005 家は洋風、食は和風
「……絃…理…?………!?、絃理!?」
2ヶ月ぶりに会った叔母―――夕香の顔はまさに「死人に会ったような顔」そのものだった。
「叔母さん、わたしだよ」
「……え?」
「わたしは遥香、お姉ちゃんは…とっくに」
「遥香…?なんで?だって遥香はあなたの右に…」
夕香は遥香の右の楸を指差している。
「この娘は…その……」
「第2世代の第5フィールドの主、楸」
「楸……?」
「ちょっと楸?」
「ほら、よく顔を見て…あなたの娘はそこの遥香よ」
「………」
「叔母さん、とりあえず中…入ろ?」
■■■
夕香の家の外装は普通の家とは対して変わらず、見事に住宅地に溶け込んでいる。
しかし、内装は想像をはるかに越える景色が広がっている。
珍しいもの好きの夕香はヨーロッパの骨董品収集が趣味であることもあり、家中の至る部分が西欧化している。
リビングにはちょっとしたシャンデリアが下がっていたり、綺麗な絨毯が敷かれていたり、階段をわざわざ螺旋状にしたりと、外見とは違って中はまるで芸能人の別荘のようになっている。
「まるで美術館ね」
とは言うものの、楸は全く意に返していない。
ヨーロッパは経験済みの彼女は唯一驚かなかった訪問者だ。
夕香もやっと落ち着いてきたらしく、紅茶と簡単なお茶菓子を出してくれた。
「最初はびっくりしたけど…よく見ると全然違うわね、あなた」
「盛大に人違いをしておいて、なかなか失礼ね」
「ああ、ごめんなさいね…その制服、遥香が中学校のときのよね」
「うん…普段の格好が普通じゃないから貸してあげたの」
「どこがおかしいのよ、あれが普通なの」
夕香は先程から頻りに楸と遥香の顔を交互にみていた。
「楸って言ってたわね……?」
「そう、わたしは第2世代の第5フィールドの主、楸」
「フィー……ルド………?ただの人間とは違う…の?」
「ええ、要は生きる世界が違うだけよ」
夕香への説明は簡単なはずがない。
「不思議な娘ね…そんなこともあるのね……」
「叔母さん、味噌汁もう一杯、お願い」
「はいはい、楸ちゃんもおかわりいかが?」
「じゃあお願い」
いつもより少し遅い夕食は内装に似合わず純和食だ。
「はい、楸ちゃん……どう?美味しい?」
夕香は楸をとても気に入ったらしく、娘が増えたと喜んでいるようだった。
当の楸はどうなのかは知らないが、嫌いではなさそうだ。
……と、2人を見ながら遥香は箸を進ませる。
「あ、叔母さん実は…」
1ついい忘れていたことがあった。
「実は友達と遊びに行くって言ってたあれ……嘘」
「分かるわ、楸ちゃんと出かけてたんでしょ?」
「うん……まあ、そんなところ」
「どこに行ってきた?」
「適当に駅前ふらついてた」
「危なくなかった?大丈夫?」
「大丈夫だけど……」
「駅はどんな人がいるか分からないのよ?」
「うん、気をつける……」
「……悪くはないところだった」
楸は静かにそう言った。
過保護であることは想定の内だからとは言えども、内心呆れてるんだろうか。
「初めて来たところだったけれど、とても退屈しなかった。わたしの知らないこともたくさんあったし」
「でも駅は危ないのよ?」
「…まあ、用心する必要はあるわね」
そして、ふと遠くの方を見つめてこう続けた。
「そう、駅に限らず…ね」
ほんの安らぎも束の間、不穏な影はあらゆるところに影を落としていた。
■■■
街の雑踏、忙しなく入り乱れるカラスの群れ、血の気が退くように暗くなる夕空、6時を報せる大学時計塔の鐘………
その当たり前の日常でさえも味わうことの許されない、世界から拒絶、隔離された少女にはそのすべてが新鮮であること。
そんなことは、世界に受け入れられた群れには知る由もない。