのメイスィだ!」
「「「はっはっはっ」」」
とこんな会話ができるほどには仲間になれた。
暫定三ヶ月程だったのだろうか。
明日から猪狩りに挑戦するみたいだから今日も早く寝なければ......
そういつもの様にスーツに着替えて寝ていると、奴隷用の部屋の窓から人が入ってきた。
悲鳴を上げれば殺される。
そう直感した私は眠っているフリをした。
が、全身鎧の人物は私を揺さぶる様にして、こう告げる。
「君がここの山賊に囚われている誘拐被害者か」
この質問で私は考えを巡らせた。
結論は案外早く出た。
この状況での答えは当然
「あ、ああ」
Yesだ。
ここで私は山賊とでも言えば殺されて終わりだと、本能が言っていた。
「なら、私の元へ来たまえ。私はクラール国クラール騎士団の者だ」
つまり、この状況はこうだ。
何者かがこの山賊のアジトを見つけ出し、奴隷の部屋などの部屋割りをある程度まで解明した。
今すぐにも攻め込みたいが、奴隷を人質として取られると厄介である。
ならば人質を先に逃がしてしまおうという魂胆だろう。
そう言って差し出された手を—————
当然、取る。
プライドと命を天秤にかけて命を取ったまでのこと。
なんの問題もない。
イルツォ達も、拠点がバレているということは近いうち襲撃を受けるだろう。
どちらにせよ残っていてメリットはない。
騎士の馬に乗せられて夜の山を走る。
随分静かな馬で、物音一つしない。
これも魔法というやつなのだろうか。
そして、壁の門の前をくぐって、そのまま街をスルー、王宮らしき場所へと連れて来られる。
そして、いかにも騎士団な剣と盾のマークが飾られた施設に連れて入られると、そこの馬小屋に馬を留めて私自身は「こっちにくるように」と言われるがまま動いていた。
そして広間のような場所に出てくると、ひとりの全身鎧がいた。
私を連れてきた全身鎧が跪く。
私もそれを真似る。
「グルイト・ルイ、ただ今山賊団の奴隷の保護を完了、戻って参りました」
「了解した。そちらの人かね?」
「はっ」
何かしらの会話がなされる。
この全身鎧———ルイとやらが奴隷保護の任を受けていたのだろう。
ポカーンとしていると、名乗っていない方の全身鎧が語りかけてくる。
「捕らえられた状態でさぞ恐怖出会っただろう。だが安心してほしい。君は我らクラール騎士団が保護した。出来れば君の持っている情報が欲しい。協力願えるかな?」
前半はテンプレートの人間を労うための言葉。
会話に入るための前口上のようなものだ。
そして後半。
つまり奴隷として見てきた情報を助けてやった代わりに寄越せというのだろう。
普通の奴隷ならば喜んで協力するだろうが、私は山賊である。
私に取ってその発言は仲間を裏切れというものでしかない。
そんな騎士の要求に私は当然の如く。
「ええ、喜んで協力させていただきますよ、騎士様」