後編
存亡の危機を脱したかに見えたアルテシア王国。
しかし、セフィロトシステムの絶大な力を危惧した各国政府は、その奪取のためにアルテシア王国への侵攻を計画する。
そんな諸外国の動きを受けて、ミコトはアルテシア王国の国王と協議し、国際社会における平和維持と相互援助を目的とした世界安全保障機構を設立し、さらにセフィロトシステムを当機構の管理下に置くという着想に至る。
ミコトは早速、セフィロトシステムの通信機能を用いて、世界安全保障機構の設立に向けた国際会議の開催を告知する。女神の知名度を利用した告知によって、ユグドラシル全域で国際会議への参加を求める世論が巻き起こり、各国政府はアルテシア王国への侵攻を保留せざるを得なくなる。
余談を許さない状況に、光が差し込みかけたその時――ミコトは何者かの狙撃を受け、重傷を負ってしまう。
ミコトの意識が戻らない中、国際会議が開催される。セフィロトシステムを自国で独占したいという思惑に加え、世界安全保障機構の運営に関わる費用負担が各国の経済力に比例したものとなっていたことから、会議は大国を中心とした世界安全保障機構否定派のペースで進む。
そんな折、意識を取り戻したミコトは、シタンから旗色の悪い会議の状況を聞き、自らも参加することを申し出る。
シタンに支えられながら議場に赴いたミコトは、自身が異なる世界の人間であることを皮切りに、父親のこと、母親のこと、そしてユグドラシルでの経験を蕩々と語る。傷口が開き、流れ出た血が衣服を染めるが、ミコトは胸を張り、真っ直ぐ言葉を紡ぐ。
「夢や理想から目を逸らせて、現実という檻の中でうずくまっていたらダメなんだ……僕たちは、僕たちが求める未来を創り出していかなくてはならない。そのための力は、ここにある。踏み出す力は、ここにある。この胸の内に、誰もが持っているんだ!」
昂ぶるままに叫んだ直後、ミコトは床に倒れ伏す。しかし、シタンの腕の中で残された力を振り絞り、心から溢れ出る思いを声にする。
「僕たちは、たくさんの人に支えられているんです……だから、伝えてみてください……ありがとうって、大好きだって、愛しているって……そこから、始められるんです。僕たちは、新しい世界を、始めていけるんです」
ミコトの身を賭した真摯な訴えに、世界安全保障機構否定派の心中は波立ち、それぞれが現実を諦観して意識の奥底に沈めていた、無垢なる志を呼び起こされる。
ミコトが語り終えた後、決議が取られる。
結果――全会一致にて、世界安全保障機構の設立が承認される。
自国に限った利益の追求から踏み出し、人類全体の平和に向けて歩き出した各国の首脳たちに対し、世界中の人々が拍手と喝采を送る。
そんな歓喜の渦中で、ミコトとシタンは静かに頬を寄せる。
それから暫くの時が経過し、狙撃による傷が癒えたミコトは、シタンに誘われてエルドの樹と呼ばれる巨大樹への登攀に同行する。樹上で野営した二人は、夜通し他愛のない会話を交わし、早朝に木々の海原を金色に染める日の出を望む。
最中――ミコトの身体が徐々に光の粒子に変わっていく。
その様子を瞳に映したシタンは、ミコトが元居た世界に帰る時が訪れたことを悟る。
「さよならは言わない。どれほど遠くに離れようとも、どれほど強固な壁で阻まれようとも、また会える。今の私は、そんな、どこまでも都合が良くて、どこまでも輝きに満ちた未来を信じることができる。信じ続けることができる。だから――」
「はい……だから、約束します。必ず、また会いに来ます」
万感の思いを込めてシタンと唇を重ねた後、ミコトは地球に転送される。
二年後。
新国立競技場で開催されたeスポーツの世界選手権大会で優勝を果たしたミコトは、高校に通いながら国際リニアコライダーで父親の研究を手伝っていた。
そんな日常を重ねたある日、ついにミコトと父親は、物体の移動のみという条件付きではあるもの、時空間の事象定義情報を安全かつ可逆的に書き換えることに成功する。
事象定義装置が作り出した光の中へと踏み出したミコトは、手を伸ばす。
向かう先から、もう一つの手が伸びて来る。
輝く世界の中で――二つの手は、すれ違い、探り合い、そして――繋がる。
了
企画、プロットの段階であるにも関わらず、お読みいただきありがとうございます。
本編の方は…………その内に。




