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時と領域が錯綜する中で  作者: siKisAi
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003 三つ巴の大学時計塔

 次の日、叔母からの電話で遥香は目を醒ました。


「今日、家に来る約束でしょ?どうしてまだ家を出てないの?」


 遥香の叔母は心配性。

 電話の第1声は『事故には遭ってないのね?無事なのよね?』だった。姉のこともあったのだから無理もないだろう。

 でも、まさか夜通し人ではない少女と話し込んでいて寝坊したなんて口が裂けても言えない。


「…ごめんなさい、ごめんなさい。昨日話しておくべきだったんだけど…今日、友達と映画を観に行く約束があって…ごめんなさい」


 実際、そんな約束なんてしていない。

 というよりは、遥香には遊ぶ友達自体いない。

 もちろん叔母にはそんなことは知る由もない。


「ならそう言って。もうお願いだから心配させないで。あなたにまで何かあったら取り返しつかないのよ?その何かが起きてからじゃ遅いのよ?だからお願い!」


 ここまで来ると落ち着かせるのも一苦労である。

 やれやれといった感じで遥香は返事を返す。

 叔母の厚意にはとても感謝しているし、なにより心強い。

 だが相変わらずの叔母の心配性には流石に面倒でもある。


「ごめんなさい叔母さん、今夜…叔母さんの家に行きます」

「晩ごはんまでには帰ってくるのよ?くれぐれも気をつけてね、わかった?」

「うん、うん…約束の時間がくるからもう切るね?ちゃんと帰るから」


「電話を切るまで、30分かかることは普通だろうか」と自分自身に問いかける。

 楸が起きてきた。遥香が貸していた姉のベッドは寝心地は悪くはないはずなのだが…昨夜の緑茶のカフェインのせいで眠りが浅かったようだった。


「朝から大変ね、まるで嵐のよう」


 お前のせいもあるだろ、と言いたいのを抑え朝食の準備に取りかかる傍ら、楸は昨日飲んだ緑茶がそんなに気に入ったのか、朝も飲みたいと言い、先程からずっとぼーっと窓の外を眺めている。


「いただきます」

「…これは?」

「鮭の塩焼き、ずず…豆腐の味噌汁、玄米ご飯…んぐ」

「しゃ…豆、げ…玄?ええ?」

「それ、その魚塩で焼いたやつが鮭、と四角いやつ入った汁物、で茶色い粒々したのが玄米ご飯」

「そ、そう…」

「あれ?ずずずずずず…ああ、日本食初めてか!」

「…食べながら喋らない、はしたないわよ」

「だって聞いたのそっちじゃん?そんなに知りたけりゃ心でも読んでみたら?」

「……」

「あ、もしかして今読んでる?」

「……」


 無知な自分に腹が立つのか、それとも未体験の連続に言葉が出ないのか。

 顔を少し赤らめながら食べる朝ごはんを、初めてなのになかなか器用に鮭の塩焼きの骨を外して食べ、味噌汁をすするところだけ楸を見ると、遥香にはどうも普通の少女に見えてしまう。

 だが、彼女は人間とは違う別の存在。

 第5フィールド『リシェル』の主である第2世代の霊徒―――世界の失敗作。

 昨日そう言っていた言葉が脳裏に焼きついている。

 やはり彼女は人間とは違う存在なのだ。


「今日一日はお友達と過ごすそうね」

「え?…ま、まあ…」

「でも…本当はそんな人、いないんでしょう?」

「…別にいないけど、何か問題でも?」

「いいえ?ただ可哀想に思っただけ」

「大きなお世話です…」


 さっきの仕返しなのか、とんでもない急所を突いてきた。

 スーパークリティカルヒット、遥香に4000のダメージ。

 それに、昨日あったばかりなのにそんなことまで言われるのは流石に癪に障る。元からこういう性格なのだろうか。

 「そんなことを考えてもどうせお見通しなんだ」となればいずれ察して改善もするだろうか。


「もし、暇ならわたしとの散歩に付き合ってくれない?」


 散歩?なぜそれにわたしが?本当に霊徒というのは本質がわからない、といっても遥香に特に断る理由はない。


「決まりね」


 今日一日の計画はたった10分で決定してしまった。

 まさかこれが波乱の一日になるとは遥香には思いもよらなかったのだが…



 ■■■

 昼前の人で混雑する時計塔前のスクランブル交差点。

 というのもこの時計塔は大学の敷地に隣接しており、駅から徒歩3分ともかからないため、大勢の学生や会社員でとても賑わう。

 この時計塔前ではそれが日常の光景なのだが、


「はあ…」


 それを知ってか知らずか、その日常を壊す存在が1人、時計塔の頂点に座って街の雑踏を見下ろしている。


「楸め…アタシからの挑戦逃げやがって…これじゃあ何のためにここまで来たのかわからないじゃねえか!く~!」

「お前のやり方は生温いのさ!だからあいつは受けないんだよ」

「うるさいな!第一お前がリシェルでヘマやらかしたからわざわざこんなとこまで来てこんなことまでしなきゃいけないんだろ?」

「…耳障りだ、おとなしくしていろ」

「黙ってろ!あの時、とどめを刺し損ねたのはお前の失敗だろうが!」

「心外だな…ワレの忠告を聞いていればこうはならなかったはずなのだがな…」

「……ちっ!」


 第6フィールド『イーレント』の主、姫委綏(ひめいすい)には3つの人格が宿っている。

 身体を形成する過程で精神が分裂して生まれた霊徒である彼女の人格はそれぞれ、過激(アタシ)勝ち気(ボク)威圧(ワレ)であり、それぞれ交代して行動する。

 だが人格1つ1つの主義思想はばらばらであるため、度々人格たちが主導権を握るとき、彼女の脳内で喧嘩が起こる。

 そのときは身体を操る人格が不在となるため、姫委綏はまるで抜け殻のようにその場に座り込んでしまうのだ。

 過激が切り出す。


「…今夜また楸のところに行って仕掛けるか?」

「ボクは反対だね。直接リシェルに行った方が人間を巻き込まなくて済むぜ?」

「馬鹿だなお前は」

「何だと!?」

「リシェルへの入口は人間の女の部屋の鏡しかないんだよ!結局そこに行かなきゃいけないなら部屋で仕掛けた方がいいじゃねえか」


 脳内会議の最中、過激と勝ち気はいつも対立する。

 そこに威圧が代替案を打ち出すのがお決まりとなっている。

 やはり、姫委綏の中で一番頭が切れるのだろう。


「ふふ…」

「何がおかしい?」

「…いや、貴様らの無能さと浅はかな考えには呆れて逆に笑えてきてつい…な」

「ならまともな作戦でもあるのかよ!」

「落ち着け、役立たずめが…ワレが思うに、楸はプライドが高い」

「それで?」

「嫌なら無理やりにも受けるようにすればいい。どうせ奴は平静を装っていても本心では襲いかかる寸前だ、そこを突けばいい」

「それで本当に乗ってくるような奴か?楸は」

「どうだかな」


 保証がないなら意味なんてどの作戦にもないに等しい。

 過激にしても勝ち気にしても威圧の方策を上回ることはできない。

 事実、今まで成功してきた行動は威圧のおかげということがほとんどだった。


「なら、今回はワレが楸と戦う」

「はあ?お前よりアタシの方が向いてるに決まってんだろ?」

「貴様の煽り程度では楸は衝動に駆られん」

「それとこれとじゃ話は別だろ!アタシの方がお前より強いんだよ!戦闘になったらアタシと変われ!」

「おいおいボクの方が強いさ!」

「引っ込んでな!さっき失敗したばかりじゃねえか!」

「………」

「ならそれで決まりだ!約束守れよな?」


 日が傾き始めた時計塔前の交差点。

 その頂点では、成功の見込みが一切見えない計画が決定した。


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